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森でうさぎ

「うーん」


 昼下がりのノウィン、僕は地図を見ながらうなっていた。あれから特に失敗も無く、順調に高ランク依頼をこなす毎日。だからこそ見えてくるものがある。


「世界って広いよな……」


 地図ができてからしばらく経ったが、あれからまだ大陸の一つも制覇できていなかった。地図ではたった一部の紙面を占領しているに過ぎない大陸……横断するだけなら簡単だ。だが一つ一つの町を回るとなると相当な時間を費やす事となる。


 一日に診療所を離れられる時間は5~10時間程度、片づけられる依頼は10~15件といった所か。町や該当ダンジョンの位置を確認したりする時間を考えると、案外さくさく一瞬でクリアともいかない。ギルドとのやり取り時間も地味にもどかしいが、それを疎かにすると現地の職員の業務に支障をきたす。そうして絶対に省略できない時間が積み重なっていき、そしてその積み重なった時間でまた新たな高ランクダンジョンが生まれていく事になる。


「うーん……ほんとに世界中回れるのかな……」


 世界地図なんて過ぎた代物だったのではないか、そんな考えが頭をよぎる。いまだに一つの大陸で右往左往している以上、僕の力も案外大したことが無い。およそ人間にできる事はなんでもできる気でいたが、そもそも世界というものがまず人間の手に収まるようなものではないのではないか。当たり前と言えば当たり前の結論に、思わず口から小さなため息をこぼす。


 すると、突然頭の上にどさりと何かをおかれた。頭皮に伝わる木製品じみたきしみは多分バスケットだろう。ぎっしり詰まった中身を想像させる重さが、僕の小難しい考えを霧散させてくれる。


「ライトさーん、そろそろ休憩したいですか? いいですよ、そろそろお昼時ですもんね~」


 座って地図を広げる僕を見て、マリアは楽しそうに言う。まるで丈夫さ999999の僕が歩くのに疲れて座っていたみたいな言い草だ。


「珍しい植物はもういいのか?」


「はい! ちゃんとスケッチできましたから!」


 特段悪びれずにそう答えるマリア。誘った僕をほっぽってスケッチまで始めてしまうあたり、彼女の学術的好奇心も本物だろう。


 僕たちはノウィン南の森、ダンジョンの無い方面に来ていた。昨日、一緒に森を歩こうとマリアから誘われたのだ。彼女はノウィンに来てからすぐに診療所に縛り付けられていたらしく、森の生態系などが気になっていたらしい。


「基本的にはバリオン近くの森と変わらないですね! ただ、山に面している関係で高山植物や山の上の魔物に多少影響を受けているようです!」


 草の上に敷いた布の上、彼女は歩きながらも口にしていたような事を改めて整理するように語っている。僕は彼女の作った弁当を食べながらそれを聞いているだけで、特に退屈というものをする事が無かった。


「特筆すべきは山菜等の量の多さや大きさで、これはやはりこの村がきちんとダンジョンの数を……あ、紅茶おかわりいります?」


 空になったコップに気付いた彼女は、水筒の蓋を開けて僕のコップに紅茶を注いでくれた。その指先には銀細工の指輪がはめられている。僕の視線に気付くと、彼女は照れくさそうに笑った。


「いや、だって村でしかつけれないじゃないですかー。ダンジョンに持っていくと壊れちゃうし」


 照れながらも少し弾むような彼女の様子を見て、僕の心臓は訳もなくドキドキする。マリアは本来僕にとって憧れるだけの年上の女性だ。それが僕の贈ったものをちゃんとつけてくれている。

 現実感が無いくらいだ。マリアが綺麗で物知りで優しいだけじゃなく、僕の前でこんなに嬉しそうにしてくれる女性ひとだなんて。


 そんな上手く想像もできないような目の前の光景にぼーっとしていると、ふいに背後の草むらから物音がした。特に警戒もせずにそちらを振り向くと、一匹のウサギが草の上に出てきていた。


「ああ、動物もいますよね。こうして見つかるあたり、やはりバリオンの森と比べると数も多いのでしょう」


「こんな世の中がんばってるな」


 立ち上がって耳をさかんに動かしているウサギに対し、勝手に野生の力強さを感じて感心する。旅立つ前のノウィンでちょくちょく見かけた野生動物たちは今も森の中で生きているのだろう。どうかこれからも元気でいてほしいものだ。


「捕まえて食べてみますか?」


 無言でじっと見ていたからか、冗談めかしてマリアが言う。今思っていた事とあまりに真反対な提案に思わず笑ってしまう。


「よしてくれよ、動物なんてマナが薄くて食えたもんじゃないさ」


「まあそうですよね~」


 そりゃそうだとばかりに笑うマリア。実際捕まえて食べてみたことはあるのだが、およそ旨味と呼べるような食べ応えは一切無い。それこそ貧民層の孤児が空きっ腹を満たす以外の理由で捕まえる事は無いと思われた。


「世界から魔物がいなくなれば(・・・・・・・・・)……また違うんでしょうけどねえ」


 ぽつりとマリアが言う。特段思う所がある風でもない、何気ないその一言。そのたった一言がまた僕の意識を思考の海の中に沈み込ませる。


「魔物がいなくなれば……か……」


 一言には言い表せない想いが森の中の空気ににじんだ。それはかつて彼女が……ノウィンの勇者ステラが抱いたものとも重なる想いだった。

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