村
一直線に村を抜けようとする僕のもとに現れ、声を掛けてきた三人組。その声は静かな殺気じみたものをたたえていた。
「なんだよ……何か用かよ……」
急な接触に困惑しつつ、とりあえず返事を返す。はやる気持ちがすぐに世界に向かいそうになるが、今はまだ駄目だ。
「てめぇーーーーー! 『何か用』じゃねえんだよ!」
「なめてんじゃねえぞコラ!」
「間抜けかてめえはよお!」
構えてすぐに降りかかる罵り言葉に、思わず「はあ?」とでも返しそうになる。こっちは今すぐにでも飛び立ちたいのに、わざわざ呼び止めて言う事がそれか。聞き流して走り去ろうかとでも思い始める。
「ほんとふざけんなよ、ライトてめえよぉ! カルロさんが怪我してんだろうが、てめぇーーーー!!」
変わらぬ罵りのようなその言葉がピタリと思考に差し込まれ、足が動き損ねる。カルロさん? 誰だ? ……怪我? 不可解な気持ちであちらを見ていると、後ろのジョシュアが口を開いた。
「お前がいない間にAランクのはぐれ魔物の襲撃があった」
淡々と告げるジョシュアの言葉に心臓が大きく跳ねる。ノウィンが魔物に!? しかもランクA!? 思わず村の中を見渡す。よく見れば遠くに少し壊れている建物がある。
「カルロさんが退治してくれなかったら、村人もやられてたかもしんねー! カルロさんが命がけで戦ってくれた!」
「カルロさんはなあ、ノウィンを気に入ってくれてAランクなのに滞在してくれてるすげー良い人なんだぞ! 俺の建てた小屋もすげー褒めてくれた! なのに、ヒーラーが足りなくて死ぬとこだったんだぞ!」
死。ぞっとするような話に指先が冷たくなる。当日どれだけの冒険者がどれだけのコンディションで村に残っていたのかはわからないが、Aランクの冒険者がAランクの魔物を倒すのにヒーラーのサポートは必要不可欠。無ければ蓄積した怪我と疲労で追い込まれ、いずれ……。
「てめえがいりゃ回復できたんじゃねえのかよ! てめえAランクまで回復できるすげえヒールなんだろ! なのに……なのに、何なんだよ!」
こちらの胸ぐらをつかんで唾を飛ばしながら、彼は叫び続けた。その腕を僕は簡単にひねり上げる事ができただろう。Aランク冒険者の怪我でも一瞬で回復できるように。
「おめーなんなんだよ! ノウィンが大事じゃねえのかよ!」
叩きつけるようなその言葉に、僕は何も言えなかった。ノウィンは大事だ。僕はノウィンを守るためにいるんだ。なのに気付けば僕はずっと別の何かを見ていた。この場において何の言葉も持ち合わせてはいないほどに。
「もういい」
静かな低い声がその場に落とされる。三人組が後ろを向く。変わらない表情のジョシュアがそこにいる。
「もうそいつはいい」
それだけ言って、ジョシュアは去って行った。また何かの話し合いがあるのだろう、遠くで手を振る村人達の方へと歩いていく。三人組も舌打ちや悪態などを残し、それぞれの方向へと去って行った。
僕はその場から誰もいなくなった後もただ立っていた。特別な熱を持たなかったジョシュアの眼差し。村に帰郷して早々にあの三人組に囲まれた時の事を思い出す。今度はジョシュアは僕をかばってはくれなかった。
「うう うう ううぅ」
違うんだ、僕は、ドロシーを。ドロシーを探していたんだ。世界を崩壊させないために、世界中を、世界中を探していたんだよ。世界を守っていた。世界を探していた。世界を、世界を、世界のため、世界を、ドロシーを、世界を。
どれだけ心の中で繰り返しても胸の嵐が去ってくれない。僕の力でめいっぱい抑えているのに今にも内側から張り裂けそうで。血をぶちまけて世界中を汚してしまいそうで。眉をひそめて通り過ぎられる肉片として散らばってしまいそうで。
「あああああああああああああああああああああ!!!」
誰か、誰か聞いてくれ僕の話を! 苦しみを! 葛藤を、悩みを、張り裂けそうな痛みを!
誰もいない! 誰も聞いてくれない! 僕が誰にも言っていないから、話せる人間など誰もいない!
「誰か! 誰か! 誰か、誰か、誰か……!」
気付けば走り出していた。コンマ数秒も経たない内に村内をすり抜け孤児院へと戻り、中を駆け抜け自室のドアを閉める。カバンの中の白金貨を床にぶちまけ、棚の中のしけった菓子や干し肉、変色した紅茶の茶葉をかき集める。
「聞いて……! 聞いてくれ……! 聞いて……! 僕の話を……!」
窓から飛び降り、着地ざまに地面を蹴って走り出す。裏で遊んでいた子供たちが驚く顔を尻目に目指す先もあやふやに闇雲に足を動かしていく。早く抜けろ! ノウィンを抜けて、空を飛んで、世界を股にかけて、ドロシーをかき分けて、それで、僕は、僕は……!
( 追放されろ、俺たちの絆から )
ぴたりと足が止まる。
嵐のように駆け巡る視界が消え、僕は村の中心にいる。近付いた夕刻を知らせるようにあちらこちらで人が建物を出入りする。料理の匂いと鉄を打つ音が村の何処かからしている。
「もうずっと前から、僕は 絆の外にいたんだ な」
仕事終わりの談笑の声に目指した改革の成功が見える。上手く回り始めた村の営みの中で村民一人一人が自分の足で立って歩いている。ぼそぼそと垂れ流されるような僕の言葉を誰も聞いてない。
「もうやめよう、全部」
うつむいた顔に無理矢理前を見せる。誰も聞いていなくてもただ自分自身が聞くために声に出す。視界の端を歩くのは見知った村民だけ。ここには命がある。前を見据えて歩き続けてきた村民たちの命が。
「やめよう。全部、全部」
ノウィンのために生きよう。きっとこれからずっと絆の中に入れなくても、彼らの手助けをしよう。外側からただ想っていよう。そのために必要な事以外はもういい。 もういい、全て、 全て
「殺そう 魔物を」
肌が凍えそうな音が口から零れ落ちた。
僕は今ここに間違いなく一人だった。そうでないと錯覚したりそうでない未来を想像するようなものは必要なかった。それらはノウィンとは関係が無かった。
罪人は眠らない。夢はいらない。
僕はゴミのつまった鞄を捨て、その場から飛び立った。冷たい風が表皮を削っていく。何も持たずに台地を目指すのは初めてだった。
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