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密告屋ジョブチェンジIII


「具体的には?」

「王妃」


会長殿は再び今日一番の笑顔でのたまった。

完全に想定外の単語に一瞬面喰らうが、すぐに正気を取り戻す。

会長は感情を重視するタイプの潔癖で、多分恋愛結婚主義だから、取引に嫁の座を持ち出すようなことはしないはず。本気で言ってる訳がないのだ。


生徒会長の話の中で真面目なものは三割しかない、というのは、こいつをよく知る者の間では常識である。残りの七割は嘘とブラフと冗談で構成されている。今のこれは、ブラフか冗談だろう。憎たらしい。

会長殿のクソ鬱陶しいおふざけ発言への対処は、マジレスが最善手だ。


「……私、名誉職はクソだと思ってるんで」

「失敬な。金と権威は折り紙付きだし、俺という旦那まで付いてくるんだよ?」

「権威だけで実権はクソじゃないですか」


我が国の実権は国王に一極化している。

権力の分散は基本的にろくな事にならないと歴史から学んだ結果らしい。そのため王妃にも、下っ端メイドの任命権とか、そういうカスみたいな権力しか与えられていない。

国王陛下のたった一人の奥方というだけあって蔑ろにされたりは決してしないが、個人的には自己満足だけのゴミポストだと思っている。


「あと私、アンタはマジでタイプじゃないんで」


私は嘘をつかないジェントルマンがタイプだ。嘘しかつかない性悪狸は次期国王だって願い下げだ。

吐き捨てるように言うと、会長殿は「つれなーい」と笑った。


さて、改めて腰を据えて考える。

今の話が報酬だとすれば、実質的には無報酬と同義だ。


取引の内容を整理するとこうなる。

私が差し出すのは、生徒会役員共のスキャンダルを摘発するための時間と手間。それからコネ。

対して私が直接会長から得る報酬はなし。

会長が先程こねた責任云々の理屈は、私にとってはクソの役にも立たない会長独自の精神論であって、事実上私は会長と非常にフラットな関係と言えるだろう。


これを受けなかった場合のデメリットは、まず王弟殿下をほぼ確実に敵に回す事になる点。

メリットはクソしょうもない汚職の証拠探しの時間を、青春でも勉強でも新しいキャリア形成でも好きなことに使える点である。


逆に、これを受けた場合のデメリットは、クソ面倒な事に無駄に時間やコネを消費しなければならない点。

メリットは王弟殿下に貸しを作れる点であろうか。


私は、王宮への就職ではない新たなキャリアプランを構築しなければならない。

実家の商会を継ぐ兄貴の補佐役、新たなビジネスの立ち上げ、あるいはどこか大手の企業にでも入るか。

いずれにしろ、今まで必死こいて磨いてきた王宮で仕事をするに当たってのノウハウや人脈はほとんど無用の長物となったに等しい。


私には時間がない。

卒業まで残り一年を切っている。それまでの間に、私は全く新しい就職の準備をしなくてはならない。

そのために最も効率的な方法は何だろうか?


「……わかりましたよ。どう転んでもやんなきゃなんないんでしょ。報酬は要相談ってことで」


答えは次期国王陛下とのコネ作りだろう。

いかなる仕事をするに当たっても、国王大権のこの国で、国王とのコネは絶大なアドバンテージとなる。それを抜きにしたって、流石にこの身持ちが危うい状況で王弟殿下に逆らえば、今後一切の行動が難しくなることうけあいだ。


ここは大人しく従って、余暇で将来設計を頑張るしかない。この野郎悉く他人の将来に手出ししやがって。随分私の事がお好きなようで結構なことだ。


「おっ、助かる〜。じゃ、ここにサインで」


何が助かるだ。はなから断らせる気なんか毛ほどもなかった癖に。心の中で悪態をつきながら会長殿の指さした先に目をやる。

会長が先程テーブルの上に置いたのは契約書だったようだ。今しがた取り交わした内容が書面にあらためられている。


「持ち帰って検討します」


私はその場で契約書にサインとかしない主義だ。しかもこの狸野郎の契約書なんて悪徳の文言に満ちてるに決まっている。サインするのは赤ペンで添削した後だ。


「会長ー?何してんすかー仕事ですよー」


扉の外から聞こえるのは、明日から敵になる極悪副会長の呼び声だ。会長は「はーい」と元気に返事をして、私に手を振りながら応接室を出た。


「何してたんですか?応接室なんか借りて」

「んー、ハイネとデート」

「へっ?ハイネさん?」


外から聞こえて来る地獄みたいな会話に頭をかかえる。

匿名で告発するにしても、万が一のために私と会長は他人を装った方が良いのではないだろうか。天才の会長殿は流石私には到底想像もできない考えをお持ちらしい。


なんだかんだで、会長に丸め込まれて密告屋(チクリや)に転職してしまった。あからさまに面倒くさいが、ひとまず今後のためにこれを全うするしか無さそうだ。

目に見えた地雷案件を背負ってしまった、と溜息をついた。


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