☆絶望のベアトリクスおばさん!!!!
記憶よりも大分明るくなった孤児院の廊下を進み、先を目指す。狭いスペースで馬飛びをして遊んでいる子供たちにちょっかいをかけられながら、突き当りのドアまでたどりついてスウっと息を吸う。
「院長ただいま! バリオンから帰ってきたライトだぞ!」
何を言えばいいかわからなかったので、やや冗長な言い回しで声を掛けてしまう。二年ぶりなので詳しく説明した方がわかりやすいかなと思ったのである。
「おお、おかえりライト! 入っておいで!」
記憶と変わらない元気な声が帰ってきてほっとする。喋るだけで人の心を軽くする人間というのはいるものだ。この人の元気さはいつも孤児院全体を明るくしてくれた。
ドアを開けると、ごちゃごちゃといろいろなものが乱雑に置かれた倉庫めいた室内が視界に広がる。そしてその中にありながらもまず真っ先に目に入る、快活に笑うややしわの混じった笑顔の女性。
「背え伸びたねえ! やっぱり二年立つと色々違うもんだ!」
そう言いデスクから立ち上がった本人は、2mに届きそうな見上げるほどの巨躯である。いかにもその辺で売っている一番でかい服を適当に着たような身なり、その服越しに一目でわかるほどの筋骨隆々とした恵まれた体躯。
孤児院『ノウィンの太陽』の院長、ベアトリクス。一言で言うならでかくてごついおばさんである。
「よく戻ってきたねえ! バリオンでBランクパーティにまで成り上がったあんたが来てくれたらノウィンも助かるよ!」
そばまで寄ってきて肩をばんばん叩く院長。この豪快さ距離の近さにいつも励まされてきた。今もついつい元気が出そうになってしまう。
「まあ僕パーティから追放されたんだけどね」
「うんうん、知ってる知ってる」
知ってんのかよ! 変わらぬ笑顔で返す院長に、おもわずもっと他に何か無いのかとツッコみたくなる。基本的に僕の追放の扱い方がなんか軽くないか……?
「まあ安心しなよ! ここで泊まってんのはアナスタシアだけでジョシュアは別の場所にいるからねえ! 会う事もないだろうさ!」
「大丈夫、いじめられたらぶん殴ってやるよ」
気まずいだろうとでも言いたげな院長に強気に返す僕。実際その通りの気持ちなのだが、院長は豪快に笑い飛ばしている。ライトがジョシュアに勝てるのはおかしい。腹立たしい限りだ。
「ま、いずれにせよあんたもジョシュアもアナスタシアもよくやったよ。懐かしいねえ、あの子供たちがさあ」
遠くを見るように懐かしむ院長。こういうのは懐かしまれる側としては少しむず痒い。
「ジョシュアなんか最初遊びで棒振ってるのを才能あるよって褒めてたら、ほんとにその気になって冒険者目指し始めるんだもんね! ビックリしたよ! わはははは!」
「今の本人にも言ってやってよ院長」
あの男のやってることが全てピエロだという事がわかる良いエピソードである。そこいくと僕なんて千年に一度の炎の使い手だっていつも褒められてたもんね。ん?
「あんたもアナスタシアも魔法を教えたら結構できちゃったし、やってみるもんだよねえ。それに味を占めて他の子にも教えてみたらあんまりだったけどさ」
「そりゃね」
冒険者としてやっていける程の才能を持つ魔法使いはそれほど多くは無い。20人いるかいないかの孤児院で僕とアナスタシアが輩出されただけでも御の字だろう。
「ま、とにかくあんたもご飯まだだろ! そろそろ食事の時間だから食堂に言っといでよ! 長旅で疲れてるだろうし、今日はゆっくり休みな!」
「ありがと、そうするよ」
まあ狭い馬車旅とは言え2日程度だったのだが。とはいえ「別に長くなかったよ」とか謙遜するのもなんだか妙であるし、素直に厚意に甘えるのが良いだろう。
◇◇◇◇
孤児院の中ではちょっと荘厳な雰囲気の食堂にやってきた。人数分の机を置いてもちょっとスペースが余るが、その隙間で遊びたくなるほどでもないという絶妙な広さである。
「あれ!? ライト!?」
食堂には先客がいた。僕が元いたパーティ『太陽の絆』のメンバー、アナスタシアである。
「なんでライトがここにいるの!? もしかしてジョシュアに呼ばれた!? それとも院長!?」
「僕には自我が無いのかよ」
驚くにしたって「出たー! 満を持しての登場、ライトだー!」くらい言ってくれた方がこちらの気分も盛り上がるだろうに。今度登場する機会があったらちゃんとしてほしいものだ。
「じゃあノウィンのために来てくれたんだ! いやだって、もう来ないと思ってたよー! 二週間もずっと来ないんだもん!」
「い、いや……まだ二週間だから……」
別に含みは無いのだろうが、何日も家でゴロゴロ寝ていた事を責められているような気がしてバツが悪くなる。この言い方だとアナスタシア達は二週間前から既にノウィンに来ていたのだろうか。
「でもそっか、よかったあ。……ねえライト、私と一緒に仕事する?」
「仕事?」
少し予想外の事を言われ、オウム返しになる。
「うん、私ノウィンではダンジョン難度の調査やってるんだよね、誰もやらないからさあ。ライトはバリオンでギルド職員だったし、できるんじゃないかなって」
そういえばギルド職員も足りないらしかったな。確かに普通に考えれば僕の所属はギルドか冒険者の二択になるだろう。
「まあ……私と一緒はいやかもしれないけど」
そう言い、少し顔を逸らすアナスタシア。いちいち悪びれるくらいなら追放に反対してくれればよかったのに。
「悪いな、仕事はマリアと一緒なんだ」
「え? 診療所って事? ライトが?」
くそっ、せっかく表現をぼかしたのにやっぱり仲間の職場くらい知ってるか。なんて言えばいいんだ、今日も1200メモリもヒールしたぜとか自慢するのか。
「あのーライト、マリアと一緒ってどういう……」
「ごはんができたよー!」
と、ちょうどここで食事担当達がごはんを運んでくる。ナイスなタイミングで次々と皿が運びこまれ、孤児院の皆が続々集まってくる。
「ごはんだごはんだー!」
「今日シチューじゃん! やりー!」
「あれ、ライト来てたのー!? 久しぶり、元気ー!」
久しぶりに見る面々にそれぞれ挨拶を返していく。アナスタシアは何か言いたげだったが、とりあえず今は食卓に着く事にしたようだった。
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