ユニークスキル:タイムトラベル
「タイムトラベルだって……? 一体それは?」
さっきからもはやオウム返ししかできなくなっている。言葉の響きには何の覚えも無い。だがその凄みだけは僕の中でやたら増幅していく。
「はい、私は時間を遡って過去に行くことができるんですよ」
「過去に行く……?」
言っている意味が理解できない。過去に行く? 『過去』に『行く』って何だ?
「うーんと例えば今日の朝、あなたがここでパンを食べていたとするじゃないですか」
唐突にもしもの話を繰り出すドロシー。聞き逃すまいと意識を傾ける。
「私がここでタイムトラベルを使うと、私もその過去に加わることができるんです」
追いつかない頭と感情でなんとかそれを想像する。まず僕が泣きながら殺人現場でパンを食べている……そこにこの少女がやってくるだと?
「そして本題はここからです。そうして入り込む事によって、本来一人だったあなたの朝食に私が関わりますね? タイムトラベルによりその場の人数が二人に増えている。これは過去の出来事が変わったという事なのです」
「えーと……?」
そわそわしながら何度も繰り返し考えて、その度に何が何だかよくわからない。僕が食べている所にこの子がやってきたとして、それは単にこの子がやってきただけの事ではないのか?
「だから……あーもうめんどくさい! いいや、例え話なんて必要ないです! とにかくここで数か月前に勇者さんが殺されてますよね? 私がタイムトラベルでその瞬間に飛んで犯人を止めれば、勇者の死は無かった事になるんですよ!」
脳を打つ霹靂。先ほどとは打って変わってめちゃくちゃわかりやすいその説明。過去を変えられる。ステラの死を無かったことにできる。頭を殴られまくってその衝撃が四肢の末端まで電撃として走り抜けまくったような衝撃を覚える。
完全なる盲点だった。ユニークスキルなんて何の役に立つものかと何度も思った僕だ。何でもできる最強のユニークスキルが、一番必要な事だけは絶対にできないじゃないかと。
だが他の人間のユニークスキルで何かができる可能性は大いにあったのだ! 人の生き死にに干渉できる能力なんてあまりに埒外のもので想像できなかったが、考えてみれば僕のステータス改変だって大分むちゃくちゃだ! そうだ、ユニークスキルってのはむちゃくちゃなものなんだ!
「つまり……君の能力を使えばステラを救う事ができるのか!」
かつて経験したことがないほどの興奮に突き動かされながら叫ぶ。ステラを救う事ができる。目の前の少女のスキルを使えば、あの悲劇を無かったことにできる!!
「いやできないですけど」
本気でその場にこけそうになる。梯子外しにも程があるその発言に、思わず限界まで目を見開いて彼女の顔を凝視してしまう。
「な、なんで!? 君の話だと、君が過去に飛べばステラを救う事ができるんじゃないのか!?」
「いやできる訳ないじゃないですか。絶対無理でしょ」
疑問を呈する僕に対して、相変わらず彼女は言う事を変えない。あまりに先ほどの言い分とは違う話に混乱が激しくなる。言葉が何も出てこない口に変わって最大限の「何で」を身振り手振りで表現するしかない。
「だって私が死ぬじゃないですか。だから無理です」
さらりと事も無げに言うドロシー。言わんとしている事が理解できない。
「だって……犯人は魔物なんですよね? それも勇者を瞬殺できるくらいの強い魔物」
突き付けられた一言に思わず唾を飲み込む。当たり前という態度で告げる少女。数秒ただ見つめるだけの事しかできない。
「あ、いや……だって、それは……」
「確かに犯人を止めれば勇者は助かりますよ。でもそれは止められたらの話です。できる訳がないじゃないですか、犯人はめちゃくちゃ強いんですよ」
快刀乱麻、まったくもって非常にシンプルな理屈だ。対魔物において最強の勇者が殺されている。そんな魔物、誰がどう考えても止めるのは不可能に違いないじゃないか。
「ま、待ってくれ! 魔物に殺されたとは限らないぞ!」
無理を断言するドロシーに対し、僕は議論に一石を投じる冴えた見解を示す。そしてそれに対して言われた当人は怪訝そうに眉をしかめた。
「なんなんですかあなた。さっき魔物に殺されたと言ったばかりじゃないですか」
「だ、だって……と、突発的な事故かもしれないじゃないか! もしかしたら他の理由で死んだのかも!」
「はい? ギルド本部のプロの人が調査したんですよね? それで魔物の仕業だって言ってたんですよね? それでどうして事故がどうとかって話が出てくるんですか? 他人事だからって適当言わないでくれます?」
もっともな反論にぐうの音も出ない。先ほどまで場当たり的で雑な調査をしていた人間がここに来て真っ当なデータを元にこちらの意見を封じてくる。
「だ、だって君の能力があればステラが……いやわかった、じゃあ事件当時に行って止める必要は無い! 事件が起こる前日の勇者に会って助言をすればいいんだ!」
「いや、それも駄目ですね」
すがるように提案する僕に対し、彼女はぴしゃりと言い放つ。
「だってこの事件は暗殺、つまり計画的犯行なんでしょう? だったら犯人は何年も前から勇者さんを観察していたかもしれませんよね? もしも勇者さんに告げ口するのを見られでもしたら、私だって何をされるか解ったもんじゃないじゃないですか」
「ぐっ……!」
考え過ぎだとも言いたいが、そんな無責任な言い草で彼女の心は動かないだろう。命に命で返されるどうしようもなさに、思わず言葉が詰まる。何の意味も無い石をしげしげと観察していたような人間のくせに僕への攻め口が変に冴えている。
……いや、つまりこの女の子は自分の身の安全を最優先に考えているのだ。ここに来るまでに様々なケースを想定した上で、安心だと確信できる場合にのみステラを助けようとしていたのだろう。そんな彼女に今ここで初めて事情を知った僕の提案など、通用する訳が無い。僕が一番目の前に見えているのはステラの命であり、魔物の姿なんて欠片も無い事件の真相なのだから。
「だったら、魔物の監視の無い別の町でタイムトラベルしよう! そして誰かに依頼して勇者への言伝を頼むのはどうだろう!」
「そんな知り合いいないんですけど」
「ギルドの冒険者を使えばいい! なんなら金は出すぞ!」
「冒険者……ええと……」
顔を伏せ、悩み始める彼女。依頼の出し方が解らなくて不安なのだろうか? だったら僕が教えて……いやそうじゃない! もっと直接的な方法がある!
「わかった、僕に頼めば良い! 当日の朝、バリオンの街でギルド職員をやってるライトと話をしてくれ! 僕が手紙を書くから!」
これが一番冴えたやり方だ! 僕が僕に手紙を書けば一発で事情を理解してもらえるし根本的な原因も取り除けるじゃないか!
「ええ? あなたに?」
彼女が嫌そうに言う。非常に胡散臭そうな目で僕の顔を見ているのは一体何が不満なのだろうか。
「うーん……あの、それってあなたが勇者さんに会いに行くって事ですよね?」
「そうだ! それで全て解決だ!」
嘘偽り無い事実を僕が宣言するも、彼女は渋るような態度を崩さない。
「それで、あのー、もしもあなたが魔物に捕まって拷問されて私の事を吐いちゃったらどうします? 極秘の計画を看破した謎の女なんて、私まで殺されちゃうかもしれないですよ?」
思わずまくしたてたくなるのをぐっとこらえる。僕が魔物なんかに捕まる訳ないだろ! 弱そうに見えるかもしれないけど、実際はめちゃくちゃ強いんだ! 安心して任せても大丈夫なんだ!
「過去のあなたがそんな事になれば、戻ってきた時の現在が変わってしまいます。この村で犯人の魔物が必死に私の事を探している、そんな現在に……」
ぶるぶるとおっかなそうに首を振るドロシー。主張の通らない歯痒さに舌打ちしそうになる。
「会う時に顔を隠せばいいだろ! そもそも人伝で完璧な容姿なんて伝わらないって!」
「そうかもしれませんけど……でもなあ……」
ここまで言ってもまだドロシーの態度は煮え切らず、まったく乗り気とは言い難い。得体のしれない魔物の事をかなり警戒しているようだ。
おそらく彼女にとっての論点は最初からあくまで魔物の仕業かどうかという一点のみであり、そこをクリアできない以上は動くつもりが無かったのだろう。彼女が抱く不安は客観的に見れば取るに足らないものだ。だけど死というもののリスクは無限大なのだ。取り返しがつかないものなのだ。
「あのー、やっぱり私やめておきますね。不確定要素が多いっていうか……もともと多分無理だって思ってたし……」
ドロシーは一言そう告げて、元来た方へと踵を返し歩き出す。もう彼女の心にステラを助ける気など存在しない。
やっぱり……駄目だ。ステラの死が魔物の仕業となっている限り、彼女の心は動かないのだ。もはや彼女の中では決まった事であり、そこに今日会ったばかりの他人が何を言おうとそれを覆す力なんてありはしないのだ。
だけどここで彼女を帰してはいけない! 彼女を行かせてはいけない! やっと見つけた全てを覆す逆転への道なんだ! もうここで彼女にけりを付けてもらわなければならないんだ! ここから何日も彼女に付きまとって説得を繰り返すなんて悠長な事はしていられない! 今この機会で全て終わらせる! 全てを! これまでの全てを!
全てを……そうだ、全てを━━
「ステラを殺したのは魔物じゃないんだ」
二人きりの森の中に僕の声が響く。
ドロシーが足を止めた。こちらを振り返り、眉をひそめて僕を見る。
「なんですかそれ。言ってる事がわからないんですけど」
明らかにこちらを信用していない不審そうな眼差し。
「ステラは暗殺された訳じゃない。あれは事故だったんだ。彼女を害そうとする存在なんて初めからいなかったんだ」
「だから! なんであなたにそんな事がわかるんですか! 適当言わないでくださいってさっきも言いましたよね!」
「適当じゃない! 知ってるんだ!」
声を上げる彼女にそれ以上の叫びで答える。身を絡め取る何かを振り払うように。
「だって……ステラを殺したのは僕なんだよ」
叫ぶ大声の後の空白に放たれた一言。
今まで僕の体の奥の奥で死んだように横たわっていたその言葉は、外界の日を浴びた途端にむせ返るような鉄の匂いを周囲に漂わせ始める。
彼女はぽかんとした表情で僕を見つめていた。まるで鼻も耳も利かない生まれたての雛鳥が目の前の存在の正体に気付かないかのように。
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