09話 王都マリアへ
座り心地が良いとは言えない木製の車。
クッションも、シートベルトもない座席。
自動車に比べても、快適性に欠ける。
だが、これがこの世界の一般的な移動手段。
これがこの世界の今の普通であり、常識だ。
今、俺とリヴィアはリマリア王国の森の中を、馬車に乗って移動していた。
「馬車の旅はいいですね」
リヴィアはこの馬車の旅を楽しんでいるらしい。
「たしかに長旅の移動はいつでも楽しいよな」
修学旅行でも、目的地に向かう途中の飛行機や新幹線は乗るだけでワクワクした気分になる。
誰と行くのかというのも重要だが、長旅の時はただのトンネルでさえ物珍しく見えるからな。
「リヴィアの身分じゃやっぱり外出は少なかったか?」
「そうですね、家の外ですら気軽に行けませんでした」
「やっぱりそういうものか」
「昔からラウディオは私に普段はできない体験をさせてくれますね、何もない平原を歩いたのも、村で宿を借りたのも初めてでした」
イリスト村で部屋を借りられたのはリヴィアのおかげだと思うが……。
まあ、たしかに3年前もリヴィアは俺がやる事なす事ほとんどに驚いていたような気がするな。
火魔法を使えない俺が自力で火起こしをしていた時も、川で魚を釣った時も目を輝かせていた。
「お客さん、王都には何をしに行くんだい? その身なりだとの冒険者っていう感じには見えないが……」
ふと俺達が乗る馬車の御者に話しかけられ、外を眺めていたリヴィアが御者の方を振り向いた。
「私の家族に会いに行くんです」
「家族に会いに、ですか。私も御者の仕事を始めてからは数えきれないほどの人と出会ったけど、最近は家族に会っていませんねぇ」
しみじみとした様子でそう呟く御者に、リヴィアは席から立ち、身を乗り出して近づいた。
「顔を見せてあげた方がいいです、きっと喜びますよ」
「そうかねぇ、うん、この仕事がひと段落したら久しぶりに会いに行くかね」
「それがいいと思います」
リヴィアが頷きを返すと、会話はそこで終わる。
特に会話をこれ以上つなげようともしない。
御者は馬車を動かす馬の操作に集中し、リヴィアは再び馬車の窓から外を見た。
ただ木が見えるだけの変化がない道のりだが、それが気に入っているらしい。
ぼうっと自分の視界に流れる景色を眺めている。
――“王都に向かう馬車”、“家族に会いに”。
現在俺とリヴィアは商隊の馬車に揺られながら、リヴィアの家族に会いにリマリア王国の王都へ向かっていた。
◇
俺とリヴィアがリマリア王国に向かうより少し前。
リマリア王国、旧エルフェンリル領。
都市レガリアの屋敷にて。
「冷えてきましたね」
「時間帯的にもな、それに、そろそろ寒くなる季節だ」
俺は壊れかけている暖炉に薪を並べる。
「火魔法を頼めるか?」
「火球……で大丈夫ですよね?」
「ああ、頼む」
リヴィアは暖炉の前に立ち、片手を暖炉に向ける。
そして、少し緊張した面持ちのまま、リヴィアはゆっくりと口を開いた。
「祖が生み出した原初の輝き、火球」
「詠唱……」
魔法の詠唱。
それは魔法の発動を助けるための”言葉”だ。
それは絶対に必要なものではなく、本人の練度によっては魔法を無詠唱で発動する事ができる。
勇者なら、必要ないと思うが……。
勇者の記憶を失った今のリヴィアは違うという事か。
「って、もっと小さくしろ! 屋敷を燃やす気か!?」
「わ、わかっています!」
ピンポン玉程度の火種を求めていたはずが、リヴィアは暖炉に入りきらないサイズの火球を作り出していた。
リヴィアは慌てながらゆっくりと火球のサイズを小さくして暖炉の中に放り込んだ。
暖炉に並べた薪に火が付き、炎を灯す。
炎が周囲に燃え移るような様子もなく、ホッとした様子のリヴィアは斜め前に置かれたソファに座った。
「昔と同じだな、肉を消し炭にした時と」
「わ、忘れてください……」
あの時も必要以上の火力の火魔法でせっかくの肉を消し炭にしたからな。
当時の事を思い出し、俺は笑いながらリヴィアの対面のソファに座る。
すると、リヴィアが少し鋭い目で俺を見ていた。
「悪かったって」
「いえ……ラウディオ、こっちに」
そう言いながら、リヴィアは自分が座るソファを叩いていた。
そこに座れって事か?
「いや……でもな」
「早く」
有無を言わせないリヴィアの迫力に、俺は何も言えずリヴィアから距離をとって同じソファに座る。
だが、リヴィアが寄ってきて体をくっつけてくる。
あんな事があったのによくこんな事ができるな。
「それでこれからどうする? 記憶を戻す当てはあるか?」
「……あ、ありません」
まあ、記憶を戻す方法なんて思いつかないよな。
前世ではこの世界よりも医学は発展していたが、記憶を戻す確実な方法はなかった。
だが、この世界は魔法が普通のようにある世界だ。
前世にはない方法で記憶を戻せるかもしれない。
「そういえば、レガリアに来て何か思い出せたか?」
「いえ、そちらも特に変化はありませんね」
「記憶を刺激するようなやり方じゃ意味がないのか」
それとも、こことは別の要因が必要なのか。
……リヴィアが記憶を失った原因から考えるか。
「リヴィアが記憶を失ったのはあの光の玉のせいだ、そっちを調べた方がいいかもしれないな」
「私は光の玉というのを覚えていませんが、私の記憶を消した原因の方から調べるのですね」
「そういう事だ」
だが、わかるのはそれだけだ。
光の玉が何なのか、それは全くわからない。
記憶を戻す方法はおろか、これまで生きてきたこの世界の知識から考えても、今は何もわからない状態だ。
「まずはそのための情報が必要だな……」
光の玉……魔法という視点から考えるなら、向かうのは魔法国か?
「あの、それなら王都に行きませんか?」
「王都……って王都マリアか」
突然、リヴィアからそんな提案をされる。
王都マリアは、リマリア王国の首都だ。
この世界でも、最大の都市と言われている。
たしかに、王都マリアなら多くの情報があるだろう。
それこそ、適当な場所にとりあえず情報を集めに行くよりはよっぽどいいはずだ。
「ラウディオにとっては危険だと思いますが……」
まあ、たしかにな。
王都マリアは魔族を嫌う国の首都だ。
俺にとっては刃の足場に入るようなものだろう。
そこに行って俺が魔族だと気づかれてしまえばどうなるか、想像に難くない。
「あと、家族に私がこうなってしまった事も知らせておきたいのです。お願い……できませんか?」
「ああ、いいぞ」
そういえば、エルフェンリル戦争でもレガリアから離れる時に王都へ向かったと言っていたな。
今は王都で暮らしているのか。
そう考えていると、リヴィアが眉根に皺を寄せて俺を見ていた。
「なんだよ」
「そんな即答されると……」
「悩んで足が止まるよりはいいだろ?」
「それはそうですが……なんでしょうね」
リヴィアは難しい顔をしている。
自分が提案しておいて、王都に行く事を躊躇っているのがよくわかる。
「俺は角がみじ……、みじか……うん、頭を注意して見られない限り魔族に見えないから大丈夫だ」
「ふふっ、たしかに、そうですね」
「笑うな……! 王都では1人にならない、人気のない場所には行かない、これでいいだろ?」
「子供が迷子にならない鉄則ですね!」
5歳児の子供が最初のおつかいで学ぶような教訓だ。
この歳になって復習する事になるとは思わなかった。
「じゃあ、夜が明けたら向かうか」
そうして、俺とリヴィアはレガリアで一夜を明かした後、夜明けとともにリマリア王国の王都へ向かった。
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