10話 初めて見る冒険者、魔物と遭遇
「……」
「ズズッ」
「…………」
「ほぅっ……、落ち着くなぁ」
「……………………」
お茶を飲みながら、ふとリヴィアの方を見る。
リヴィアはいつしか馬車の窓から外を眺めるのをやめ、新品の白い布で黙々と指輪を磨いていた。
磨いている指輪はエルフェンリル邸で探し当てた小箱に入っていた指輪だ。
指輪を磨くその表情は真剣そのもので、受験生がテストの問題を解いているかのような顔つきだ。
リヴィアにとって、とても大事な物なのだとわかる。
……しかし、やっぱり綺麗な顔をしているよな。
昔は昔で可愛かったが、今はその昔のリヴィアとは結びつかないほど大人の魅力に溢れている。
俺より1つ歳下なのに、俺の方が年下だと感じる程だ。
青髪ヒロインは負け組とか言われているけど、俺の中ではリヴィアは完全に勝者だね。
誰に負けるっていうんだ、敗北を知りたいっての。
「あの、ラウディオ」
「ん?」
「私の顔に何かついていますか?」
「いや、綺麗な顔だなって」
「……そうですか、ありがとうございます」
ついポロッと出てしまったが、さすがリヴィア。
褒められ慣れているのか、態度に一切の乱れがない。
「とっ、とっとこ、ところでっ! ラウディオは先程から何を飲んでいるのですか?」
「緑茶だよ、ここの商隊で買ったんだ」
「緑茶……聞いた事があります! 大陸の西側で愛されているらしいですね」
この緑茶の葉――緑生草は、リヴィアの言う通り西側の大陸でよく飲まれているお茶の葉だ。
主に薬草として使われている緑生草だが、煎じる事でお茶とよく似た味の飲み物が出来上がる。
この世界に転生し何年が経過した時、無性に日本食が恋しくなった事があった。
その際、俺は何か日本食を感じられる物はないかと色々探し回った結果、この緑生草を見つけたのだ。
「カップとポッドは借り物だけどな」
緑生草を買った時、商隊の人からカップとポッドもサービスとして貸してもらえたのだ。
普通、そういうサービスはしていないとは思う。
だが、まあ、そこにはちょっと事情がある。
とにかく、余裕がある時に飲もうと思っていたお茶を、こうして今すぐ飲めるのは素直に嬉しい。
薬草という事もあってか体が落ち着く。
「緑茶には精神安定と効果は薄いが治癒のポーションみたいな効果があるんだ、リヴィアも飲むか?」
「いいのですか! では、一口だけ」
リヴィアは俺からカップを受け取り、そのまま飲もうとして口に近づけていたカップを止めた。
そして少し顔を赤らめながらカップを持ち換えると、カップを傾けてお茶を飲んだ。
「へぇ……味わい深いですね、淹れる者の腕によってはもっと深く味わえるような気がします」
「浅い味で悪かったな」
「ラウディオが淹れたお茶も十分おいしいと思いますよ! ただ、少し舌に残るな……と」
最後の一言でフォローが台無しだよ!
「ま、まあ、改善の余地ありってことだな」
「是非、また飲ませてください」
「リヴィア様に飲ませるようなお茶を出す自信はありませんよ」
淹れ方には気を使ったんだけどな……。
元貴族の舌を満たすのは難しかったか。
日本で暮らしていた時はパックかペットボトルのお茶しか飲まなかったからなぁ。
「味は気にしません、ラウディオが淹れてくれれば――」
「東方向から魔物が急接近! 総員戦闘準備!」
「「ッ!」」
突如、馬車の前方を走る馬車から怒号が響く。
「馬車を止めるぞ!」
馬の鳴き声と共に、商隊の馬車が止まる。
雑な止め方だったせいで、他の馬車から少し悲鳴が聞こえる。
俺もリヴィアは窓から外を見ると、前方の馬車から剣や杖を持った者達が降りた。
数は4人。
彼らはこの商隊が雇った護衛の冒険者だ。
人に害をなす”魔物”と呼ばれる生物や、こういった商隊の商品を奪おうとする盗賊がいるこの世界だ。
商隊によっては専属の護衛を持つか、ここの商隊のように冒険者として護衛を雇っている商隊もある。
冒険者とは、一言で言えば何でも屋だ。
こういった護衛や魔物の討伐、薬草の採取などを生業として生きている者達の事だ。
「彼らが魔物を討伐してくれるはずです、安心してもらって大丈夫ですよ」
御者が馬車の席を購入した『お客さん』である俺とリヴィアを安心させるため、声をかけてくる。
俺とリヴィアは冒険者ではない。
王都へ行く馬車にお金を払って乗車しているお客さんだ、この場で戦う必要はない。
それは、依頼として護衛を引き受けた彼らの仕事だ。
「魔物は岩熊! 遠距離の攻撃はないが岩石の拳には気をつけろよ!」
「「「了解!」」」
フルプレートの鎧を着た男が叫ぶと、涎を垂らしたストゥンベアが木々の中から姿を現した。
3メートル近い巨体。
盛り上がった筋肉のような体を覆う茶色の体毛。
何より目を引くのが手甲のように腕を覆う岩石の鱗だ。
あれがストゥンベアという名の由来であり、その手甲による攻撃は鋼を容易く砕くという。
「行くぞっ!」
掛け声と共に、フルプレートの鎧を着た男が身をすっぽりと隠せる盾を構えながら前に出た。
盾役、攻撃役、回復役。
攻撃役に剣士と魔道士を置いたバランスの取れた一般的なパーティは岩熊とうまく戦っている。
その戦いぶりを見ていると、隣のリヴィアが「おお」と感嘆の声を漏らしていた。
「すごいですね……」
「言っておくが、ゆう――前のリヴィアはあれを全て1人で、あれ以上にやっていたんだからな」
俺にはただ一直線に攻撃をしていただけだが、話では剣も魔法も当たり前のように高水準で使っていたらしい。
「そうですか……ところで、ラウディオの力について聞きたいのですが、あれってラウディオ特有の力ですか?」
俺特有、という事は魔族の力について聞きたいのか。
魔族はその部族ごとに固有の能力を持っている。
例にもれず、俺にもその能力がある。
だが、どちらかと言うとリヴィアが気になっているのは、バーレアと戦った時のあの力の事だろう。
正直、その話は俺の才能の無さを話す事になるからあまりしたい話ではないけどな。
俺は御者に聞こえないように声を抑え、話す。
「俺の魔族としての固有能力は“自己治癒”。魔力を消費せずに傷を治せる力だ。魔力を消費すれば治癒能力が向上し、大抵の傷ならそう時間がかからずに治せる」
勇者との戦いで死にかけた傷も、全ての魔力を消費する事で治す事が出来た。
やった事はないが、その気になれば欠損した四肢も治せるような気がする。
「それはすごいですね!」
「ああ、悪くない力だけどな」
「何か不満があるのですか?」
言い方が気になったのか、リヴィアが首を傾げた。
……まあいい、話すか。
「俺と同じ力を持つ部族には吹っ飛んだ頭を一瞬で治せる奴もいるんだ、俺はそこまではできない」
「それはまた……それで、あの光線のような攻撃は?」
「あれはただの魔力の光線だ。ほら、俺は魔法が使えないだろ? だから考えた戦い方だ」
魔力消費は多いが、それでも俺にはこれしかない。
幸い、魔力は少なくないからな。
自己治癒と合わせれば俺も人並み以上には戦える。
俺の力と能力について説明を終えると、リヴィアは冒険者の戦いを見るよりもさらに銀色の瞳を輝かせた。
「すごいです! 自分にできないからと諦めるのではなく、別の道を探したんですね!」
「そ、そうか?」
「はい!」
そう言われれば……まあ、嬉しいな。
てっきり哀れまれるかと思ったが……いや、リヴィアはそんな人間じゃないか。
「……ふぅ、討伐完了!」
そして、時間にして1分ぐらいか。
冒険者によってストゥンベアは討伐された。
「おお、さすがはロックブレイクのみなさんだ」
商隊の馬車に乗る者達から、ロックブレイクへの惜しみない賞賛が拍手となって送られる。
リヴィアもロックブレイクに拍手を送っている。
ストゥンベアは決して弱い魔物ではない。
一般人相手ならストゥンベアは20人以上の集団を惨殺できるほどの凶暴性と攻撃力を持つ。
それでも一方的に倒されたのは、一重にロックブレイクの連携がストゥンベアの強さを上回っていたからだ。
作業のように熟練された連携はストゥンベアの行動を完全に読み、意図的に作った隙に的確な攻撃を行う。
言葉以上に難しい連携によって、本来1人なら勝利できないストゥンベアを見事に倒し切ったのだ。
「凄いですね!」
リヴィアは拍手をしながら期待に満ちた目で俺を見た。
「私とラウディオにもできるでしょうか?」
「どうだろうな」
そもそも、今のリヴィアが戦えるのか。
魔法は使えるみたいだが、リヴィアがどれだけ魔法を使えるのかも把握していないからな。
やっぱり、戦うとしても俺だけだろう。
もし魔物戦う事があったとしても、リヴィアには安全な場所にいてもらおう。
その後、ストゥンベアの死体は毛皮や肉をはぎ取り、火魔法で死体を処理した。
魔物の死体を放置すればそれが新たな魔物の養分となり、魔物の数を増やすことになる。
そのため、死体は燃やす事がこの世界の常識だ。
持ち帰って埋葬する、と言うのならその限りじゃないが、移動に時間がかかるこの世界では、あまりそう言った手段はとる事ができない。
腐っていく死体を何日も持ち運ぶ事は、あまり現実的じゃないからな。
そうしてストゥンベアの死体を処理した後、商隊の馬車は再び走り出す。
夜を迎え、森を抜け、平原を走り……。
俺達は特にアクシデントもなく、1ヶ月かけて順当に王都へたどり着いたのだった。
『10話 初めて見る冒険者、魔物と遭遇』を読んでくれてありがとうございます!
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