ブレイク痴話喧嘩II
用務員室が存在する第二校舎の三階は立ち入り禁止である。生徒に関する機密情報が保管されている情報室が存在するからだ。階段は当然封鎖されているが、もし立ち入れば良くて停学、悪くて退学だろう。
しかし、それゆえに第二校舎の屋上が開放されている事を知るものは少ない。校舎裏側の細い階段を登れば、三階を通らず屋上に辿り着ける。しかも内側から鍵がかかるから、やましい話をしたい者たちには「二屋」と呼ばれ、重宝されている。
私もそんなやましい人間の一人であり、今日も二屋で人を待っていた。
少々風が強いが、わりかし暑いので気持ち良い。
「遅くなったね、ハイネ」
会長殿のお出ましである。今日も今日とて優雅な佇まいだが、珍しく長い髪をくくっていた。
後ろからこちらを覗き込む会長に、お気になさらず、と愛想笑いをして、手元の紙に視線を戻す。
「何見てるの?」
「蓮洲場商会の紅茶部門の財務資料ですけど」
「お前っ、……縁談は断ったはずじゃ?」
会長は驚いたように一瞬目を見開いて、手元の資料を奪い取った。
なんで私と蓮洲場の縁談があって、それを断ったことまで知ってるんだ、この人は。いくら王族でも、夥しい数の縁談を全て把握する事なんてできないだろうに。
会長から資料を取り返し、続きに目を通しながら会長に言葉を返す。
「ええまあ……でも素晴らしき東洋ベンチャーなんで……」
東洋ベンチャーは新進気鋭の代名詞である。
流行りの東洋物産を西洋で売り捌いて無双している新興企業は、一般就活生の憧れの的なのだ。
かくいう私も就職したい。将来的には掌握したい。
「いや……でも、王族の方が、……ほら、権威があるよ?」
「いや何言ってんですか?」
会長が他にマウントを取ってるのなんか初めて見た。
びっくりして顔を上げると、会長のアルカイックスマイルは苦虫を噛み潰したような顔に変わっていた。
しかも聞こえないくらいの声で何かをブツブツ言っている。違う人のようで不審だ。
「……いや、わかった。まあいいや、蓮洲場なら」
どうやら何か結論が出たようで、会長は会長スマイルを回復した。私の就職先の事なら、会長に判断される筋合いはないのだが、いったい何がいいんだろうか。
まあいいって言うなら邪魔されないだろうし、放っておいて本題に入る事にする。
「会長にやって欲しい事が三つあります」
「うん、何?」
会長はテーブルを挟んで向かいの席に座った。
「体実に仕事を与えまくって、今度の説明会に吹部を出して、寄宿舎の取り締まりを強化してください」
要求を一気に伝えると、会長は笑顔を崩さず小首をかしげる。
「ロメオとジュリエッタを引き離して、どうするの?」
私は会長に負けずににっこりと笑った。
学内には何組がの名物カップルが存在し、ロメオとジュリエッタはその筆頭である。
二人の実家は商売敵に当たるためものすごく仲が悪いが、本人同士はいつまで経ってもアツアツのバカップルである。
二人とも学園内で一定の地位を築いており、ロメオは体育祭実行委員長、ジュリエッタは吹奏楽部の部長である。
地位には責任が伴うものだ。
体育祭実行委員会と吹奏楽部を忙しくして、寄宿舎に侵入する事も難しくすれば、彼らは必然的に恋人と会っている暇は無くなるという訳だ。
ジュリエッタはメンヘラ気味で、彼女にとっては会えない時間は不安ばかりを煽るものだ。
それに、付き合ってからずっとバカップル活動に勤しんでいる彼らがそれをできなくなれば、盤石に思えたロメジュリだって多少なりとも揺らぐはずだろう。
「エサですよエサ。トールさんは彼らみたいなカップル、お嫌いでしょ」
地位あるバカップル、なんて、劣等感の塊である書記メガネが嫌わないはずがない。生徒会四役という地位では一応マウントを取れない事もない。
が、そもそも王宮へのチケットに興味のないロメジュリにとって、生徒会の魅力は薄いのだ。それに生徒会書記では、委員長や大手の部の部長の人気にはとても太刀打ちできない。
非常に目立つ存在であることも相まって、書記メガネはロメジュリを烈火の如く嫌っていた。
「でも今まで手を出してないよね」
「ええ、ですがそこは既に対策済みなんで」
書記メガネが手を出してこなかったのは、攻撃材料が存在しないからだ。有名で注目の的の彼らは、その行動のほとんどが衆目に晒されているから、ウソの攻撃はすぐバレるのだ。
しかし今回、そこの部分はサカモトに対策を任せた。
ぬかりがあってたまるものか。
バカップル活動ができずにロメジュリの間が揺らいだ所で、書記メガネにロメジュリに関する攻撃材料を与え、攻撃させる。それを利用して学園から追い出す。
以上が今回の作戦の大筋だ。
「まあ……いいよ、わかった。ハイネに任せたのは俺だしね」
首を縦に振った会長に安堵する。
これで作戦は第二段階までクリア。あとは書記メガネが食いつくのを待つだけだ。ここまで来ればそうそう失敗もするまい。
しかし、何やら苦労もなくうまく行き過ぎている気がするのは気のせいだろうか?