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アナスタシアとマウント

 他の誰もやってこないダンジョンに僕とアナスタシアで二人。彼女は押し倒されるままに地面に伏している。彼女とは物心ついた時からずっと一緒にいたが、これだけ体を密着させたのは初めてだろう。僕は更にアナスタシアの方へと身を寄せた。


「えっ? えっ?」


 彼女は困惑し、ただやたらに疑問符を飛ばしている。この期に及んでまだ僕の身体を押しのけようともせず、真っ当な危機意識が備わっているとは言えない。


「なんで何もないなんて思えるんだよ」


 先ほども言った言葉を今の状況でもう一度口にする。アナスタシアはそのシンプルな言葉の意味を考えるように押し倒された姿勢のまま止まっているが、僕の方には別に彼女のペースに配慮する義理などない。


 僕は彼女の身体へと手を伸ばした。相手の意思も権利も何一つ考慮しない、ぶしつけで冷酷な非人間的行為。ぬるま湯のような危機意識を正常に戻す、今のこの距離にしか成立し得ない緊急的処置術。そしてその迫る右手が彼女の衣服にもう触れるといったまさにその瞬間に


 僕はそのままピタリと固まった


「えっと……ライト?」


 アナスタシアはただ視線をこちらに向け、僕の反応を待っている。こうしていれば僕から何かしらの回答があると思っているようだ。自分が何をしているのかの説明をしてくれると。



 いや、僕は一体何をしているんだ?



 アナスタシアを押し倒したあたりで僕の頭は急速に冷えていっていた。目の前にすぐ横たわる幼馴染の女の子の身体は今さっきの自分の蛮行をダイレクトに突き付けてくる。なんでそんな事をしたんだ? さっきまで体を動かしていたのが本当に自分なのかと疑ってしまうほどに思考の連続性が途切れてしまっている。


 彼女はなおもこちらの方を見ている。自分を襲おうとした以外の何か納得のできる回答が僕の口から聞けるのだろうと、ただじっと待っているのみだ。僕はその安穏とした気持ちを裏切らねばという義務感で残虐な心の内を語ろうと口を開くが、でもその残虐な心の内が入り組みすぎていて自分でもよくわからず言葉にもできない。


 状況を理解していないアナスタシアと変わらずただ固まっている事しかできない自分の現状に焦りを覚える。僕は確固たる目的に従ってアナスタシアを押し倒したのだから、アナスタシアを襲うとすれば早く完遂しなきゃいけない。僕は罪人なんだ、だから彼女を襲わなきゃいけないんだ。ちゃんと彼女を襲わなきゃ……いや、何で? なんで罪人だからって悪い事をしなきゃならないんだ? そもそも彼女が襲われないために襲ってたんじゃ……え? なんだそれ?


 考えれば考えるほどに頭が混乱していく。彼女を襲わなきゃいけないに至る理屈がよっぽどそこらの学術書よりも難しく、しかし静寂の中でもつれて静止し続ける状況が僕にそこまでの考える猶予を与えてもくれない。状況に急かされた僕はアナスタシアの上半身に手を伸ばし、おっかなびっくりながら向かって右の胸に手を置いた。


「えっ? あの……えっ?」


 あまりに消極的な行動だったため、最初彼女は何が起こったのかも理解していない様子で僕の右手を見つめていた。だがそれでもアナスタシアは自分が胸を触られたという事にじわじわと気付いたらしく、困惑した様子でまた僕の方に視線を向けてきたのである。


 そのまままた何秒かの沈黙が辺りに続く。ただ胸に手を置いたくらいの事で心臓が張り裂けそうなくらいに脈打っていた。彼女は尚もただ視線を向けるのみで、僕が何かしらの説明を返す事を待ち続けるのみだ。


 女の子の胸を触る理由なんて襲う以外に何かあるのかよと、そんな最後に残ったなけなしの微妙な反骨心が僕の頭にまたほんの少しだけ血を登らせた。正体のわからない義務感と使命感になんとかきっかけを与え、アナスタシアの胸に置いた右手に掴むように力を込める。


「え? ちょっと……なんでなんで? え、ライト?」


 これは何なんだろうとでも言いたげな明らかにピンと来ていない態度。相変わらずただ散発的な疑問の声で内なる困惑を主張し続ける彼女に、もうこれ以上の事をしようという気力が底を突いてしまう。もうずっと問いかけるような視線に晒され続け、僕の蛮性は限界を迎えていた。


 そんな目を向けられても僕は何も言わない。早鐘のようになり続ける心臓に思考をかき乱されて何も言う事ができない。これ以上何もできない以上、これで全部上手くいかなければどうしようもない。


「ライト、やめてよお……私の事が嫌いだからって、こんないじわるするの……」


 ようやく害意だけは伝わったのか、彼女は困惑の表情の中に少し悲しそうな色をにじませてそう言った。だがその結果がもたらされた所で何も達成感は無い。彼女にそう言われた瞬間、ただ徒労感と罪悪感だけがどっと体中に押し寄せてきて全てが馬鹿らしくなってしまう。まさしく「一体何がしたかったんだ」と、その一言に尽きる思いだった。


 僕はアナスタシアの胸を掴んだその手を離すと、立ち上がって出口の方へと歩き始めた。だが背を向けてなおアナスタシアの視線を振りきる事ができずに結局2、3歩で立ち止まってしまう。知人に暴行を加えてそのまま立ち去るという罪人としての文句無き振る舞いだったはずだが、もちろんそんなものを貫き通せる訳もない。


「悪かったよ……」


 そんな一言で何の詫びになるのかと思いつつも僕に言えたのはそれだけだった。そしてその一言を告げた瞬間、後ろで横たわっていたアナスタシアがぱっと起き上がり、弾むような息遣いで僕の傍へと走り寄ってくるのを感じる。ほっとしたような笑顔で隣に立ち、そして嬉しそうに口を開く彼女。


「明日もダンジョンだからね、ライト!」


 え? 明日も?


 さっきの事があったばかりでなおも共にダンジョンに潜ろうとする意味がわからなかったが、しかし僕の立場でそれを断るなんてできるはずもなかった。とにかく彼女が立ち上がり僕に言葉をくれた事で僕の足はまた動くようになった。僕は小さく頷きを返すと、そのままボスも倒さないダンジョンを出口へと引き返していったのであった。

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