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☆誰の宝の山か

 そびえ立つワイアームの牙の山。一つ売っただけで金持ちになれる牙が山ほどあれば、それはもう大金持ちになれるという事だ。僕がユニーク能力者じゃなければ興奮で頭が煮えていた事であろう。だが今は興奮よりも先に疑問が前に出る。


 誰がここまで集めたんだ?


 これは明らかに自然に溜まったものではなく、何者かが意思を持って積み上げていったものだ。根本から見上げるその高さに、改めて訳の分からない気持ちでいっぱいになる。近付けば近づくほど逆に現実感が喪失していく奇妙な体験だった。


「誰かの悪戯と思ってしまいそうだが……どれ……」


 観察すると下の牙ほど苔むして汚れており、上の牙ほど白く綺麗な事がわかった。何かの目的を持って集めたにしては、そのグラデーションの織り成す年月に途方も無いものを感じてしまう。使うために集めたというよりは、むしろ無造作に捨てていると言われた方がまだ納得が行きそうだ。無造作に捨てる……使わない牙(・・・・・)を……。


「まさか……ワイアーム自身が?」


 思考の果てにぱっとその発想が降りて来る。ワイアームが牙の抜ける度に放棄する場所……じゃあここはワイアームのゴミ捨て場? いや、というよりはむしろこの山自体が……。


「ワイアームの()()


 ワイアームが一つの巣を決めて住み着く習性があるという話は聞いたことが無かったが、あり得ない話でもないだろう。人間だって家を作って一つ所に定住するのだから、高い知能を持つとされるワイアームが同じことをしていてもおかしくはない。


 そう思うと、今更になって一つの事実に気付く。この山の上にはダンジョンが一つも無かった。普通はこういう人類未踏の地にはダンジョンが蔓延っているものなのだが、それが一つも無い。誰かが()()をしていなければこんなことはあり得ないだろう。


 山の頂上が変になだらかで平らな部分が多かったのも納得が行く。そりゃ巨大なワイアームが上に乗って何十年も暮らしていたとすれば、だんだんそういう形にもなっていくだろう。なんて無茶苦茶な理由だとも思うが、同時にかなり腑に落ちる話でもある。


「なるほど、状況は理解できた。理解できたが……」


 となると次に考えるべきは一つだ。

 ()()は持って行ってもいいものなのだろうか?


 抜けた牙をただ邪魔にならないように集めているだけなら、要するにただのゴミだ。いくら持って行っても痛くはないだろう。


 ただ、そもそも僕がここにいる時点で他人の縄張りに不法侵入していると考える事もできる。ワイアームも留守中に家に入られると不快に思うのだろうか。敵対しないと決めた以上は一応配慮したい気持ちもあるが。


「うーん……」


 まあ、これだけあるんだから少しなら気付かれないだろう。とりあえず上から下までバランスよく30本程度の牙を抜いてみる。それだけの本数を抜かれてなお牙の山は変わらず屹立していた。抜かれる前の見た目と大差無いように見えるだろう、多分。


「まあ、アナスタシアがちょっと髪切った時とかもわかんなかったしな。ワイアームもわからないだろきっと」


 勝手に決めつけて山から離れる準備を始める。牙の一本が人間の背丈よりも余裕ででかいため、30本を運ぶには魔法の力が必要になる。


「『レビテーション』」


 風を使い、自分の周辺に牙を浮かす。そのままバランスを保ちながら自らの歩みに牙を追随させ、ダッシュジャンプして一気に山を抜けて空へと身を投げ出す。


「あっ」


 思わず声が出た。牙の山ばかり見ていて全然気づかなかった、それよりはるか巨大な山のような存在。


 遠くの空から()が迫ってきている。そのシルエットはどんどんと大きくなっていき、やがてその瞳がこちらの姿をとらえている事がおぼろげにわかってくる。


「あっ、やべ」


 一つの島のような存在感が巨大な風切音と共に高速で目の前へと近付いてくる。ウロコの一枚一枚が僕よりもでかく、爬虫類めいた質感の壁が見る間に視界を占領していく。距離がほんの20mほどまで近付いた時点でもう僕はその巨竜にしか意識を向ける事ができなくなっていた。そして彼は鼻先で牙をまとうちっぽけな人間の姿を見て、忌々しそうに牙をむき出しにした。


 ごくりと唾を飲み込む。


 邂逅の一瞬、音が遠くなったような感覚。


 規格外の大質量が僕へと高速で迫り、そして




 ……そのままワイアームは通り過ぎて行った。横目に僕の姿を睨み、しかしすぐに目の前の住処へと視線を戻す。盗まれた牙に特に何も言わず彼は山へと降り、僕はジャンプの慣性でそのまま風に乗って空への飛行へと移っていった。


「……襲わないんだな。やっぱり」


 明らかにこちらを見下した目だった。ちっぽけな人間。ほんの少し自分が体を振るえば全てを破壊できる生き物たち。なのに慎重に殺すのを避ける動き。他の何かを見ていたような遠い視線。


  『そうですね、誤解を恐れずに言えば……』


 いつかマリアから聞いた言葉を思い出す。最強の魔物たちがまるで蟻を踏むのを避けるようにふるまう不思議。ワイアームが人を殺さない理由。


  『人間が()()からですね』



 奪取した牙と共に空を進んでいく。鳥すら飛ばない高高度。つんざく風の音が次々と耳をかすめてゆく。


「怖いから……か」


 あの頃はまるでピンと来なかったその言葉。だが今ならその意味する所がハッキリと理解できる。


 ワイアームは目の前のちっぽけな僕のことなど見ていなかった。目の前の人間からはるか遠く……そのちっぽけな一つの生き物から連なる()()という種そのものを鋭く見据えていたのだ。


「最強の生物ワイアームにも……触れがたいものがある」


 人間は弱い。

 だが……その弱さは酷く()()()だ。ともすれば世界そのものさえ飲み込んでしまいかねないほどに。


 僕は左手に集めた膨大な魔力を体内に回帰させ、町を目指して飛んでいった。

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