ブレイク痴話喧嘩VI
末は授業がない。
今週は特に、クラブ活動も禁止された完全休養日だから、生徒たちは街に繰り出したり、寄宿舎にひきこもったりするはずだ。本来学園内には人っ子ひとりいるはずがないのである。
しかし、今日に限って学園は生徒で溢れていた。
いや、学園というか、中庭に生徒が溢れていた。もっと言えば痴話喧嘩の周りに野次馬が溢れていた。
「ひどいわ!!わたしを愛していながらあんなことをするなんて!!」
「君こそ、……よく僕に愛を囁けたな!!」
名物カップル ロメオとジュリエッタが、中庭のど真ん中で激烈な口喧嘩を繰り広げていた。
昨日の夕方に伝言板に書き込まれた情報が早くも二人の目に入ったらしく、今朝になってから実際の書き込みを目の前におっぱじめたらしい。
周囲では、朝食のパンを片手に持った生徒たちがあーだこーだと言いながら見物している。
「まるでお祭だね」
「みんな喧嘩が好きなんですよ」
私と会長もその野次馬の一人であり、少し離れたところから二人を観察していた。
任務完了したので、とりあえず報告も兼ねて会長を呼び出したのだ。休みの日にまで会いたくないが、報告まで含めて仕事だから仕方ない。
「おや?トールの姿は見えないけど」
「さあ?今頃ご実家では?」
「……仕事が早いな」
昨日の晩、書記メガネが伝言板に書き込みを行なっている場面を撮影し、その日のうちに奴の実家に送りつけた。
密告屋の名前を添えて、港にある蓮洲場商会館のポストに突っ込んだ。サカモトが。
今回使用した情報はサカモトに集めさせたもので、まともな王都商人であればさほど労せず手に入れられるようなものである。
ただ、蓮洲場商会は王都に拠点を置いているわけではなく、人脈の面でも劣るため、知らなくてもおかしくはない。
そこで集めた情報を、サカモト経由で善意で蓮洲場に流した。絹布の輸出を主力の一つとする蓮洲場は、服飾業界の展開を左右するであろうロメジュリの進退にはお耳ダンボだろう。
だから、これが書記メガネにも伝わり、最終的に辛抱たまらなくなった書記メガネが伝言板に書き込む事まで予想できた。
そうして私の計画通り、上手に秘密を漏らしてくれた書記メガネは、現在実家で詰められている。この分だと学園は中退だろう。
「にしても、さすがのパフォーマンスですね」
「彼らも進退懸かってるしね」
ちなみに、彼らの痴話喧嘩は十中八九芝居だ。
先程も言った通り、彼らの浮気疑惑情報は、王都商人であれば、ちょっと調べれば簡単に手に入れられる情報である。
ロメオもジュリエッタもそんな王都商人の一人で、しかもメンヘラ気味。恋人の情報を調べていないはずがない。
彼らは、恋人の浮気疑惑を当然知っていたはずである。
それを理解した上で付き合っていたのだから、今更伝言板の落書き程度で本気の痴話喧嘩に発展するはずもない。
が、普段なんとなくロメジュリを囲っている生徒の中には、そんな下らない落書きでも信じてしまう者だっている。また、私のように普通に調べて、浮気疑惑にたどり着いた者もいるかもしれない。
そうした者達は、ロメジュリの盤石ともいわれた間柄を疑い始めるかもしれない。
今回の痴話喧嘩は、そんな彼らのためのものである。
ロメオとジュリエッタは、この後少ししたら仲直りするだろう。それにより周囲の認識は、「浮気疑惑のあるカップル」から「浮気疑惑を乗り越え仲を深めたカップル」にランクアップする。ロメジュリの磐石なイメージをより強める事ができ、生じた疑いも解消できて一石二鳥なんだろう。
ロメオとジュリエッタの結婚は、仮に成立したら王都の服飾業界の二大ブティック対立に終止符を打つことになる。
彼らはそれを狙っているのだろう。
今後のビジネスのためにも、周囲には、やはりロメジュリは磐石だと思っていてほしい。今回の痴話喧嘩は、そんな戦略のために勃発したものだ。
まあ、喧嘩しようがするまいが、私にはさほど関係はないが。
書記メガネ……いや、もはや退学秒読み状態だから、ただのチビメガネか。奴を追い出すことができただけで、私は仕事を全うしたと言えるだろう。
会長はロメジュリの喧嘩から目を離し、こちらを向いてニヤニヤと笑っている。
「きっと蓮洲場は王都側に新しいパイプを探してるよ。チャンスじゃない?」
「白々しい」
蹴飛ばすのを我慢してため息をついた。
私の蓮洲場商会掌握計画は潰えた。というか、あの会社に未来はない。掌握してもしょうがない。
クリスとエンカウントした日、見知らぬ女子生徒が私に渡した封筒の中身は、蓮洲場商会の財務諸表及び議事録だった。
蓮洲場商会は、東洋から王国へ物産を輸入する会社であり、その取り柄は値段である。流行りの東洋物産を安価に売る事で、この市場においては覇権を獲得している。
が、扱っている商材は、紅茶と絹布のみだ。
王国での販売許可のためには、会社の財務情報含め、さまざまな報告書を提出する事が義務付けられている。
それによれば、驚いたことに、蓮洲場商会は紅茶と絹布以外の事業を一切行なっていないのである。
東洋物産は贅沢品で水物だ。
紅茶に関しては今後定着していく可能性もあるが、絹布に関しては同じ利益を上げ続けられる可能性が極めて低い。トレンドに大きく依存するからだ。
だが、彼らはそれ以外の収入源を持たない。おまけに現金預金も少ない。あまりに地盤がゆるすぎる。
もし態度が良く、人から好かれるような会社であれば今後も何とかなるかもしれないが、彼らはそうではない。王宮との議事録を見れば一目でわかった。
『ーーー社の絹布は質が良くありませんよ!彼らの製品を買う者は余程の阿呆でしょう』
『ーー商会?あんな弱小にまともな取引能力はありません』
『ーーー商店はオワコンですよ。これから落ちぶれるだけです』
以上、比較的マシな部分を抜粋したが、終始他人を貶してばかりである。
また、王宮という公の場でよくもまあ、こんなに口汚い言葉を使えたものだ。度胸だけは褒めても良いが、こんな奴らが生き残れるほど商売の世界は甘くない。
それに、同封されていた手紙によれば、これから王家主導で紅茶の国営農園を開くらしい。
これで紅茶が値下がれば、値段だけが取り柄の蓮洲場は倒産まっしぐらだろう。
「あんなクソ企業は問題外です。ご丁寧に機密情報の熨斗までつけて教えてくださるなんて、会長殿は随分私のことがお好きなんですね」
「そうそう!」
好きなんだよねーと笑顔で頷く会長にイライラが募る。
皮肉の通じない人間も、皮肉を皮肉で返す人間も嫌いだ。
「はぁー…………どうしよっかな、就職」
これでは蓮洲場商会への就職はナシだ。
また新しいカモを見つけなければならない。不安だ。
「王妃、どう?」
人が本気で悩んでいる時にニコニコ顔で冗談をかます会長を、「スベってますよ」と鼻で笑った。




