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張り込みサプライズI

どうやら夏が顔を出し始めたようで、陽の光がじりじりと肌を焦がしている。直射日光を浴びている部分は照り焼きになりそうだし、汗もベタついて不愉快だ。私は普段不快な場所に長居はしないから、暑すぎてイライラしているのなんて久方ぶりだ。


暑いといっても湿度は低くカラッとしているから日陰はまだマシなんだろうが、私はあいにくこの場所を動く訳にはいかない。ストーキングには位置取りが重要なのである。


生徒会長とのタイマンから数日。

契約書への署名も完了し、私はいよいよ密告屋(チクリや)活動を開始していた。


まず最初のターゲットとして選んだのは書記のチビメガネである。理由は生徒会の中で最も無能かつわかりやすく邪悪だったから。それなりのリスクを伴う事なので、手堅く難易度イージーから挑戦する事にしたのだ。


書記のチビメガネ……略して書記メガネの邪悪さの最たる例は伝言板への書き込みである。


学園の敷地内には生徒が自由に書き込める無骨な黒板がいくつか設置されており、伝言板と呼ばれている。それらは主に落とし物の捜索や伝言などに利用されているのだが、当然それ以外の邪悪な使い方をする輩もいる。


書記メガネもその一人で、毎日毎日ご苦労なことに、主に他人の根も葉もない悪評を書き込んでいる。一円の得にもならないのにわざわざそんな事に時間を浪費するとは、生徒会書記だけあって書くということへの意識が高くていらっしゃるらしい。


さて、現在はその現場を押さえてやろうと、学園内で一番治安の悪い中庭の伝言板を、柱のうしろの日なたから窺っている訳だが、何故か今日に限って書記メガネはなかなか現れない。放課後は生徒会の仕事の前に毎日通っているという話だったはずなのだが、人がこの暑い中せっかく待ってやってる時に限って何をしているんだろうか。毎日やってることは毎日やってほしい。それすら出来ないのが無能たる所以なんだろうか。



「ハイネ」


イラつきに任せて柱を蹴っていると、背後から元気な低い声が聞こえた。振り向けばそこには生徒会長が気色の悪い笑みを浮かべて立っていた。


「良いね〜夏服?ハイネが半袖着てるのなんて、俺、久々に見たよ」

「会長も衣替えされては?」


会長は一年中例外なく長袖の学ランのボタンを、キッチリいちばん上までとめている。真っ黒なのも相まって余計に暑苦しい。王族のポリシーか何かしらないが、自分の服装が周りを不快にさせている自覚はないのだろうか。


「ていうか髪もくくってるし、雰囲気違くない?イメチェン?」

「生徒会を退職したんで自由度が上がったんですよ」


生徒会庶務は人気商売である。

私の持論では、一般生徒の人気を獲得するのに最も重要なファクターはキャラクター性だ。ものを多く考えずに済ませたい者は、いくつもの側面を内包する複雑な人間よりも、一面的で記号的なキャラクターを好むからだ。


私が庶務を務めるに当たって構築したキャラクターイメージは「薄幸な深窓の令嬢」である。競合他者に強敵がいないという利点もあるが、これは私という素材を最大限生かした設定なのだ。


私の実家は天下に名高いアルヴァリア王国において、輸入雑貨の最大シェアを誇るクライネ商会だ。現在紅茶や食器をはじめとした輸入雑貨の市場規模は大きく、王都に限っていえば経済の三割程度はクライネ商会が動かしている。


そんなクライネ商会の第二子として生まれたのがこの私だ。私は当主によって王都にある本邸を追われ、北の片田舎にある別邸で育った可哀想なご令嬢だ。おまけに別邸では必要以上の外出を許されておらず、街を出るのには本家の許可が必要という見事な深窓っぷりであった。


まあ、本邸を追い出された理由は、後継者である兄を差し置いて権力を握ろうと試みたからという、深窓で薄幸にはあるまじきものだが、クライネ家(うち)はそうした内部の情報を外には漏らさない。

したがって、学園の人間から見れば、私はどこからどう見ても薄幸な深窓の令嬢であると言えるだろう。


そしてその設定を守るために、私は見かけを整えることにも力を注いできた。薄幸らしく手入れを行き届かせた黒髪は下ろし、深窓らしく夏でも長袖の制服に黒いタイツを着用していた。(ちなみに会長と違って爽やかな笑顔を浮かべていたので暑苦しくはなかった。)

そうしたたゆまぬ努力の甲斐あって、私は薄幸な深窓のハイネ・クライネ生徒会庶務の地位を築くことができたのだ。


だが知っての通り私の地位は、会長殿下のわがままな行政改革のご希望のために地の底まで引き下げられた。

ゆえに今はもうキャラクターを維持する必要はなくなり、暑ければ髪をくくって半袖を着るようになったのだ。


「喋り方もずいぶん変わったよね。俺、今のハイネの方が好きだよ。田舎の不良みたいで」

「会長、田舎の不良になんか会ったことないでしょ」

「バレた?でもそんな感じじゃない?」

「どうでしょう。込めた悪意に関しては似たり寄ったりでしょうが、奴らは文法が怪しいですからね」


先述の通り私は田舎育ちであり、深窓というのは嘘でバリバリにアクティブだったから、地元の不良とも普通につるんでいた。彼らの喋り口に少しも影響されていないとは言い難いが、会長に舐めた口を聞いているのは完全に無意識にではなく、会長がそういう話し方をされる事を割と好んでいる事を知っているからである。


今まではキャラ作りのために誰彼構わず美しい敬語を使っていた。用も興味もなかったのでさほど話す機会はなかったが、王族かつ上司である生徒会長には当然最高敬語を使っていた。どうでも良い相手ほど、無感情に丁寧に対応できるというものだ。だが今は、口汚い場面を誰かに聞かれていたとて困る事はなくなった。だから、私にとって利益があり、かつ会長への感情を表現できる話し方をしている訳だ。


「え、ハイネ、俺に悪意あんの?」

「そう聞こえました?」

「え〜何それ、なんか嬉しい〜」


この人はマゾなんだろうか。



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