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密告屋ジョブチェンジI


件の生徒総会から一週間ほど経過したとある放課後、私は生徒会長に呼び出され、生徒会棟に向かっていた。


生徒会棟は、本校舎の西側に位置する生徒会専用の建物である。それなりの広さを有し、生徒会室の他にも応接室、資料室、会議室など、生徒会業務に必要な施設が揃っている。先日の生徒総会も生徒会棟の一室である大会議室で行われた。


基本的に役員以外は生徒会棟の出入りを禁じられているが、応接室だけは事前に役員が許可を出せば入ることができる。私は既に生徒会を除籍されているため、今回は生徒会長の許可を受けて応接室に入る事になる。


通い慣れた生徒会棟も、部外者として眺めるとまた違った趣を感じられる。真っ白で汚れひとつない外壁からは、掃除ひとつとっても生徒会が優遇されている事を感じられるし、屋根に施された花柄の金細工も前時代的で悪趣味だ。


無駄に重々しい扉を開いて、すぐ左手にあるこれまた無駄に重々しい扉をくぐると応接室に辿り着く。本学生徒会は一般生徒に対して非常に閉鎖的で、普段は全ての扉に鍵がかかっているのだが、今日は人を呼びつけただけあって鍵を空けておいてくれたらしい。


応接室の上等そうなソファーに腰をかける。

ここに入る機会はあまりなかったが、対外的な部屋だけあって、書類が山積みの生徒会室より整頓され、清潔な佇まいである。ソファーの座り心地はもとより、テーブルの位置や形から窓辺の花瓶に至るまで、来客者(こちら)側が最も快く過ごせるように計算されているようだった。

しばらく部屋を眺め回した後、戸棚の中に備え付けられたお菓子を拝借する。


時計を見ると、既に約束の三時を回っていた。

生徒会長殿はずいぶん時計を読むのがお得意のようだ。ひとりでマフィンを貪っていると、重々しい音を立てて扉が開いた。


「お、早かったね」

「会長こそ、お早いお着きで」


ようやくお待ちかねの会長殿のお出ましだ。時計は既に三時半を回っている。

会長はその絹糸のような銀髪を靡かせながら歩み寄り、綺麗な余裕の笑みをたたえてゆっくり優雅に腰を下ろした。

皮肉のジャブで出迎えるが、会長殿の笑顔はピクリとも動かない。さすがの面の皮である。


「それ、ちょっと口の中がパサつくだろ?ほら、アイスティー」


ニコニコ顔から眼前に差し出されたアイスティーを黙って受け取り、一口で飲み干す。

確かにマフィンは客に出すモノとは思えないほどパサパサだったから、かなり喉が渇いていた。


冷たい水分が五臓六腑に染み渡り、華やかな紅茶の香りが鼻腔を満たしていく。生徒会長の入れる紅茶は抜群に美味い。私はこいつが嫌いだが、それは認めざるを得ない。

いや、紅茶だけではない。この男はその実、万能超人と言っても過言ではないのだ。


生徒会長…本名はアルバート・A・アルヴァリアといい、我が国の国王陛下の弟君である。

彼奴の兄上…つまり現国王陛下は同性愛者であらせられ、その配偶者も男性でいらっしゃる。そのため血の繋がったお子は望めず、代わりの王位継承者として先王夫妻が急いでこさえられたのがこの王弟殿下という訳だ。


生まれた時から第一王位継承者であったこの男は、幼い頃から王宮伝統のスパルタ教育を受けて育ってきた。庶民の間では噂程度にしか知られていないが、帝王学、社交術、交渉術、法律、兵法、最新技術や文化教養など、王に必要なことから不要なことまで、フルスロットルで叩き込まれるのだという。

だからこいつは狸野郎で、こいつの入れる紅茶は美味いのである。


「それで、何の御用で?」


紅茶のグラスを置き、ソファーにふんぞり返る。会長殿は困ったように垂れ下がった銀髪をかき上げ、へらりとした様子でこうのたまった。


「いや〜実はね?ハイネに、生徒会に戻って来てほしくて」

「は?」


生徒会長はヘラヘラしながら生徒会の現状を説明した。

会長の言い分は次の通りである。

まず第一に庶務がクリス一人では橋渡しも上手くいかず、生徒会の基本業務も人手が足りない。

次に、クリスと私が微妙な調整によって均衡を保っていた各委員会の対立関係が表面化しつつある。

だから、私が元鞘に収まってどうにかしてくれ、と。


「いやムリですよ。何言ってんですか」


あれだけ大規模な生徒総会で大々的に解雇を言い渡された人間がそう簡単に復帰できる筈がない。


生徒会庶務は、実質的に人気商売である。

委員会との橋渡し役というのは、企業の受付嬢的な役割も兼ねる。可愛い女の子にお願いされたら、働く方もいい気分で働いてくれるし、コントロールだってしやすいはずだ。そんな理屈で置かれた緩衝材、あるいは潤滑油的な役職であるから、基本的に庶務は、生徒に広く好かれた存在でなければならない。


まさか解任デモが起こるような嫌われ者であってはならないし、生徒会から切り捨てられた無能だなんてもっての外である。

まして公衆の面前で生徒会長に解雇された人間には、生徒会庶務を務めることは不可能だ。


「こうなる事くらいわかってましたよね?いったいあんた、何企んでんですか」


会長はクソほど優秀である。

私が抜ける事によって発生するデメリットに気づかなかった筈がない。

クリスは確かに有能だが、庶務の業務と新体制に伴う軋轢の緩和を、一人で並行して行うのが物理的に不可能であることは自明である。生徒会の雑務は会長・副会長以外の五人で等分して行っていたのだから、一人抜ければ人手が足りなくなる事だって予想できない筈がない。


それに、デモ発生の段階では、生徒会長の機転次第でまだどうにでもなったはずだ。ハイネは十分有能だとプロパガンダをするなり、生徒の熱狂を別の方向に逸らしてやるなり。当事者の私には出来ずとも、生徒会長の権限を使えばまだいくらでも挽回できたはずなのだ。


しかしこいつはそれをしなかった。これはまともな判断じゃない。だからこそ、私はそれを読み切れずにリストラを甘受する羽目になったのだ。


疑念と怒りを込めて睨むと、会長はわざとらしく眉をへの字にしてアイスティーを啜りながら「ハイネ〜あいつら何とかしてよ〜」とのたまう。



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