絶望のノウィン診療所
「あああ行きたくない! 行きたくないい! 助けてくれ! 助けて!」
医者の家に向けて足を動かしながら、どうしても頭は孤児院の事を考えてしまう。ステラに憧れを抱いていた孤児達。今彼らは泣いているだろうか、怒りに燃えているだろうか。あるいは仇の事を恨んで? ……駄目だ、このままだと道端に嘔吐物を残してしまいかねない。何か別の事を考えろ。景色を、美しい景色を見るんだ。
すっと横を見ると大きめの建物が目に映る。宿屋だ。やはり外観は多少小奇麗になっている。
見ると『濃厚な森の幸! ノウィン名物山菜料理!』『さわやかな寝起きに町の喧騒を離れた静かな自然!』など、やたら張り紙がされていた。冒険者をできれば定着させたいと必死なのだろうが、それにしても対応が早い。
「この堂に入ったデザインの張り紙を二週間で作ったのか……?」
少し歩くと酒場や食事処にも似たような張り紙があり、村全体での組織的な取り組みを匂わせていた。もしかして近くの町……バリオンにもこの手の広告を出していたのだろうか。
「村自体がこの問題に対処しようとしている……良い事だよな」
ノウィンという故郷が見せる予想外の奮闘。実際どれだけの成果を出しているのかはわからない。だが少なくとも村民達はあたふたと狼狽え泣き叫んでいる訳ではない。
ここに来るまではどうせギルドには人はいないし村人は問題に対処する術を持たないと思っていた。適当に村に住み着いて僕が周りのダンジョンを人知れず全部片づけてしまうしかないと。それしかないと思っていた。
「だが実際はダンジョンを掃除する冒険者は他にもいる。つまり僕がわざわざ目立つ行動を取る必要もない……」
怪しまれる行動をしなくてもいい。ただいざという時の保険として村に滞在していればいいだけなのだ。
それはここに来る前に想像していたものとは大分違った。ずっと一人でダンジョンを掃除し続け、いつか時間と共にその行動もばれ、やがて追及の果てに罪が暴かれ断罪される。それが僕の想定する冒険者ライトの末路だった。いつか自然にそのような事になるのだろうと漠然と考えていた。
なのに実際は村は独り立ちしつつある。僕の想像した未来は確実に遠ざかっている。遠く遠く、手の届かない程の遠く。
あの遠くに見える光は何だ。一体何が遠ざかったのか。その正体は何なのか。果たして僕の罪はいつ明るみになるのだろうか。
「あ、ついた……」
あれこれ考えている内に診療所についていた。『ノウィン診療所』。ノウィンの診療所が一つであるのを良い事に村の名前を冠している。先生の名前が『ノーマン』で語感も似ているので皆も「まあいいか」と思っている。
「すいませーん、元B級パーティ所属ユニークスキル持ち冒険者のライトですけどー」
声を掛けて中に入ると待合室で雑談をしていたらしいノーマン先生と助手がこちらを見る。部屋内には一応受付カウンターがあるが、その中には誰もいない。やはり良い意味でも悪い意味でも村内という感じの空気だ。
「ああはいはい、治療ですかね。それとも診断?」
「初診の方はこちらの紙に記入おねがいッスー」
「ああ、いえ……」
どういう役割分担になっているのか、医者と助手が思い思いにこちらに訪ねてくる。
「来客ではなくて、ここでヒーラーを募集していると聞いて来たんですよ」
「お!」
ヒーラーという言葉にノーマン先生が敏感に反応する。アポ無しでやってきたこちら側としては安心できる反応だ。
「いやー、助かったよ君! もう急に増えた冒険者のせいで全然回復魔法が足りてなくてね!」
「俺、魔力尽きましたって謝る度にガッカリされるのほんと嫌でしたよ、先生!」
「それはお気の毒に……」
先生も助手も嬉しそうでよかった。そりゃノウィンの診療所には手に余るだろうな。
「とにかくこれからよろしくお願いするよ! 君、名前は?」
「ライトです」
「そうかそうかライト君、今日からさっそく働いてくれたまえ!」
「よろしくなライトくん!」
僕の手を片方ずつ取ってぶんぶん振り回す先生と助手。一応二人とも一回くらいは僕と面識があるはずだが、やはり二年も離れていた僕の事はわからないらしい。
ぶっちゃけライトが回復魔法を使えるのはちょっとおかしいから、僕の事を知らないくらいがちょうどいいんだよな。その点この場所に来るのは大体よそから来る冒険者だから、変に思われる心配もあまり無い。そういう意味で働くのには気楽な場所だし、村内でも特に僕と関わりの薄い所を選んだかいがある。
「そうだ、君の他にもヒーラーとして雇われてくれた冒険者がいるんだ、紹介するよ!」
熱烈な歓迎の次は慌ただしく奥の部屋へと入っていく先生。なんだかギルド職員になった時を思い出す。空気は全然違うけど、新しい仲間に迎えられる瞬間って悪くないよな。
「マリアくーん! ついに他のヒーラーが来てくれたぞー! 顔見せに来てくれー!」
は???????????
いやちょっと待て、その名前何か……ちょっと聞き覚えがあるような……。ていうか完全に知り合いと名前が同じで……いやまさか……。
「はーい、はじめまして! バリオンで冒険者をやっていたマリアといいます! よろしくお願いしますね、新しいヒーラーさ……ん?」
先生に連れられ、輝く笑顔で出てきたのは20代くらいの女性。長い金髪で女性にしてはやや背が高いローブ姿の……ていうか、もう、うん、これは間違いなく。
「えー-、ライトさんじゃないですか! 私たちのパーティから追放されたライトさん!!」
予期せぬ再開に素直に驚く元パーティメンバーのマリア。その歯に衣着せぬ表現と大きな声に頭が痛くなる。
「ライトさんも来てたんですかこの村に!? なんですかもう、びっくりしちゃったじゃないですかあ! 凄いですね、一人でこんなところまで来るなんて!」
ぽかんとする医者と助手二人をそっちのけで、言いたい放題騒ぐマリア。いやお前らのパーティから追放されたから一人なんだろうが。
眉間を抑えるこの手をそのままグーにして殴ってやろうかと本気で悩む。たとえこのノウィンに顔向けできないとしても、こいつには悪びれる要素なんて何一つないのだから。
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