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これが人間の力……! ぐああ……!

 家までの道中もなんとなく会話の無いままモニエルと歩き続けている。本来別に気まずい要素なんて無いはずなのに、先の空気を引き摺って言葉が見つけられない。気まずく思う理由の無い僕が気まずい思いをしていると思われるのはなんだか嫌だ。


「あの、ライトさん。その本はなんなのでしょうか」


 適当な話題だと思ったのか本当に気になったのか、僕の持つ本について言及してくる。そういえばこれが目的でモニエルに会いに来たんだった。


「ああ、書店に行ったついでに買ったんだ。あげるよ」


「え?」


 本を渡すと、モニエルは表紙をまじまじと見る。


「思ったより色んな事に興味があるんだな君は。これからは多少の金は自由にしてもいいよ」


 借金も返し終わったので金は余るのだ。しかしギルドに行く前に決めていた事を言っただけだが、これも気まずさからのご機嫌取りみたいに聞こえるのだろうか。


「……すみません、ライトさん」


 本を握り締めたモニエルは謝ってきた。


「私、ライトさんの事情を知りませんでした。ライトさん、ノウィンの事で……ひどく落ち込んでいらしたのですね」


「……どうしてそれを?」


 声が固くなる。天使を寄せ付けないための固さだ。


「昨日、それとなくフィリアさんがライトさんの話を振ってきて、そこで知りました。その時はただ衝撃でしたが……思えば、彼女はライトさんの現状を私になんとかしてほしかったのかもしれません」


 フィリアさんのモニエルに対する態度を思い出す。彼女は僕にだけでなくモニエルに対しての態度も少し刺々しかった。もどかしそうだとも言えた。


「私、あなたが何もしないのを勿体ないと言いましたが……それ以上に見ていられませんでした。まだこれから大人になる年頃の子があんなに苦しそうに日々を過ごしているなんて」


「知った風な口を聞くなよ……」


 拒絶の言葉を吐いたつもりだったが、素直に向けられる思いに語気の鋭さも曖昧になる。言われたモニエルもいつかのように黙りはせず、こちらの目を見続けている。


「ライトさん……ノウィンに行かないのですか?」


 いつかのような強い提案ではなく、彼女はただ問いかけてきた。僕とノウィンの関係を知った上での改めての一言。それは核心を突く一言だ。


 ノウィンはライトの生まれ故郷。ライトの幼馴染のステラが死んだ。ライトはずっと家にいる。ライトはそれで本当にいいのか。お前はそれで本当にいいのか。



 気まずい思いだ。ほんとはギルドからここまでずっと気まずい。


 ノウィンの事は本当はずっと気になっていた。ステラがいなくなってしばらくすれば、ダンジョンは人の生活圏にまで侵食してくる。誰かステラの代わりにダンジョンを掃除する者が必要だし、それを僕がやらねばならないのではないかとずっと思っていた。


 それをただステラの死を嘆くだけで何もしなかったのは、ノウィンに行きたくなかったからだ。


 責められたくない。勇者の死んだ村、勇者の死を嘆く村。終わりを迎えた楽園、迫るダンジョン(現実)に四苦八苦する村人。目に入る村の全てがきっと僕を責めてくる。いるだけで僕の罪が僕の心を切り刻み焼き尽くし粉々にするだろう。だから家の中でずっと寝ていたんだ。だから中途半端に自罰的なムードを作って苦しんだふりをしてごろごろ目を逸らし続けてきたんじゃないか。


 なのに結局この町にも居場所が無い。ノウィンで心を磨り潰して果てるのは嫌だ。だがそれにしたってこの町はあまりにぬるすぎる。ステラを殺した僕の心の傷さえ慮るなら、それは僕が生きていてはいけない町だ。たとえこれからずっと家の中に籠っていたとしてもおそらく誰かが戸を叩くだろう。天使は僕を生かすのみならずその先の生活を心配し続けるだろう。だから……


「行かないとは言っていない。明日行く」


 僕の返答にモニエルの顔がぱあっと明るくなる。何を安心している。何故人はたった二週間暮らしただけの相手を放っておけない。モニエルが胸に抱いた本を見て、考えずにはいられない。


 天使を呼んだのは失敗だった。天使が人間だとは。


 そしてギルド職員になったのも冒険者になったのもきっと僕の失敗の一つなのだろう。なんなら書店のオッサンと仲直りした事さえその内その一つになっていたのかもしれない。


 この町は周りの人間が優しすぎる。だからノウィンに行こう。

 激変した生活の苦しさのあまり、人の心が荒んでいるであろうノウィンに。

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