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二日目とはこういう事だ

「あーライトさん! ようやく来ましたね、来るのが遅いじゃないですか!」


 診療所のドアを開けて中に入ると、既に先生と助手とマリアが集まっていた。待合室で紅茶を飲んでいる三人を見ると、良い仕事だなと思う。


「ライトさんが泊まってくれないから昨日の夜は二階で一人だったんですよー! まあ寝るまでは下で暇をつぶしてますけどね!」


 じゃあ別にいいだろと思いつつ、助手が手渡してくれた紅茶を受け取る。茶葉の煎じられた良い匂いがささくれた心にちょうどいい。


「ライト君この村の出身だったんすねー、気付かなかったっすよ。そういえば孤児院から旅立った少年たちの話は聞いた事あったっす」


「そうそう、マリア君から聞いたよ。思い返せば一度腹痛を治してあげた事あったねー。覚えてるかい?」


 懐かしそうに笑いかけるノーマン先生に、好転しかけていた気分がまた一転して面倒臭い気持ちに塗り替えられていく。マリアのせいで二人が僕の出自を思い出してしまっているじゃないか。


「ねー! やっぱりライトさんおかしいですよねー! 腹痛くらいなら軽いキュアで治せるんですよ! 1200メモリのヒールを使えるほどの才能があれば、相当幼い頃だって自分で治せますよねー!」


 そんな話じゃないのに、またマリアが僕の回復能力に対していちゃもんをつけ始める。こいつは一体いつまでそれをこすり倒すつもりなんだ。


「じゃあそろそろ始業時刻ですし、僕は奥の部屋に待機していますよ」


 論理的に正しいマリアの追及に返事を返さず、勤務態度の正しさで応戦する。丈夫さが999999なのを良い事に入れたての熱い紅茶を一息に飲み干すと、僕は奥の部屋へと歩いていく。


「あ、もうお仕事ですか? ライトさん真面目ぶってますねー、冒険者時代は遅刻とかしてたのに~」


 案の定というか、マリアも飲みかけの紅茶を持って僕の後についてくる。そのまま先生たちと一緒にお茶を囲んで話をしていればいいのに、僕というニューイベントの方を優先してくるようだ。


「今朝はダンジョン外にワイバンが三体も出たらしいんですよ~。 でも森にいた冒険者が倒してくれたらしいです! 知らない内にSランクの冒険者でも来てたんですかねえ?」


 部屋に入ると引き続き今日聞いたニュースの披露などをしてくれるマリアだが、相変わらずその内容は僕に優しくないものばかりだ。このままでは話している内にその冒険者とやらの正体に辿り着いてしまいかねない。もうできるだけこいつとの雑談は長引かせるべきではないだろう。


「ふーん、大変だったんだなあ」


 僕はカバンから本を取り出した。院長の部屋の本棚から持ってきた、古い歴史を調べた本だ。黙って本を読み始めれば話を振ってくる事もないだろう。


「あ、その本が気になるんですか? 良いですよ、読んであげますね!」


「え? いや、別にいいよ」


 手を差し出すマリアに応えず、僕は席について1ページ目を開く。そしてその姿にマリアは驚愕して目を見開く。


「ええー!? ライトさん文字が読めるんですか!?」


「うん、そりゃギルド職員だったから」


「ええー、なんでですかー! ライトさんといったら文字が読めない冒険者じゃないんですかー!?」


 マリアは理解できないといった具合に文句(?)を言ってくる。いや、何故そんな所で抗議めいた態度を取られなければならないのか。回復魔法と違ってこれはちゃんと勉強して覚えた不自然のない能力だぞ。

 

「僕が文字を読めたら、なんか悪い事でもあるんですかね……」

 

「だってライトさんおかしいじゃないですかー! やっぱり変ですよ、ヒールが使えたり文字が読めたりー!」

 

 また初日の延長のような事を言い出すマリア。少し嫌な汗が出るが、今日は半分外れているだけで随分と気が楽だ。

 

 僕は横で騒ぐのを無視して努めて平静な顔で本に向き直る。だが彼女は更にそれを無視して僕と本の間にぐいと頭を押し込み、こちらが手に持つ本の中身を確認し始めたのである。


「ちょ……」

 

「これほんとに読めてるんですか? ほんとかなあー」

 

 間近にせまる少し癖のある金髪の後頭部。読む許可なんて与えてないのに、マリアが僕の持ってきた本を我が物顔で眺めている。本を広げているのは僕なのに、何故か隣にいただけの人間がその書かれた文字を読み進めている。

 

「私知ってるんですけど、子供が文字を教わり始めて形になるのに数ヵ月は掛かるんですよ~」


「大人が仕事で覚えてるんだよ」

 

 僕が完璧な回答を返してもそれでマリアがどいてくれる事は無い。何が納得いかないのか、不服そうな様子で僕の顔と読んでいる本を交互に見比べるのを繰り返している。こちらとしては間近でじろじろと観察されて、気が散るなんてもんじゃない。読書のためにと文字を追う視線がついついその横顔に吸い寄せられてしまう。彼女がふいにこちらを見て、ぱちりと目が合う。


「進んでないじゃないですか~。やっぱりまだ早いんじゃないですか~?」


 瞬間的にイライラが頂点に達する。頬に触れそうになる髪、衣擦れの音、自分とは違う匂い、五感を乱してくる張本人がよくもまあいけしゃあしゃあと。


「ああもう、近い近い! 読んでるんだから邪魔するなよな!」


 いつまでも話し掛けてくるマリアを肩を押して引き離し、そっぽを向く。「え~」だの「なんでですか~」だのブーイングじみた声が背中に飛んでくるが、何ではこっちの方だ。どうせ暇つぶしに本でも読むかと思いついたのだろうが、こちらとしては知った事ではない。


 マリアはしばらく僕を非難していたが、やがて諦めたのかため息をついて席を離れた。そしてぶつくさと不満そうな声を漏らしながらそばの棚から一冊の本を取り出し、また椅子に座るとそれを読み始めたのである。


 いやお前も本持ってるじゃねーか!

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