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焦燥感

 森の奥にぽつんと一人、岩のベンチに座っていた。これからここで何かとてつもなく素晴らしい事が起きる。だからそれに備えて待機をしていたんだ。


 10分……いや少なくとも15分ほどは。


「準備し始めたら案外時間が掛かってる……って事か?」


 口に出してもそれが腑に落ちる事は無い。行き違いになっても困るとそわそわする心を抑えながら座っているが、その度に1分、2分と時間が進むのみだ。


「このまま彼女が戻ってこなかったらどうなるんだ?」


 もしも彼女が……例えば、突然魔物に襲われて殺されてしまっていたとしたら? 妙な輩に捕まって誘拐されてしまったとしたら? 僕との約束はどうなるのだろう。ステラは一体どうなるのだろう。


 心の中で激しく舌打ちする。なんで森を出る彼女に一緒についていかなかった。やっと見つけたドロシーという名の最後の希望。過剰過ぎるくらいに僕がそばで守らなければならなかったのに、片時も目を離してはいけなかったのに。それをそんな可能性は限りなく低いからと、既に成功した気で気にも留めていなかった。


 どうする……彼女を探しに行くか? 行き違いになる可能性はある。こうして悩んでいる今ですら、単に時間が掛かっているだけの可能性の方が高い。戻ってきた時僕がいなかったら、彼女が何を思うかわからないぞ。


 だがこうしている間にも胸騒ぎは肋骨を押し破らんばかりに膨れ上がっていく。行き違いの可能性は怖い。だがここで彼女を永遠に見失う事は絶対に許されない。


「クソッ!」


 僕はポケットからペンを取り出し、岩に文字を書いた。


 『10分を過ぎたから探しに行く 何もなかったらすぐ戻る』


 この細々とした線に気付いてくれるかはわからないが、できるだけ大きく書き残すしかない。多分彼女は文字が読めるタイプの冒険者だ。あとは上に僕のカバンを置いておけば、ばっくれたのではない事は伝わるはずだ。


 僕は彼女を追って地を駆けた。ここで遠慮をする理由などもはや無い。疾風の速さで木々を駆け抜け、数秒の内に森の景色を終わらせる。


「ドロシー!」


 村についた僕は彼女の名を呼ぶ。数人が僕の方をちらりとだけ見るが、彼女らしき人影は周囲には見えない。


「ドロシー、何処だ! ドロシーいるか!? ドロシー!」


 僕は村を駆け回り声を掛けた。9999の速さで一定の距離を移動し、立ち止まるごとに彼女の名を呼ぶ。もはや人目など気にしていられない。多少おかしく思われるのを覚悟で、村の中での消えたり現れたりを繰り返していく。


 だがいくら呼びかけても一向に彼女は姿を現さない。


「ドロシー! おい何でだドロシー! どうしたんだドロシー!」


 めぼしい所を一通り回ったが、彼女が僕の声に反応する事は無い。酒場や食事処、ギルドの中まで見てみても彼女が見つかる事は無かった。


「……あっ! 違う、何してんだ僕は!」


 気付く。冒険者なら宿に泊まっているはずだから、そこにいる可能性が一番高いのだ。というか、そういえば宿で準備するって言ってた。そうだ宿に向かえばいいだけだった。


 僕は全速力で宿まで向かう。行き違いになる可能性を恐れるあまり外を中心に探していたが、ここまで準備が長引いているなら絶対に宿にいるに違いない。


「へいらっしゃい」


 ドアを開けて宿の中に踏み入ると、宿屋の主人がカウンターで声を掛けてくれる。彼は僕が村民である事を知っているので、空き部屋の説明をしてきたりはしない。


「ドロシーに会いに来たんだ! 部屋を教えてくれ!」


「ドロシーさんに? ちょっと待ってね」


 主人は親指を舐めると、名簿を取り出して調べ始める。スムーズに紙をめくるその行為にすら気がはやるのを抑えられない。


「あー、ドロシーさんは今ちょっといないね」


 その一言に心臓が跳ねる。やはり行き違いか! 変に焦って森を離れるべきではなかったのか!


「宿に戻ってないのか!? それともさっきちょうど出ていった!?」


「え? ああ、違う違う」


 焦る僕に対して主人は酷くのんびりとした調子で応対する。


「ドロシーさんって名前の人は今宿屋に泊まってない(・・・・・・)よ」


 一瞬言われている事の意味がわからなかった。いや一瞬と言わず、たっぷり数秒はその言葉の意味を考えていた。そして考えた上でまだその意味がよく掴めていない。


 ドロシーは宿に泊まっていない。宿に準備しにいく(・・・・・・・・)と言っていたドロシーが。

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