ばれる訳がない
そこにはパーティ『太陽の絆』の面々を引き連れたジョシュアがいた。
同じ村から冒険者を目指した幼馴染。僕を追放した時と変わらない鋭い眼光。その眼差しの先に血の匂いの僕。
「ほんとだ、ライトさんじゃないですかあ~! どうしたんですか久しぶりですねえ!」
「何やっとるんじゃ? ギルドの仕事はどうした?」
「あ、あ……いや……」
マリアとガンドムが声を掛ける横で、こちらを訝しそうに観察するジョシュア。何か、何か言わないと。あまりの状況に言葉が上手く出せない。
「べ、別に、ちょっと休んでいただけだよ。それじゃ……!」
説明にもなっていない言葉で切り上げる。とにかく今は誰の目にも触れていたくない。僕は立ち上がって、ただ彼らから離れるだけの方向へふらふらと歩き出す。
「ちょっと待てよライト」
背後からジョシュアに声を掛けられ、心臓が跳ね上がる。何で僕に呼びかけるんだ。僕はもうお前らとは関係が無いはずだろ。
大分時間を掛けて振り向くと、ジョシュアはずかずかとこちらに歩み寄ってきている。鋭くこちらを睨むその顔。汗だくのまま目がそらせない。
「てめーが使ってる武器をよこせ」
「は?」
予想だにしなかった言葉に思わず間抜けな声が出る。
「は?じゃねーだろ、その剣はもともとパーティで買った武器だろうが。ギルド職員にはいらねーだろ、返せや」
「あ、ああ……わかった」
拒絶する意味もないので素直に従う。どの道ぼくにはもう必要無いものだ。固い動きで鞘から剣を抜き、ジョシュアへと手渡す。
「あれえ? その剣、血がついてませんか?」
マリアの発言にびくりとする。よくよく見ると、確かに持ち手の部分に血の拭き残しがある。
「おや、ほんとだのう。最近のものにも見えるが……」
「汚ねえな、なんなんだよ」
「ま、魔物の血だよ! そっちで洗えばいいだろ!」
じろじろと確かめるガンドムとジョシュアに、僕は必死に弁明する。そうだ、これは本当にただの魔物の血なんだ。山の頂上で倒した何百の魔物……それがどうしたんだ、何も文句なんて無いはずだ。別に人の血なんてついてないし、何も怪しい所なんて一切ないはずだろ。
「ねえちょっと待ってよ……。何でライトは噴水なんかでうなだれていたの?」
「え? な、何でって……」
思いつめるように黙っていたアナスタシアが僕に声をかけてくる。そのいやに真剣な態度に声が上ずってしまう。
「さっきから、何で言いたがらないの? そんなに言いにくい事があるの?」
「い、いや……」
早鐘の心臓が痛いくらいに胸の内側を打つ。
まさか気付かれてる? 何か僕がとんでもない失言でもして……
「もしかしてさ! ギルド職員もクビになったんじゃないの!?」
「え?」
まったく想定していなかった方向の勢いに思わず声が出る。ギルド? まさか僕がギルドから追い出されたんじゃってずっと思ってたのか?
「え~! ライトさん無職なんですか!? じゃあこれからどうするんですか~!」
「流石に畑が違いすぎたのかのう」
「ねえ、剣くらいあげようよジョシュア! やっぱり一人じゃ大変だよ!」
少しずれた理解の中、周りで騒ぎはじめる太陽の絆のメンバーたち。僕はそれを見ながら、なぜか途方もなく泣きそうな気持ちになった。無闇に暖かくなる胸の内を止められない。僕は彼らの仲間だった。ほんの少し前まで、そうだったんだ。
なあ、彼らに正直に言えばいいんじゃないか。能力に気付いた事、森での出来事、ここまでの何もかもを全て。そしたら、そしたらきっと、彼らなら僕のした過ちだって許して……。
「そうだ! じゃあ村に帰れば? ステラに仕事とか探してもらえばいいじゃん!」
突如触れられる核心に体中の血が凍りつく。ただ固まってそちらを向くだけで、声すら出ない。
「ステラさんってライトさん達の幼馴染の方でしたっけ?」
「そうそう! あの子は顔がきくから、きっと何とかしてくれるよ!」
「なるほどのう。故郷が近いお前さん方なら、頼るのはありじゃろうな」
笑顔で話を進めるアナスタシアに、僕はただ硬直し続ける事しかできない。何も言えない。何を言えるっていうんだ。それは無理だって? 何で? きょとんとした彼女たちの顔を想像して、その後はもう何も出てこない。やめてくれ。僕を、これ以上僕を気づかうのは、もう……
「ステラにそんな暇なんてねえよ!」
怒号としか表現できないジョシュアの一言で、場の空気が一瞬で静まり返った。
「この無能のために職を用意してやるって? ステラは一人残って、ずっと村の維持管理を手伝い続けてきたんだぞ? なんで外の町で何も考えずに生きてた野郎の世話をしなきゃならねえんだ?」
「それは……」
アナスタシアは顔を伏せてわかりやすく口ごもる。ジョシュアはそれに対しフンと鼻を鳴らし、今度は僕に振り返った。
「いいかライト、一つだけ言っておくぜ。村の人間は村の人間で必死にやってんだ。てめえはそれとは何一つ関わっていない」
とつとつとぶつけられる言葉たち。思わず顔を伏せる。
「こっちで好き勝手してただけの人間が村に何かしでかしたら承知しねえからな」
それは
端的に僕の過ちを突き刺す言葉だった。
僕が、ただユニークスキルに好き勝手はしゃいで良い気になって、それで村で必死に生きてる一人の少女が死んだ。そのままにしておかなければならなかったものを勝手な力で脅かした。
目の前が真っ暗になる。
重さのある黒が全身を包み込み、僕の魂が下へ下へと沈んでいく。山の向こうから追いついてきた現実が視界を押しつぶし、ひたすらに僕の息を奪っている。
「じょ、ジョシュア……」
「何だよ」
苛立たしげに言うジョシュアに思わずうずくまってしまいたくなる。だがそれでも僕は震えながら、目をそらさないよう彼の顔をじっと見据える。
わかっていた。今、ここで言わなくては。
ここで言わなくては、もう二度と言う事はできないんだと。この真っ暗をなんとかするための、これが最後のチャンスなんだと。
「ぼくは……」
黒い視界が真っ赤へと変わる。心臓がでたらめな方向に打ち付け、血が狂ったように体中を巡っている。
言う。
言うんだ
言うぞ
いま、言う
口を開いて
僕は
ちゃんと
自分の罪を
彼へ、
みんなへ、
言える
言う
さあ
はやく
はやく
そうだ、はやく!
「ジョシュアさん! 大変です! 大変な事が!」
慌てた言葉が場の空気を打ち破った。限りなく目の前に集中していた視界が霧散し、一気に世界が遠くなる。
そこにはギルド受付のフィリアさんが息を切らしながら立っていた。尋常じゃない様子で顔を曇らせている。
「何だってんだよ」
「あっ」
こっちを向いていたジョシュアがいとも簡単にそちらへと向く。
視線が、ただジョシュアの背中へとぶつかる。
「……訃報です」
「何?」
その言葉に、ジョシュアの声が低くなる。アナスタシアが不安げに彼と目を合わせようとする。
フィリアさんは三枚持っていた手紙の一つをジョシュアに渡した。ジョシュアは固まった表情でゆっくりとそれを開く。
「……ステラが、死んだ?」
それを聞いた瞬間
僕は、ただ膝から崩れ落ちた。地面にひざまずき、唇をきつく噛みしめて。ただ呆然と彼の動揺を聞いていた。
「森で、首を……? 倒れて、死んでいただと……?」
ジョシュアの抑揚のない声。目を見開いて震えるアナスタシア。
終わった。全て終わった。
もう犯人は見つからない。僕が言わなかったから見つからない。最後のチャンスだったのに。ジョシュアはこっちを向いていたのに。
自分の顔をぼこぼこに殴りたかった。次の瞬間には言うぞって10000回くらい思い続けて、そのまま訃報が出るまで突っ立っていた。取り返しがつかないってわかってたのに馬鹿みたいにただ口を開けてるだけだった。
「何でだよ! 何であいつが! どうして、どうしてそんな……!」
「ジョシュア、落ち着け! 彼女は手紙を受け取っただけじゃ!」
フィリアさんに詰め寄るジョシュアをガンドムが抑える。アナスタシアは顔をおさえて泣いていた。フィリアさんが沈痛な面持ちでそれを見ていた。
「許さねえ……絶対許さねえぞ」
地の底から響くような声。怒りに満ちたジョシュアの形相。
「やった奴は絶対に俺が見つけ出す……見つけ出して……村の全ての人間の前に必ず引きずり出してやる……!」
ほとばしるこの世で一番強い感情。あまりにも現実的でない、決して果たされないであろう想い。
なのに、僕はそれを聞いて心底恐ろしくて。彼の言う場にいる自分の姿を鮮明に想像して。それで、またその場から逃げ出していた。もう止まらなかった。これからずっと、ずっとこうなのだと解っていた。
ギラギラと太陽の照り付ける日。
僕は人殺しになった。これは二度と戻らない。
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