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とある王子様のお話

作者: 胡桃リリス

獅子の日なので、彼と彼女のお話を少し。

 雪が降る街道を、一台の大型自動二輪車が走っている。

 立派な体躯をした若い男と、彼の腰に両腕を回して寄り添うようにしがみついている妙齢の女が乗っていて、荷台には旅の道具が山のように積まれている。

 座席の二人はそれぞれ、風からの影響をできるだけ抑えるよう革製の服を着こみ、首元にはマフラーを巻いている。

 ヘルメットはそれぞれ赤と緑の色合いで、頭頂部に二つの半円型の出っ張りがあった。


「後、どれくらいで着きますか?」


 女が静かに問えば、男は少し間をおいてから、


「この分だと、三十分もかからないと思う」


 気温や風の寒さを感じさせない、温かみのある朗らかな声音で答えた。

 女は「そうですか」と言うと、男に回す腕の力をほんの少しだけ強めた。


「もう少しだけ耐えてほしい」

「大丈夫です。これくらい平気です」


 声音も体の震えもないが、彼女の強がりを男はわかっていた。

 わかっていたが、何も言わなかった。

 できることは、今は次の目的地へ向かうだけだ。


 この地に入って、三日が過ぎた。

 徒歩、馬、馬車に頼らない旅でなければ、もっと厳しいものになっていただろう。

 装備も、大型自動二輪車を提供してくれた友人が制作した特別なもので、これまで二人が使用経験のあるどの旅道具よりも使いやすく、丈夫で、快適だった。

 さらに寒さが増す夜も、荷台にあるテントを使えばまるで暖炉のある家にいるような温かさだし、寝袋に入ればどのような場所でもベッドの上のように眠ることができた。


 旅に出て少し経ち、大分慣れてきたが、寒さを感じる場所となると、今自分たちが所有している道具たちの凄さが改めて感じられる。

 二人は友人の顔を思い出していた。


「町に着いたら、手紙と一緒に、この前、手に入れた石材も送ろうと思う」

「彼ならとても喜ぶでしょうね」


 宿屋の店員であり、発明家であり、社長でもある彼には、時折手紙と土産を送っている。旅をしているため彼からの手紙は受け取れないし、いらないとも書いている。

 それでも二人は、少年が恋人の少女と共に喜んでいる姿をありありと想像できるのだった。


 そうしていると、二人の行く先に小さくだが、城壁が見え始めた。

 この曇り空の中でも、城壁を照らす明かりは見える。

 友人の作った照明器具は、遠く離れたこの地でも愛用されていることがわかった。


「明かりが見えてきたよ」

「やはり落ち着きますね」

「そうだね」


 やがて城壁の下につくと、大型自動二輪車に驚く門番に身分証明書を見せる。それを見て驚くも、軽く目を見開くだけで、丁寧に対応した門番に礼を言って、自動二輪車から降りた二人は町へと入っていく。

 夕方で、人通りも少なくなっているが、町の中も彼の明かりに照らされ、照明が漏れる家々からは明るい気配があった。


「彼の発明は、いずれ世界をつなげるだろうか」


 ふと、そんなことをつぶやいた男に、女はくすりと笑った。


「きっと、そんな日が来るのでしょうね」

「やはり凄いな、彼は」

「そんな凄い彼を救い、世界にそれを広げることができたのは貴方の活躍があったからですよ」

「いや、僕ができたことは、彼らに比べればほんの些末なことにしか過ぎないよ」


 もうこの世界にはいない、英雄たちの姿を思い出して男は微笑む。

 だが、同じ人物を思い描きならも、女は首を小さく横に振った。


「あの時、カンナさんを救ったのは間違いなく貴方でした。そして、一緒に戦い、邪悪と戦ったのも貴

方です。カンナさんも言っていましたよ?」


 照れる男に、女は寄り添う。


「さぁ、行きましょうか」

「そうだね」



               ☆



 レオン・ティガ・サンクトバルカは、サンクトバルカの第二王子だ。

 獅子獣人であり、偉大な父サンクトバルカ王の下、民の平穏を守る騎士として十二分に働いていたが、ある時、彼は騎士団を抜けて、遠く離れた町で配達屋となった。

 騎士ではなく、民に直接寄り添う職業に魅力を感じた彼は、ライガと名乗り、優秀な配達員として活躍していた。


 だが、ある嵐の日の後、行き倒れていたところを三人の旅人と一頭の竜に救われ、彼の未来は大きく変わる。

 野心に燃えるベルヴァンド国からの魔の手を、旅人の彼らと、かつての騎士団の仲間と共に打ち払うことになった。

 その戦いの末、ベルヴァンドの奸計にはまっていた少年カンナの心を旅人たちと救い、真の黒幕を打ち破ったレオンは、騎士ではなく、先の争いの影響を受けた土地をめぐる旅を始めた。

 それは、民に寄り添いたい、彼の願いでもあった。


 そしてその隣には、かつての騎士団の仲間である、ナタリーの姿がある。




               ☆




「ねぇレオン。私は、こうして貴方と旅に出て、初めて知ることが多くありました」

「僕もだよ、ナタリー」

「ふふっ……色々とありますけど、振り返ってみれば、楽しいものです」

「それはきっと、明日からも続くさ」

「そうですね。それでは、次はどの町へ?」

「昔、ギルドの仕事で寄ったところへ行きたいんだけれども、どうだろうか」

「それで構いません。貴方が行った町がどんなところか、楽しみです」


 小さな宿で、二人はベッドに並んで、笑いあう。

 しんしんと、雪が降り積もる中、二人はどちらかが寝息を立てるまで、静かにこれまでの旅を振り返った。




 レオンとナタリーは、この町を最後に消息を絶った。

 いろいろと憶測が飛び交う中で、二人の友人である少年、井坂神奈は、自分にしかわからない偶然の手がかりをもとに、二人の居場所と無事を確認することに成功した。


 その時に神奈の超感覚がとらえたのは、新緑の街でかつて自分が作った兵器の模造品と戦う巨大な英雄たち。

 そして、彼らへと向かって真っすぐに駆けつける、獅子獣人と狸獣人の姿だった。


「行こう、ナタリー!」

「えぇ、レオン!」


 餞別の大型バイクのリミッターが外れ、二人を乗せて、獅子の咆哮の如き轟音を上げる様に、神奈はその足をとある場所へと向かわせる。


 かつて、獅子の王子と共に空を舞い踊った、神槍のような愛機の下へ。




                  ☆




「――そんなことがったらしい」

「なるほど」


 祝さんに相槌を打ちながら、ペンを走らせる。


「それで、そのあとお二人と再会した、ということですね」

「そう」


 祝さんの隣に座っているシャデュさんが頷いた。


「ありがとうございます。その後の話は、お茶が終わった後にしましょうか」

「あぁ」

「ところで晴樹、一ついい?」

「なんでしょう?」

「なんで、レオンの話を?」


 俺の心が読めないシャデュさんが真顔で問いかけてきた。

 ふむ、まぁ、そりゃぁとカレンダーを横目で見る。

 それにつられて、シャデュさんと祝さん、さらにシャデュさんとは反対側に座るエレオノーラさんがカレンダーへ見た。


「四月四日、獅子の日ですから」

お読みいただきありがとうございます。


前書きにもありますが、獅子の日なので、日付が変わる少し前ですが書いてみました。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。


サエぼなど、もう少しお待ちを。

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