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先生

「なんだってえ? 世界全体を描いた地図ぅ?」


 ノウィンの商店のおばさんがぽかんとした顔で言う。珍しく客として顔を見せた出戻りのライトが店に似つかわしくない品を要求した時の顔だ。


「流石に無いよ、そんなの! この村の地図だって売ってないんだよ!」


「ですよね~」


 灯台下暗しという事でノウィンの店もあたってみたのだが、結果は見事に玉砕である。かれこれもう何十もの町を回って探しているが、一向に成果が見られない。冷やかしみたいに何も買わずに店を後にした僕は、空の向こうのまだ見ぬ世界に思いを馳せた。


「そりゃ使わないもんなあ……世界地図なんて」


 世界全体が描かれた地図を買う必要があるのなんて、世界全体を回る用事のある人間のみである。もちろんそんな需要は毛ほども存在しないため、一般的な市場にそんな地図が流れる事は無い。色々な町で周囲の地図を買い集めてそれをいちいち見比べながら飛行すればいいのかもしれないが、いずれ遠くの大陸に日帰り遠征する予定の身としてはやはり一枚の大きな地図でひとっ飛びしたかった。


「一応、それっぽいやつは見つかったんだけどね……」


 ポケットから一枚の上質な紙を取り出しそれを開くと、いかにも世界地図!といった体で描かれた色鮮やかな絵が広がった。色々な町で何軒も探し回った結果、たった一枚だけ見つかったものだ。


「ほんと、それっぽいといえばそれっぽい、立派な地図なんだよな……()()に飾られて売られていただけの事はある」


 要するにこれの用途は観賞用であり、変に紙質が上等なのもそのためである。実用のために描かれたものではない以上、内容の正しさはまったく当てにならないと言える。なんなら全て想像で描かれた架空の地図である可能性も否定できない。


「しかも、観賞用らしく文字書きの一つも入ってない。ほんとは各大陸の主要都市や特徴的な地形の記載が欲しいんだが……」


 そこを目印に最初に大きく移動すれば、あとの探索は細かい地図を見ながらでも構わないはずである。その町が属する主要都市がわかっているのといないのとでは、位置関係の把握しやすさが段違いだろう。


 何処かに世界地図が落ちてりゃいいんだがな……。そんな夢みたいな事を考えながら、ブラブラと無目的に町を歩いていく。休憩時間で他の町の依頼をこなして来たばかりの身なので、残りの時間で本当の休憩と洒落込むのも悪くないだろう。


「ん?」


 町の広場の一角に人が集まっているのに気付く。それも人だかりという訳ではなく、なんとなくきちんと並ぶように座っているように見える。あれは町の子供か? 彼らの視線の先には黒いついたてが立てられ、そしてその隣では身振り手振りで何かを喋っている人物が一人。


「あそこにいるのは……」


 散歩の延長としての好奇心で速足にそちらの方へと向かう。すると数秒もしないうちにその集まりの全体像が見えてきた。


「はい、リンゴという字はこう書くんですよ~! ちゃんと手元の板に自分でも書きましょうね~! ゆっくりでも良いから書くんですよ~!」


 そこにいたのはマリアだった。横の黒板に大きくリンゴの文字と絵を描き、見ている子供達にも真似して書くよう促している。子供達は楽しそうに、あるいは真剣な表情で目の前のリンゴの文字を見ながら手を動かすのだった。


「皆さん、リンゴは普段どれくらい食べてますか? リンゴという果物は特別暑くない場所であれば何処でも育つんですが、この辺ではあまり作られてないんですよね~。なので皆さんが食べているものは実は海の向こうから運ばれているものがほとんどなんですよ~」


 既に書けた子供を退屈させないためか、書いた文字にまつわる雑学を披露しているマリア。その間にも子供達の間を縫って歩きながら、書き取りの進捗を確認している。


 するとその拍子に近くで見ていた僕と目が合い、向こうもこちらの存在に気付く。彼女は笑顔で軽く手を振ってきた。いつもと違う場での彼女にいつも通りの笑顔を向けられ、なんだか変に胸がくすぐったくなるのを感じた。


 ……そうか、僕が空いた時間で他の町の依頼を受けているように、マリアは村の子供に勉強を教えているんだな。子供達も楽しそうだし、このまま数週間もすれば読み書きの基本は覚えてしまいそうだ。


 少し驚いたが同時に嬉しかった。僕が「いつかこの町にも……」なんて考えるような事は、気付けば他の皆が能動的に動いて実現させている。僕がおこがましい心配をしなくても、その能力を備えた人間がちゃんと町のために動いてくれる。そういう力がノウィンという町にはもう備わっているのだ。


 それに……それをしてくれているのがマリアなんて。ヒーラーみたいに割のいい仕事とは違い、彼女からすればほとんどボランティアみたいな内容の仕事。感謝とも尊敬ともつかない感情が僕の心を変にそわそわさせた。とにかく彼女がそのような人間であるという事が不思議と僕を嬉しい気持ちにさせていたのだった。


「次はドラゴンを書いてみましょうか! ほらドラゴンの文字はこうですよ! ドラゴン注意みたいな看板を見つけたら逃げましょうね~」


 一つの文字が終わるとまた次の文字の書き取りが始まっていく。僕は与えられた休憩時間の中で特に何処へ行く訳でもなく、ただ彼女が子供達に向き合う姿を見続けていた。

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