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ブレイク痴話喧嘩IV



談話室に設置された鳩時計が七時を告げた。夕食まであと十五分。食堂に向かうには早く、部屋に戻るには遅い微妙な時間だ。


クリスも同じことを思ったのか、さほど興味もなさそうな笑顔で口を開いた。


「会長はどう?わたしならぜーったい願い下げだけど!」

「それなりですよ」

「そっかぁ〜良かったね」


にこりと首を傾けるクリスをじっとりと見る。

人に罠を仕掛けておいてよくのうのうとそんな事をいえるものだ。女狐の面の皮の厚さに感心する。これなら冬でも冬眠せずに済みそうだ


「ま、仕事以外では関わりたくないですけどね」

「へっ?」


唾の代わりに吐き捨てると、クリスは素っ頓狂な声を上げた。笑顔は消え、目をまん丸く見開いている。


予想外の返事に困惑する。

私は何かおかしなことを言っただろうか?


「……え?何です、あなたも同意見でしょう」


クリスもクリスとて、会長を嫌っていたはずだ。会長は嘘ばかりついているから、と。私から見れば同族嫌悪だが、彼女もまた、生徒会長とは仕事以外で関わりたくないと。そう思っているのではなかったか。



「いや、うん……でもハイネちゃんは……じゃあ、会長の妄言?……でも、みんな………」


クリスは困惑したように、険しい顔でなにやら呟いている。この距離だから聞こえはするが、断片的であるため何のことだかわからない。


「何のことですか、それ?具体的に、」

「わたし、そろそろ行くね!またねっ、ハイネちゃん!」


クリスは私の質問を遮り、駆け出すように談話室を出て行った。なにやら具体的には言いたくないらしい。


そうなると、一層気になってくる。


一体、何の話なんだろう。

キーワードとしては、「私」「会長」「嫌い」といったところか。


単純に考えれば、「私が会長を嫌ってない」と思っていたことになるが、まさか。クリスがそんな誤解をする訳がない。散々会長をディスり合ってきたし、私が、直接的には会長の行動によってキャリアを失ったことだって理解しているはずだ。


思考を邪魔するように腹の虫が鳴いた。

時計は既に七時十分を指そうとしていた。


そろそろ食堂に行ってもいい頃だ。クリスの話は置いといて、とりあえず私も席を立つことにした。





談話室の扉を開けると、それを見計らったかのように柱の影から背の低い女子生徒が飛び出してきた。


「あ、あのぅ……ハイネ様っ!」

「え?」


勇気を振り絞ったように私の名前を呼んだ彼女に、思わず首をかしげる。


私に何か用だろうか?

生徒会に所属していた以前とは違い、突然話しかけられるような事情は持ち合わせていないはずだが。


女子生徒は緊張したような面持ちで口をパクパクさせる。見覚えのない顔だが、知り合いだっただろうか?


「こ、こんにちは!私、二年の……」


緊張のためか、途切れ途切れに紡がれた名前は、やはり聞き覚えのないものだった。

まあ、三つも下だと関わる機会もないし、当然といえば当然だ。


ただ、聞き覚えがないということは特に誰かの派閥に属していると言うこともなさそうだ。警戒する必要はなさそうだ、と安堵する。


まあ、だからこそ彼女がなぜ声をかけてきたのかが謎に包まれるのだけど。



「こ、これっ、アルバート様から!」

「アル……ああ、会長ですか。どうも」


女子生徒は大事そうに抱えていた何かを、頭を下げながらこちらに差し出した。


そういえば、会長の名前はアルバートというんだった。

呼んだこともないから忘れていた。


彼女に差し出されたのは、分厚めの茶封筒だった。ご丁寧に王家謹製の封蝋が押されている。

ということは、中身は何らかの機密情報だろうか?


この女子生徒はたぶん会長に頼まれて、このために私を探してくれたんだろう。この時間では男子である会長は女子寄宿舎に立ち入れないから、ただの一般女子生徒におつかいを頼んだと見える。


という事は、これを受け取れば、彼女はもう私に用はないはずだ。

そう思ったが、封筒を受け取っても、女子生徒はその場を動こうとしない。


どうかしましたか?と首を傾げると、女子生徒はもじもじしながら「は、はいっ!そ、その……」と何かを口にしようと試み出した。


しばらく俯きながら、「その」とか「えっと」とかいう一人相撲を繰り返したあと、女子生徒は決意したように顔を上げる。


「ア、アりゅバート様とは、……!」



沈黙。



女子生徒は、やはり噛んだのが恥ずかしかったのだろう。


顔を真っ赤にして「や、やっぱりなんでもないですっ!さようならっ!!」と凄い勢いで走り去って行った。


なかなか壮絶な子だったが、もうすぐに夕食の時間だ。いちいち構っている暇はない。


気になるのはこの封筒だ。夕食の前に中身が何かだけでも確認しておこうと、封蝋のない部分から封を切る。


中身は分厚い写本が一冊と、金の縁取りがなされた上等の紙が一枚。


「これは……」


写本の表紙のタイトルに、思わず息をのむ。

どうやらこれは、私の将来に大きく関わる書類らしかった。



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