やってしまったやってsまったやっtt死まった
目の前のすぐそこに女の子がいる。背丈は僕と同じくらい。歳は僕より一つ上で、幼い頃によく遊んだ。あり余った元気でいつも落ち着きが無く、すぐに走り回るちょっと困った子。名前はステラ。輝く瞳の元気な女の子だった。
今は動いていない。目の前に横たわる、倒れて動かなくなった幼馴染の子。
「……え? おい……え? なんで?」
頭が動いていなかった。僕はただかっこよく彼女の前でドラゴンゾンビを倒しただけ。人体に害の無いターンアンデッドでスマートに処理しただけ。意味がわからない、頭が動かない。なのに心臓の動きだけはどんどん速くなっている。
僕は彼女に近付いて、顔の近くにひざまずいた。どこでもない方向を向いて固まった表情。そっと肩を持って起き上がらせると、その首がかくんと重力にまかせて折れ下がった。
「ひっ……!」
首が折れている。
これ以上ないくらいわかりやすい静寂の理由がそこにあった。外側からの強引な力によりへし折られた細首。それによって失われた彼女の全ての機能。じっと地を見つめる、開き切った瞳孔。
え……死んだ? さっきまで喋っていた彼女が……死……?
「な、何で! だ……誰がやった!? だれが……誰が!」
裏返った声で誰にともなく必死に問い掛ける。返事が返って来るわけもないのに、ただあふれる気持ちが口から延々と飛び出し、壊れたように同じ事を何度も言ってしまう。
ああそうだ、僕はパニックで何もわからない。わからない。なのに何故だ、その「誰が」という自分の声が耳の中にどうしようもなく白々しく響き渡る。
「だ、だって……誰かが……」
誰かがやったはずなんだ。僕が彼女から目をそらした隙に、ドラゴンを向いていた隙に、ターンアンデッドを使っていた隙に。
何処からともなく現れ、音も立てず、彼女に騒がれず、僕に気付かれもせず、ほんのわずかな時間で彼女の首を折って、姿も見えない。
なんだよそれ。無茶苦茶だ。そんなの誰にもできないよ。だから考えても無駄なんだ、こんな事、普通の人間には絶対に━━
お前ならできる お前ならできる お前ならできる お前ならできる お前ならできる お前ならできる お前ならできる お前ならできる お前ならできる お前ならできる お前ならできる お前ならできる お前ならできる お前ならできる お前ならできる
「そんな訳がない! そんな訳! そんな訳が!」
血を吐くように全力で否定する。誰に言われた訳でもない、ただ僕の頭の中だけに響いた言葉。なのにその一言の一切を叩き潰さねばならないかのように、何度も必死に大声で叫んでいる。
「僕がやった訳がないだろ……! 僕が……!」
念入りに何度でも繰り返される否定。なのに気付けば頭の中では先程までの自分の行動を振り返り始めていた。ドラゴンを風で吹き飛ばす。空から彼女を見つける。彼女のそばに降り立つ。心配する彼女を手で下がらせて……
手で 下がらせて
「え? いやそんな……え?」
まさか。 ありえない。
ほんのちょっと手で押しのけただけだ。ほんのちょっと触れただけ……。そうだ、触れただけ。それで人の首が折れるなど……。
馬鹿馬鹿しいと笑う代わりに、僕は山頂での戦闘を思い出していた。ほんの少し腕を振り回しただけであっという間に両断されていく魔物達の体。簡単に動かなくなる無数の生き物たち。
ステータスに映る力の数値999999……元の力はたしか100にも満たなかった。10000倍以上……元Bランク冒険者の10000倍以上の力……。
「あ……あ、あ……」
体の震えが腕に伝わる。ガクガクと揺れる抱えた少女の体。限りなく慎重にその上半身を地へと横たえ、僕は両の手の平で顔をおおった。
「僕が……僕が……彼女を……」
殺した? 自分が、人を? 幼馴染を?
まだ信じられない。だって僕はそんな事はしないだろ。するはずがないだろ。だから何も現実として入ってこない。そもそも本当に彼女は死んでいるのか? 動かないだけだぞ?
「そ、そうだ、まだ何も確認した訳じゃない……医者を……ヒーラーを……」
すぐに治療してもらえばいいんだ。何も問題無い。僕が今から村まで応援を呼んでくるんだよ。唯一無二の速さで走って、診療所の医者を連れて……
そこではっとする。
医者を連れてくる? 唯一無二の速さで? いや違う、それよりも……
「そ、そうだよ、僕は最強じゃないか! 聖魔法999999じゃないか! 自分で治せばいいんだ!」
ようやくそこの事実に気付いた僕は、彼女の首に向かってすぐに手をかざした。高まる魔力の密度。手の平が聖の魔力に満ち満ちていく。
「ヒール!」
放出される癒しの波動。凄まじいまでのまばゆさだ。淡く光る程度の普通のヒールと比べ、ぼくのヒールは人の形を白の魔力で完全に覆いつくしていた。
「凄い! これは完全に治っただろ!」
強い光を僕は固唾を飲んで見守る。徐々に体へとしみこみ、やがて薄くなる白光。
……光が消えて、彼女が再び姿を現した。
折れた首。変わらず横たわる身体。
「くそ、もう一回! ヒール!」
またも放出される癒しの波動。別格の威厳に満ちた強烈な光。
彼女は治らない。
「ヒール! ヒール! ヒール!」
何度も何度もヒールする。彼女は治らない。世界最高の回復魔法による治療だ、これがこの世で最高だ。彼女は治らない。僕はまたヒールする。治らない。治らない。
え? なんだこれ? なんだ?
僕は何故こんな事をしているんだ?
さっきまでモンスター相手に無双していた。あふれかえるような魔物素材に胸を高鳴らせていた。
なのに今、ぼくは何故こんなに必死なんだ?
世界最強のユニーク冒険者なんだぞ?
なんで動かない女の子の前で延々とヒールし続けているんだ?
放出される癒しの波動。周囲の木々の葉にはりが生まれ、折れた草が背を伸ばす。究極の回復魔法は全ての生命に活力を分け与えていく。彼女はその中心で静かに横たわっている。
「う、ぐ……うぐ……う、ひっく……」
ぼろぼろと涙がこぼれていく。治るまで何回でもと思っていたのに彼女に胸にかざした両手から力が抜け始めている。
人は死んだら蘇らない。彼女は何回ヒールを掛けても起き上がらない。
1回で駄目でも次で息を吹き返すかもしれない。でも10回目が駄目ならその次は? 100回で駄目なのにまだ次を?
ヒール1回毎に彼女の死が僕の中でより明確になっていく。100に1つも生きていないのに、100回目の次で彼女が起き上がる可能性を無視できずに視界がぼやけても胸が張り裂けそうでもひたすらヒールを繰り返し続ける。
なあ、教えてくれよ。僕は一体何をしてるんだよ。
どうしてこんな事になったんだ。
なんで彼女は目を覚まさないんだ。
なんで「凄いよライト」って僕に笑いかけてくれないんだよ。
彼女の死を認めてしまいたかった。彼女が死んだと決めつけて泣き叫びたかった。ごめん許してくれって、こんな事になるとは思わなかったって、思いつく限りの言いたい事を全部言いたい。なのに今はそのどれも言うことができない。
もう目覚めてくれなんて思っていなかった。ただ「なんでこんなことに」と心中に呟きながら機械的に世界最高の回復魔法を連発していた。もうやめてしまいたい。彼女はどう考えても死んでいるのに、僕はその死に向き合う事すらできない。
「おーいステラー! まだ見回りしてるのかー!?」
突然遠くから呼びかける声が響き、びくっと回復の手が止まる。おそらく村の人間だ。きっと彼女が何十分も戻らないから心配して見にきたんだ。
「ステラー! ……お、誰だ? ステラか?」
声の方角に人影が二人。こちらに歩いてくる。彼女が倒れているこちらの方に。
この状況下、僕は何をすべきだっただろう。
わずかな可能性に賭けて村の人間に助けを求める? とにかく村の有識者たちを呼んできてもらう? 集めた人たちの知恵を借りてなんとか彼女を蘇生しようと努力する?
だけどこの時点でもう僕の中で彼女は完全に死んでいた。死人を助けようなんて思わなかった。もうここまでさんざそんな馬鹿げた事を繰り返してきていたんだ。だから
僕は逃げ出した。
999999の速さで全力で森を駆け抜け、その場を後にした。
どうしてそんな事をしたのかと考えても一言では言えない。
ただ今は彼女を探しに来た彼らの事が怖かった。村にいるだろう大勢の人たちの事が怖かった。だから逃げ出した。彼女と一緒にいるのを見られたくなかったのだ。
もちろん、僕にとってそんなのはとても簡単な事だった。
気付けば僕は朝にいた冒険者の町『バリオン』の噴水に座っていた。先ほどの静けさとは打って変わって賑やかな雑踏。人の楽しそうな笑い声が遠くから聞こえる。
「…………」
考えがまとまらない。様々な感情が胸の内を飛び回り、言葉にすらならない。
何で逃げた?
山の向こうに置き去りにした。
もう戻れない。もう何もできない。
今になって彼女との記憶が鮮やかに蘇る。村で遊んだ幼い記憶。冒険者修行に勝手についてきて困った時の記憶。
「……ステラ…………」
名前を呼んでみる。その持ち主はここにはいない。遠く離れた森の中にいる。さっき僕が置いてきた。
これはほんとに現実なのか?
あまりにも目まぐるしすぎる起こった出来事の数々。
ステータスを爆増させた時から、ずっとどこか自分という存在がふわふわしていた。
目の前を歩く人々、何処までもいつも通りな町の光景。
全部夢だったんじゃないのか。
盾に書かれた文字もステータス改変による活躍も全部夢で。
僕とは関係無しに村ではいつも通りの生活が繰り返されている。
そうだ、そっちの方が大分現実感がある。
僕はただのギルド職員で、最強の力など無くて。
今日はずっと町の中で過ごしていて、噴水に腰かけてぼーっと休んでいる最中で……。
「あ? おい、てめえライトじゃねえか」
突然声を掛けられて心臓が跳ね上がる。目を見開いた形相も抑えられないまま、ばっと顔を上げる。
そこにいた男を見た時、僕は全身から血の気が引いていくのがわかった。
何でだ。何でここまで一ヵ月ずっと会わず、今このタイミングなんだ。
僕が所属していたパーティのリーダー、ジョシュア。
━━同じノウィン村出身の幼馴染。
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