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【にこにこ】笑 顔【ニコニコ】

「いらっしゃいませー! 森の幸に恵まれたノウィンにようこそー!」


「宿はあちらですー! ご案内いたしますよー!」


 笑顔の村民が入口付近でしきりに声掛けをしている。目に見えて明るいムードのただよう村、そこかしこで来訪者もまじえて談笑が起こる。


「なんなんだこれは……」


 何度でも驚きを声に出して呟いてしまう。


 僕は先の無い未来に震える村民のために村へと帰ってきたはずだ。僕が周囲の魔物を全て倒して、彼らを安心させねばと。それがこの和やかな空気は一体何なんだ。


 考えてみれば馬車の中にいる時から既におかしかった。ノウィン行きの馬車にすし詰めの10人? 普通、こんな田舎の村を外部の人間が好き好んで訪問したりはしない。何もやる事がないからだ。それを荷物を大量に抱えた商人だの、冒険者だのがあんなに大勢……


「……()()()? って、もしかして」


 とある事に思い至った瞬間、僕は急かされるように走り出していた。


 ()()()、嘘だろ流石に。こんな村で。こんな依頼料金もろくに出せないような場所で、そんなまさか……。




「う、うわあぁーーーーーーーー!!」


 大口を開けて信じられない気持ちで叫ぶ。


 そこにあったのは、立派に建て替えられた真新しい冒険者ギルドだった。例のごとくやたら壁中にカラフルな広告やらなんやらが貼られており、記憶の中のボロボロの冒険者ギルドとは似ても似つかない。中に入る前なのにすでに建物の内側から人の気配が漏れ出している。


「こ、こんな事って……」


 困惑しつつも中に入ると、扉を開けた瞬間ざわざわと人の気配が押し寄せてくる。きちんと依頼文の貼られた壁掛けの掲示板、卓を囲んでその日の方針を相談する何組かのパーティ。それは小規模ながら、町の冒険者ギルドと何ら変わる事のない光景だった。


「む、村が……()()で冒険者ギルドを回して、魔物に対処している……」


 驚愕の変化だった。2年前までは完全なるステラ頼みだったはずの村が、いつの間にか健全に冒険者ギルドを運用してダンジョンを処理できるまでになっていたなんて。世の村が消えるかどうかの境目は冒険者ギルドを維持できるかどうかだと言われており、この村はそれができず消えていく方の村だとばかり思っていた。



『いま冒険者大歓迎! 報酬20%増し!』

『職員募集中! ギルド本部直伝の丁寧な講習により未経験でもOK!』



「報酬20%増しって……いつの間にそんなに金が回るように……」


 勝手に目に入ってくるプロっぽいデザインの貼り紙を見ながら、僕はまだ頭の中を整理できなかった。今日見た全てを総合すれば、今のノウィンには明らかに人の出入りが生まれて経済が回っている。それが信じられないのだ。今までただ貧困にあえぐだけだったこの村に、一体何があってこんな風に……。



「おーいそこの君、村の外から来た子だろ。カウンター空いたから来なよ」


 呼ばれて振り向くと、カウンターには40代くらいのくたびれた印象の男がいた。あれは……ノウィンの冒険者ギルドのマスターだ。二年前までは村が運営費を出せなくて、本当にただいるだけだったが……。


「最近忙しくてね、大変だよー。暇な村の担当になってラッキーと思ってたのにさあ」


「はあ」


 カウンター越しに向き合うと、聞いてもいない事を教えてくれる。きちんと職員が職員然としていたバリオンの町に比べると完全に村のノリだ。


「あの……冒険者ギルド、いつの間に復活していたんですか? もしかしてギルド側が運営資金を出してくれたとか……」


「ん? いや、普通に村民が費用を払い始めただけだよ。ちょっとした()()()()()()があってね」


 胸の奥に嫌な衝撃が走る。事情……そうだ、今のこの村には冒険者ギルドが必要だ。魔物を排除する方法はもうそれ以外に無いのだから。


「ていうか君、もしかしてここ出身? なんだ、村のために戻って来たのなら早く言ってよ!」


「え?」


 突然ギルマスが名案を思い付いたように手を叩く。


「実は今、冒険者よりもダンジョン調査員が足りなくてさ~。どう、新造ダンジョンの位置と難度を調査する地味な仕事。やらない?」


「え、いやそれは……」


「いいじゃん、村が大事なんでしょ? 頼むよ、故郷のためだと思ってさ~」


 故郷を持ち出され、どうにも断りづらい空気になる。だがダンジョン調査は入口を何十分も見張りながらチラっと見えた魔物を確認して「ゴブリン級 Eランク」とか仕分けするだけの非戦闘員でもできる仕事だ。そんなの調査した僕が端から乗り込んでぶっ潰した方が速いだろ。采配ミスにも程がある。


「ああ、ちなみにもっと足りないのは冒険者を回復するヒーラーなんだけどね。君がBランク以上でヒールも使えるなら、そっちでも良いんだけど」


「あ、じゃあそっちで! Bランク以上でヒール使えるんで!」


「おおマジかい! じゃ、今からノーマン先生の診療所にすぐ手伝いに行ってきて! いやあ助かるよほんとに!」


 僕がヒール能力を提示すると、相手は即座に飛びついてくる。ふー良かった、さすが唯一無二の最強能力だ。流れで今更また職員にされたらたまらないからな。


 ……て、あれ? 僕がやろうとしてたのってこういうのだっけ? なんかもっと抜本的に全ての問題を僕が背負って解決していく予定だったような……。


「あ、ちなみに村の宿は全部外からの冒険者が泊まる用だから。君は適当に実家にでも泊めてもらってね!」


「ああはい……は?」


 生返事で済ませようとした所を顔を上げて二度見する。


 ちょっと待て、実家? なるべく誰にも関わらないように気付かれないように立ち回ろうとしていた僕が実家?


 孤児院の()()()の所に顔を出せって言うのか??


「あ、あの! 僕はですねえっと……」


「では次の方どうぞー! おお、Cランクダンジョン討伐とはやりますねえ! 報酬持ってきまーす!」


 ギルマスはまるで僕の異論から逃げるように奥へと引っ込んでいった。あんまりな対応を突きつけられて開いた口がふさがらない。虚空に手を伸ばし呆然とたたずむ僕を順番待ちの冒険者たちがやる事もなさそうに見ていた。





「なんでだよ! なんでこうなるんだよ! あああああ!」


 診療所への道中、頭をかかえながらぶつぶつと言葉を漏らし続ける。


「いや、実際普通に考えればそうなるかもだけど……にしたって」


 歩を進めながら、どうしても頭は孤児院の事を考えてしまう。孤児達は村の魔物問題を解決したステラに憧れを抱いていた。溝ができがちだった彼らと村との間をとりもったのもステラだ。今の僕の立場だと間違いなく一番会いたくない奴らなのだ。


「どんな顔で会えばいいんだ……会いたくない。だって、だってさ……孤児院のあいつら、絶対に悲しんで……」


 うつむく視界の端をカラフルな景気の良い看板が通り過ぎる。村の活気。好調だった冒険者ギルド。


「悲しんで……」


 悲しんでいるに違いない。そう言葉にしようとして、どうしてか二回も口が止まった。


 顔を上げる。通りがかる村人達の小奇麗になった服。満員のレストランから漏れる談笑の声。新たに建設中の宿で笑顔に汗を浮かべて働く大工達。


()()()()……()()()()()()……?」


 苦しみあえいでいたはずの僕の口は疑問を呈する。


 ステラは村の人気者だった。魔物退治の勇者。明るくはつらつとした性格で、人を巻き込んで大きな渦を巻き起こす人間。


 みんな彼女の事が好きだと思っていた。村中の人間が彼女の人柄に惹かれ、感謝をしていたはずだ。少なくとも2年前までは。


 歩きながら、何故か手紙を思い出していた。町に出てからも何度もやりとりしていた彼女との手紙。ジョシュア達に追放された後は初めて自分の手で文字を書いた。今まで記さなかったような弱音も書いて。


『手紙ありがとう、字汚いね! ジョシュアから追い出されたの? じゃあ私もライトと村を出るってのはどうかな! パーティ組んで旅に出ようよ!』


「はは、村を出るなんて何言って……」


 そう独り言ちて、声は尻すぼみになる。ステラが村なんて出たらどうなるか。そう思っていた僕の目の前に広がる、全てが順調に進んでいる村の様子。


「……何で」


 知らず、口をついて言葉が出る。答える者はいない。


「何で……村を出たかったんだろうな……ステラ……」


 もはや今となっては何もわからない。それに答えてくれる彼女はもういないのだから。


「いらっしゃいませっすー! ノウィン診療所にようこそっす!」


「え? あ」


 呼びかけに気付いて顔をあげる。黙々と歩いていたら気付けば診療所の前に辿り着いていたようだ。


「冒険者の方っすよね! どうぞっす!」


「あ、えっと、そうだけど何ていうか」


 入口から呼びかけてきた青年に手を引かれて、僕は戸をくぐる。部屋内には一応受付カウンターがあるがその中には誰もおらず、ノーマン先生は手前に並んだ椅子に適当に腰掛けている。


「ああはいはい、治療ですかね。それとも診断?」


「初診っすよね! こちらの紙に記入おねがいッス! 字書けますか?」


「ああ、いえ……」


 どういう役割分担になっているのか、医者と助手が思い思いにこちらに訪ねてくる。やはり良い意味でも悪い意味でも町のきちんとした空気とは全然違う。


「来客ではなくて、ここでヒーラーを募集していると聞いて来たんですが」


「お!」


 ヒーラーという言葉にノーマン先生が嬉しそうに声をあげる。アポ無しでやってきたこちら側としてはほっとする反応だ。


「いやー、助かったよ君! もう急に増えた冒険者のせいで全然回復魔法が足りてなくてね!」


「俺、魔力尽きましたって謝る度にガッカリされるのほんと嫌でしたよ、先生!」


 先生も助手も大分好感触だ。ほんとにヒーラーが足りなかったんだな。


「とにかくこれからよろしくお願いするよ! 君、名前は?」


「ライトです」


「そうかそうかライト君、今日からさっそく働いてくれたまえ!」


「よろしくなライトくん!」


 僕の手を片方ずつ取ってぶんぶん振り回す先生と助手。一応二人とも一回くらいは僕と面識があるはずだが、やはり二年も離れていた僕の事はわからないらしい。


 ぶっちゃけライトが回復魔法を使えるのはちょっとおかしいから、僕の事を知らないくらいがちょうどいいんだよな。その点この場所に来るのは大体よそから来る冒険者だから、変に思われる心配もあまり無い。そういう意味では働くのには最適な職場だし、ギルマスに流されて選んだかいもあるな。


「そうだ、君の他にもヒーラーとして雇われてくれた冒険者がいるんだ、紹介するよ!」


 熱烈な歓迎の次は慌ただしく奥の部屋へと入っていく先生。なんだかギルド職員になった時を思い出す。空気は全然違うけど、新しい仲間に迎えられる瞬間って悪くないものだ。


()()()くーん! ついに他のヒーラーが来てくれたぞー! 顔見せに来てくれー!」



 は???????????



 いやちょっと待て、その名前何か……ちょっと聞き覚えがあるような……。ていうか完全に知り合いと名前が同じで……いやまさか……。


「はーい、はじめまして! バリオンの町で冒険者をやっていたマリアといいます! よろしくお願いしますね、新しいヒーラーさ……ん?」


 先生に連れられ、輝く笑顔で出てきたのは20代くらいの女性。長い金髪で女性にしてはやや背が高いローブ姿の……ていうか、もう、うん、これは間違いなく。


「えー-、ライトさんじゃないですか! 私たちのパーティから()()されたライトさん!!」 


 予期せぬ再開に素直に驚く元パーティメンバーのマリア。その歯に衣着せぬ表現と大きな声に頭が痛くなる。


「ライトさんも来てたんですかこの村に!? なんですかもう、びっくりしちゃったじゃないですかあ! 凄いですね、一人でこんなところまで来るなんて!」


 ぽかんとする医者と助手二人をそっちのけで、言いたい放題騒ぐマリア。いやお前らのパーティから追放されたから一人なんだろうが。


 眉間を抑えるこの手をそのままグーにして殴ってやろうかと本気で悩む。たとえこのノウィンに顔向けできないとしても、こいつには悪びれる要素なんて何一つないのだから。

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