不可解
「……なんだって?」
「いや、だからドロシーさんって人はいないよ。」
自分の中で咀嚼しきれずに主人に聞き返すが、石を壁に投げるに等しく返ってくる言葉は変わらない。
「もうチェックアウトしたって事か?」
「違うよ。数日分遡ったけどドロシーさんは泊まってなかったよ」
一番わかりやすいオチを提示するも、主人の反応は素っ気ない。得体のしれない焦燥感がじわじわと湧いてくる。
「い、いやそんなはずはない! 彼女は旅人だし、ここ数日は宿に泊まってるだろ!」
「そんなはずないけどねえ。ちなみに増設した宿も私が全部管理してるから、この名簿に載ってないなら村の宿にはいないね」
話せば話すほど明確になる事実に頭が混乱する。彼女は宿に泊まっていない。宿で準備をしているはずの彼女が。
「ほんとにいないのか!? ローブと魔法帽の女だ!」
「いやそんなの4、5人はいるけどさ……」
「僕より頭一つくらい背が低い、同年代くらいの子だよ!」
「それだとやっぱり思い当たらないね」
おかしい。なんだこれは。ドロシーは宿にいるはずじゃないのか。仮に行き違いになったとしても、宿には泊まっているはずだろう。宿に泊まった形跡すらないなんてありえないだろう。
まさか……これがタイムトラベルによる過去改変? 彼女がタイムトラベルを使って、それにより宿に泊まっているという過去が消えてしまった?
だけど僕と森での約束をしていたはずの彼女が、一人でタイムトラベルをする理由なんてあるのか? 僕の事を信じ切れずに村に来た事実を消した? 突然何かに襲われて過去に逃げた? しかし村に来た事実が消えているのならば僕の記憶も消えているはずじゃないのか?
いや、そういえばそもそも過去を変えるって何だ? ステラを救えるという事で諸手を挙げて受け入れていたが、冷静に考えると疑問点が多い。過去を変えるのに現在の自分を使うというのは何なんだ? 過去を変えたら過去を変えたい自分もいなくなり、過去を変えた事実も無くなるのではないのか?
そこで━━
そもそもの話に気付く。目の前にありすぎて、大きすぎて、確認していなかった事項。今日の話が衝撃的過ぎて見落としていた根本的な話。
僕は彼女のタイムトラベル能力を見た事が無い。
ユニークスキルというのは何でもありだ。能力値を改変できたり、魔物を見ただけで消してしまえたり。そしてどんなスキルがあってもおかしくないからこそ、有るスキルと無いスキルの区別なんて誰にも付くはずが無い。
初めから彼女の言う事が全て嘘だとしたら?
タイムトラベルなんて無かったとしたら?
帰り際の森の前で彼女の行動がちらちら気に掛かったのが偶然でないとしたら?
「流石にそんな……そんな事……」
彼女がそんな事をするだろうか。僕の話を真剣に聞いてくれて、ステラを救うと約束してくれた彼女が……ドロシーが……
ドロシー……?
ここで更にある一つの事実に気付く。特別気にするほどでもないかもしれない些末事。しかし何かしっくりこない、飲み込みがたい事実。
『それに……もしも何か起こったらあなたが守ってくれるんですよね?』
彼女は僕の名前を一度も聞いていない。聞こうとしていない。
「まさか、知っていたんじゃ……僕の名前……」
突拍子も無い発想だ。そんなのただ機会が無かっただけかもしれない。これから聞く気だったのかもしれない。いくらでも説明のつく事象に対して、いちいち疑問を覚える意味などありはしない。
『私はドロシー! 怪しいものではないです!』
『部外者が嗅ぎ回るのは村民感情としてあまり良くはないでしょう?』
なんで彼女は僕の事を村民だと思ったんだ?
いや、もちろん村民である可能性の方が高い。村民を警戒していた彼女は人を見れば村民に見えたかもしれない。武器も盾も持ってない僕がとても冒険者には見えなかったのかもしれない。
こんな細かい一つ二つに意味を見出す必要なんて普通は無い。だが個々の一つ一つではなく全体で見た場合その違和感はどんどん膨れ上がり、無視できないほどの存在感をにおわせてくる。
「ある訳ない……ある訳ないんだそんな事……そんな……」
『私はあなたの言う事は真実だと判断しました』
「そんな そんな事 そんな」
『私はあなたの言う事は真実だと判断しました』
『私はあなたの言う事は真実だと判断しました』
『私はあなたの言う事は真実だと判断しました』
言った 言ってしまった 全てを
『ステラを 殺したのは 僕なんだよ』
僕は半狂乱になって宿屋を飛び出した。
手当たり次第に周囲を探す。ドロシーを、少女を、あの何者かを。
村の中を回って何度も何度も。
日が暮れて夜が来たって何度も何度も何度も何度も何度も。
ぼくは全てを話してしまった。そして彼女の行方は今も知れない。
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