絶望の孤児院!!!
「おら、ヒール! メモリ50!」
「ありがとよ~! はい代金置いとくぜ!」
屈強なローブの男が礼を言って去っていく。机の上には銀貨五枚だ。
「ライトさんお疲れ様~。もう夜の七時を回ってますし、そろそろお仕事終わりましょうか~」
「あ、そう?」
もう仕事終わりの時間になっていたらしい。こんなまばらな客にヒールし続けるだけの単純労働でお金がもらえるならぼろい商売だ。まあ逆に言えばそうやってヒールし続けられるだけの人材がそれだけ貴重という事だが。
「う~ん……ねえライトさん、今日どれだけヒールしました?」
「え……2人くらいだろ」
「15人ヒールしてましたよね? そのうちDランクが4人、Cランクが1人、メモリにして1200は超えています」
全部覚えているならわざわざ聞くなと言いたくなる。僕が異常に記憶力の悪い人みたいになったじゃないか。
「それもう回復能力だけでBランクパーティのヒーラーなんですよね。あなた一体どのタイミングでどれだけ聖魔法の訓練を積んでたんですか? 流石に計算が合わないような……」
「い、いや……それより本当にここで仕事を終わって大丈夫なのか? ギルドのヒールサービスなんかは普通24時間体制じゃないか」
朝に出発した冒険者が夜の七時までに帰ってこれるなんて保証は当然無い。そのためギルドの中でも回復サービスは24時間営業が基本である。それが夜七時に終わっていいものなのかは実際気になっていた。
「え? あー、それはノーマン先生と助手さんが診療室に泊まるから大丈夫ですね。私達の魔力は営業中に使い尽くして、急病人が来たらお二人が対応って感じです」
そういえば先生と助手も一応申し訳程度にヒールを使えるはずだが、使っている様子は無さそうだったな。村民の急な怪我や病気の可能性も考えればある程度の魔力は温存しておく必要があるので、この采配は妥当と言える。
「それに私達も二階に泊まるんだからいざという時も安心ですよね~! 今日までは魔力が足りなくなる事もあったけど、ライトさんが来てくれたから余裕ができました!」
確かに僕とマリアの分も合わせれば大分余裕がある計算になるな。……て、マリアは診療所に泊まってるのか?
「えーと僕が泊まるのは孤児院ってことになってるけど」
「ええ~!?」
「あーそうそう、二階に空いてる部屋はもう無いよ」
終業時刻という事であいさつに来たのか、ヒール室に入ってきた先生が部屋事情に触れる。
「一応無理すれば空き部屋くらい作れるけど、孤児院に泊まれるならそっちの方がいいだろうねえ。将来的にヒーラーが増えた時の事も考えないといけないし」
「そんな~!」
いや僕だって泊まれるならここが良いんだが。わざわざ孤児院に帰って思い出話するような心境でもないしな。
「まあ先生もそう言ってる事だし、それじゃ」
帰る空気に乗じて適当に鞄を持って立ち上がる。マリアが「あっ」と手を伸ばすが、無視して部屋を後にすればそれも聞こえなくなるのだった。
診療所の仕事が終わって外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。村なりにあった活気もなりを潜め、たまに道行く人はランプを持っている。
「ライト……を使えば僕はランプを持つ必要もないんだよな」
ただ、僕が光魔法を使えるのはもちろんおかしい。ライトはライトを使えない。旅立つ前は「ライトなのに光魔法使えないのかよー!」としょうもない囃し立てにあう事もたまにあったな。(今は使えるが)
「まあ仕方ないか……『ファイア』」
鞄から取り出したランタンに魔法で火をともす。マッチの消費に気を揉まなくても良い程度の活用だが、それでも無いよりは大分マシだ。
夜の村の中を歩くと、昼とはまた違う郷愁が胸に込み上げてくる。あの頃、遅くまで鍛錬を続けた後は暗さのあまりに孤児院に帰るのにも苦労したっけな……。
「ステラも……孤児院にはよく来ていた」
幼き日の光景を思い出す。身寄りのない孤児達に混ざって、揉みくちゃになりながら元気いっぱい遊んでいたステラ。
あの頃の村はまだ状況が悪く、鼻つまみの孤児は周りとの関係も悪かった。そんな中、ステラだけは積極的に孤児達と関わっていた。僕ら孤児がステラを好きだった理由は、彼女が村に平和をもたらしてくれたからだけではなかった。
「……昔の事か」
建物が見えた。かつてところどころ腐って欠けていた壁が補修され、見違えるほど綺麗になった実家……孤児院:『ノウィンの太陽』。
歩み寄り、一歩ドアに近づくたび不安な気持ちが湧き起こる。だが何の不安なのかは妙に判然としなかった。悲しみに満ちた顔は見たくない。だが……
「ただいま」
意を決してドアを開ける。中は明るかった。廊下にそなえつけられたたくさんのランプ。一瞬だけドタドタと騒がしい子供の声と足音が耳に入り、それが止まる。
孤児達はぱちくりと目を見開いてこちらを見ていた。10人程で思い思いに廊下を駆けまわっていた事がうかがえる、少し乱れたシャツと息遣い。
「え、ライト?」
「ライトだ! ライトが帰ってきた!」
「なんだライトも来るんじゃん! おかえりー!」
彼らは歓迎のムードで一斉にこちらへと近寄ってくる。弾む足取りに暖かい笑顔だ。
「なあ、ライトも鬼ごっこやる? 鬼やってよ鬼!」
「ちょっとあんたが押し付けたいだけでしょ」
「なあ冒険の話聞かせてよ! ダンジョンとかの!」
はしゃぐ子供達に囲まれる。誰も悲しんだ顔を見せていない。怒りに顔を歪めていない。
それをじっと眺めて確認した後、僕は一つ大きく息を吐いた。
ほっとしていた。
村に複雑な気持ちを抱き、もし孤児院でまでそうだったらと心の何処かでずっと思っていた。
間違っているような気もしていた。もっとステラの事を考えた方が良いような気もしていた。
だが、結局僕の心に真っ先に浮かんだ気持ちは巨大な安堵だった。
結局僕は誰かから責められる事がただ怖かったんだ。村を歩きながら色々と頭を悩ませて複雑な気持ちを抱えていると思っていた。これでいいのかと、みんなどうしたのかと。でもドアを開けた瞬間、自分が何を考えているかがわかった。何も起こってほしくなかったんだ。
「元気そうだな、みんな!」
改めてみんなに笑顔を見せて挨拶する。わっと盛り上がりを見せ、揉みくちゃに抱き着いてくる孤児達。元気そうでよかった。そうだ、うなだれて落ち込んでいるよりもこの方がずっと良いに決まっているのだから。
だからきっと、この胸の奥のもやもやとした気持ちはただの気のせいだ。黙っていたらすぐに消える幻。僕は彼らに何かを思う資格なんて一つも無いのだから。
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