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チェックメイトの予感

 東の空が白んできた。


 人がまだ寝ている時間、誰もいない屋外のノウィン。いくら歩き回って確認した所で村を出歩く人間は己以外見つからない。僕は脱力に苛まれながら魔法で出現させていた灯りを消した。


「なんでこんな……なんでこんな……こんな……」 


 前日の夜に酒場で買った蒸かし芋をかじりながら、ぶつぶつと似たような言葉を繰り返す。


 あれから夜通し村を探し回っていたが、ついぞドロシーが姿を見せる事は無かった。既に村から出たのかと何度か上空から村の周りを見下ろしたが、それらしい人影は何一つとして見つからない。


「なんで見つからない……なんで……!」


 もう終わりだ。全てがばれてしまった。彼女は初めから僕を怪しんでいて、口を割らせる罠を仕掛けていたのだ。いずれステラを殺した事が知れ渡り、村中が僕に怒りの感情を向けるだろう。


 本当、一体あの女は何処に行ってしまったんだ。さんざ聞き込んだのに目撃情報すら無い。まるで煙のように消えてしまったみたいじゃないか。


 まさか本当にタイムトラベルしたとでも言うのか? だが根本的に現在からの介入で過去を変えるという理屈自体に疑問が残るし、スキルの実在が確認できていない事も合わせるとフェイクの可能性が高いように思う。


「あるとすれば……」


 僕が村を探し回っている間に何らかの手段で他の人里まで移動したという可能性だ。実際、ジョシュアくらいの戦士なら一日経たずにポヌフールへと走ってたどり着ける。もっと近いバリオンなら、Sランク冒険者が一時間でたどり着ける可能性もあるだろう。


 正直彼女がそれほどの身体能力を持っているようには見えなかったが、走りでなくとも魔法で飛んで逃げた可能性はある。山を越える事さえできれば直線距離のバリオンはそんなに遠くないので、それこそ最初の10分で逃げ切る作戦だったのかもしれない。僕もその手のルートは想定していなかったため、見逃して他の町に抜けられた可能性は大いに有り得る。


「なめやがって……! 僕の庭がノウィンだけだと思うなよ……!」


 僕は風の浮力で空に舞い、山の向こうを見据える。奴が早い段階でノウィンを抜けていたとわかればやる事は簡単だ。捜索範囲を近くの町まで広げれば良い。そしてあの女を見つけ出し、正体を突き止めるのだ。


「見つけ出して全てを吐かせてやる……!」


 僕はバリオンへと一直線に突き進んでいった。この空の上を飛ぶ何よりも速い、世の全てに喰らいつく最高のスピードで。
















「何でだ……何で……」


 診療所のヒール室で椅子にもたれながら呆然と天井を見上げる。


 あれからバリオンのみならず、ゴダイン、ポヌフール、タルエスタを探った僕だったが、目標は一向に見つからなかった。既に通り過ぎた後かと更に捜索範囲を広げていっても結果は変わらない。何日も掛けて念入りに調べたのにあの女は影も形も見当たらなかったのだ。


「何でだ……一体……何で……」


「おう、このくらいでいいぜ! ありがとよー!」


 ぶつぶつ言いながらヒールをすると客にお礼を言われる。もはや診療所で回復サービスをしているような場合ではない。だがこれだけ何日も探した上で見つからないとなると、折れかけの心は他事へと逃げるようになってくる。


「なあ、ドロシーとかいう新しい女は見つかったのかい? 今回は大分ご執心のようだな!」


「あ?」


 軽薄そうな客が面白そうに僕に言う。こちらが少し凄むと彼は「おお怖っ!」と笑い、代金を置いて部屋を出ていった。


 人の気も知らずに腹立たしい人間だと思う。こちらがどれだけ真剣に彼女を探しているのかも知らずに。だが少し不快な気分になった後、その何倍もの不安が胸に押し寄せてくる。


 からかわれているような内はまだ良い。僕が色恋に走って女を追いかけていると思われているような内は。だがこれから先、僕の罪が明るみになり全てがばれてしまったとしたら?


 殺人者である僕が必死になって一人の少女を追いかけていた様を……村の皆はどう思うだろうか。僕がドロシーを探し回っていた事実は既に知れ渡っている。そこに更に僕が殺人者であり、かつ彼女がその秘密を知る人間だという事がばれてしまったら。


 ステラの事だけでも僕を見る目は地に落ちる。その上でここ数日の僕の姿を思い返した時、村人たちは果たして何を思うのだろうか。


「おいおいおい……! なんでそうなるんだよ! なんで!」


 あいつが逃げるから僕が追う事になっているだけなのに! それがいつの間にかまるで僕が血眼になって追いかけているみたいな話になっているじゃないか! 何だこのとんでもない理不尽! 僕をそう仕向けているのはあの女の方だっていうのに!


 クソ! クソ!


 やつの甘い言葉に乗ってしまった自分自身にはらわたが煮えくり返りそうになる。既に学習していたはずじゃないか、そんな都合の良い事は無いって。実は別の人間が殺してたとか、ステラを生き返らせる手段があるとか、そんな都合の良い事がある訳無い。ある訳無かったのに!


「ふざけるな……! ふざけるなよ……! 舐めやがって……!」


 僕はヒール室のドアをくぐり、廊下を進んだ。途中先生や助手が声を掛けてくるが、構わず外に出る。そしてカバンから一枚の紙を取り出す。


「こっちには世界地図があるんだ……! 逃げられると思うなよ……!」


 世界に無数の人里がある事を盾にこちらの目をくらましたつもりだろうが、そっちがその気ならこっちだってその全てを調べ尽くしてやるまでだ。たとえ何処に逃げようとも追跡してやる。お前が世界中の何処で何をしていようとも必ず見つけ出して、その正体が何者であるかを絶対に明るみにしてやるからな。


 僕は人目のないタイミングで村から消え、空へと舞い上がった。あいつを見つけるため。あの嘘吐き女を地獄の底まで追い詰めるために!

















「何でだ……何で……」


 呆然とただ呟くことしかできない。朝のノウィンを歩きながら、その足もふらふらとおぼつかない。道行く村民から心配の声を掛けられるが、それに返事をする気力すら湧いてきやしない。


 あれから捜索範囲を広げてほとんど寝ずに調べていたのだが、一向にあの女に辿り着く事はなかった。見つからない度にまだ範囲が足りなかったかと更に広げ、その度に何の成果も上がらずに徒労感だけが募っていく。


「初動で失敗したんだ……初動で奴の進行速度を低く見積もりすぎた……」


 いくら僕の素早さが常人の1000倍、10000倍あるとしても時間が経てば経つほどあの女の滞在候補地は加速度的に広がっていく。まさかそこまで足が速くはないだろう、まさか全力で寝る間も惜しまず逃げたりはしないだろうと、そうやって甘い考えでいた結果、気付けばもう取り返しのつかない状況にまで陥ってしまった。


 世界で一番なんでもできるはずの僕が、気付けばいつも後手後手でいる。力の強さにかまけて雑に動き過ぎたんだ。もうあの女が捕まる可能性は万に一つもありはしない。そしていずれ僕の罪が同じくらいの速度で世界中に広がっていくのだ。


 失望感に飲まれてふらつきつつも足だけは村を歩く。そもそも今はどこに向かっている最中だっただろう。酒場だろうか、診療所だろうか。次の目的地が書かれた看板でも立っていないかと、僕は何の気なしに視線を横に動かした。


「えっ?」


 目の前の光景の意味がわからなかった。最初何かの冗談かと思って数秒呆然と立ち止まった。僕は今日までノウィン周りのあらゆる人里を探していたし、その度にそれは徒労に終わっていた。それは目標が明確に僕から逃げている事の証左でもあったし、この村の近くにはもう何の手掛かりもないであろう事は明らかだったはずだ。


 探していたあの女(・・・)が歩いていた。僕がいつも歩いているような村のど真ん中を貫く大通りを。それをごく普通の顔で当たり前のようにあの女は歩いていたのである。

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