☆やっぱワイアーム殴るのやめよう
「やっぱりワイアームを殴るのはやめよう」
やっぱりワイアームを殴るのはやめる事にした。殴って採取とか野蛮だし、冷静になって考えるとどれだけでかくとも世界に数匹のワイアームを見つけるのはなかなか骨の折れる作業である。
それに仮に見つけたとしてもワイアームとの戦闘には一つの壁を立ちはだかる。いや、勝てない訳ではない。何か戦いの中で苦戦するとか不利益を被るとかではなく、もっと根本的なある問題がワイアームという魔物との戦闘には存在するのである。
「ワイアームは人を襲わない」
そう、彼らは人類に敵対していない。普通の魔物みたいに人間と見るや襲い掛かってきたりはせず、むしろこちらの事をわざわざ避けるくらいだ。つまり……僕がワイアームを殺したら殺ワイアーム鬼になってしまうという事なのである。
「襲わない? どういう事だよ」
かつて冒険者になってからまだ日が浅かった頃の会話。僕は話の流れで耳に入ってきた言葉をそのままオウム返しに聞き返す。
「一般にワイアームと呼ばれる最上位のドラゴンは人を襲わない個体が多いんです! もちろん伝説に残るような数多の人里を滅ぼした存在もいましたが、過去の話ですね!」
パーティメンバーとして数日の付き合いであるマリアはこちらが聞くと説明をどんどん重ねてきた。魔物は本能で人間を襲う。だが上位の魔物、とりわけワイアームは人間に危害を加えない個体が多いという。
「なんで襲わないんだ?」
「ワイアームは力の強い魔物ですから、創造主に打たれた本能の楔すら断ち切る事ができるのですよ!」
普通の魔物は人間を見れば襲う本能を持っている。だがほんの一握りの最上位クラスの魔物達はそんな風に人間をやっきになって襲わないし、ダンジョンにとどまって冒険者を待ち構えたりもしないそうなのである。一言で言えば強い自我が垣間見えるのだとか。
「でも殺さない理由もないだろ。通り道に人間がいたら踏んじゃうんじゃないの?」
「いえ、それが彼らは極めて慎重に人殺しを避けるそうです」
「何で?」
人間だってわざわざ蟻を踏みはしないが、それは本能に抗えるからではなく哀れみの心があるからだ。ワイアームにもその慈悲があるのだろうか。マリアは少し目を細めて視線を上に向けた。
「うーん……そうですね、誤解を恐れずに言うなら……」
先ほどの触りだけの説明と比べて、彼女は言葉を探すように間を開けながら喋る。
「それは……」
「は!? こんな事考えてる場合じゃなかった!」
うっかり変な回想をしてしまった事に気付いて首を振る。とにかく結論としてはワイアームを殴るのは駄目、絶対、と言う事。そこを違えなければ大丈夫だ。
つまり牙強盗は言うなれば人類とワイアームの不可侵条約を破る行為だろう。別に彼らとの間に正式に何かの約定が交わされている訳ではないが、それでも一匹のワイアームが人間に牙をカツアゲされたとなれば向こうの出方も変わりかねない。僕の軽はずみな行動のせいで人類がワイアームに滅ぼされるような事態に陥ったら、それこそもう何処にも足を向けて眠れないだろう。
ワイアームを殴ってはいけない。一人のワイアームを殴れる存在としてそこは確かに覚えておく必要があった。
「しかし、だ。ワイアームを殴るのが駄目だとして、ワイアームの牙を集めて売る作戦自体も駄目かといえばそうとも限らない」
バリオンからノウィンに向かう途中で登った山の上の事を思い出していた。ああいう険しい山の上にはダンジョンとモンスターがうようよ蔓延っている。人が寄り付かないああいう場所はダンジョンが増え放題になり、だからまた余計に人が寄り付かなくなる。
それこそ、あんな場所に立ち寄れるのはユニーク冒険者である僕と……ワイアームくらいのものだろう。
つまり世界各地には危険すぎて僕とワイアームしか入れないような場所がそれなりに存在している訳だ。だからなんでもいい、世界を駆け回って目に付いた適当な高い山の上に登ってみるのだ。そこには何百年という時の中で落とされたワイアームの牙が一本や二本くらい転がっているかもしれない。
「あるかもしれないな……一攫千金」
採取の方針は固まった。僕は人のまばらな公園から高く垂直に飛び上がり、そのまま風魔法の力により彼方へと飛び去っていった。
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