リストラ生徒総会
「ハイネ、お前は明日から来なくていいよ」
生徒会長がにっこり笑ってそう言うと、それまで罵声が飛び交っていた会議室が水を打ったように静まり返り、次の瞬間わっと歓声が上がった。
その波は会議室の中のみにとどまらず、窓から中を覗いていた一般生徒にまで及んでいた。
生徒会長のこの言葉は、まあ要するにクビ宣告である。
こうなる可能性もほんのちょっとは考えていた。
というのも、私は数週間前から、とある事情で生徒達からの解任デモを受けていたからである。
「とある事情」について語るには、まず本学の生徒会及びその下部組織に関して理解しておかなければならないだろう。
本学…つまり王立アルヴァリア学園の生徒会は会長、副会長、会計、書記の四役及び会計監査と二名の庶務によって構成されている。このうち、会長と副会長が選挙によって選ばれ、それ以外の役職は会長と副会長の協議によって指名される。
仕事としては、四役は各部活動の監督や学園外への広報活動など、生徒会の基本業務。会計監査は名前の通り会計の監査を行う。
そして、今回問題になってくるのが庶務である。
庶務は今期より女子が務めることとなった。今期は私と、もう1人はクリスという女子生徒がその任を預かっていた。
この学園の生徒会庶務の仕事は、主に生徒会の下部組織である専門委員会との橋渡しである。
生徒会直属の専門委員会は全部で六つあり、私は風紀委員会、美化委員会、保健委員会を、クリスは放送委員会、文化祭実行委員会、体育祭実行委員会を担当していた。
これらの委員会に対して、私たちは実質的には実権を行使できるまでになっていた。
さて、本題に戻る。
ハイネ・クライネ解任要求デモの原因となった「とある事情」というのは、生徒会選挙と選挙管理委員会…選管に関するゴタゴタである。
生徒会選挙を取り仕切る選管は、その中立性を保つために生徒会から完全に独立している。しかし、そのために実務経験の不足する人物が多く、業務をスムーズに行えないことが多々ある。そこで、代々風紀委員会がその業務を補助する形を取ってきた。
先程も言ったように、今期の生徒会で風紀委員会を管轄しているのは私であるから、選管の補助を仕切るのも私である。しかし、もう一人の庶務であるクリスはそれが気に食わなかったらしい。
そこでクリスが提案してきたのが「政見放送」とかいう制度である。候補者の理念を校内放送で流す事によって選挙を盛り上げようという試みのようだ。
脳内お花畑の選管はこれを二つ返事で承認してしまった。
この制度の問題点は、選挙運営に放送委員会が介入してくるところである。放送委員会はクリスの管轄だから、これによって私が選挙運営の全体像を把握するのが難しくなってしまった。その上、風紀委員会・選管をクリスと引き合わせることも、私にとってはあまり望ましくない事であった。
だからあの日、大量の残業が降って湧く事になってしまった。放送委員が期日ギリギリまで粘ってから提出してくださった書類が一気に舞い込み、風紀委員が徹夜でそれを処理しなければならない事態になってしまった。
私は基本的に、現場の実務を執らない主義だ。
次期生徒会役員かもしれない専門委員会の下っ端どもに実務経験を積ませるべきだと思っているし、そもそも委員会業務に生徒会が介入しすぎる事にも懐疑的だからである。
しかし、今回ばかりはそうも言っていられなかった。
風紀委員会は普段は書類仕事の多くない組織だ。校内を見回り、校則違反者を発見し、摘発するまでが彼らの仕事。その中で扱う書類は、校則違反者発見の報告書だけである。
そんな素人に山積みの書類を任せては、一晩かけても完成する確証なんて得られない。
私が一人でやった方が百倍はやくて正確である。
だから今回の書類仕事は私が一人で片付けた。事の発端はそれが問題化したことである。
選挙関係の業務を生徒会役員が一人で片付けた、となれば、問題化することもあり得る。その可能性は当然視野に入れていた。でも今回はそうするより他になかったし、これが一番いい手だと思ったから、問題が大きくなることはないと思ったのだ。
だけど、この問題で大きくつっつかれたのは、今回の仕事ではなく、これまでの私のスタンスの方だった。
先程も言った通り、私は基本的に現場仕事はしない主義だ。今回コトが大きくなったのは、ソレだった。
つまり、上の人間だからってでっかい椅子にふんぞり返ってんじゃねえぞ、という話である。
同じ庶務でも、クリスは庶民派現場寄りで売っているから、それと比較して攻撃されたという面は否めない。
愚民はやさしい上司が大好きなのだ。
今回の件は全部私が徹夜で処理してやったのに記憶喪失のようで、クリス率いる放送委員会のプロパガンダの成果もあり、私の主張は通らずデモは拡大した。
そしてその結末が、冒頭のリストラ宣言である。
放送委員会の不始末は間違いなくクリスの差金だから、要するに私はクリスに嵌められたワケだろう。まあ何が目的なのかはよくわからないけど。
放送委員会のプロパガンダとデモが始まった辺りから、こうなる可能性は薄々感じていた。
(……だからと言って、まさかホントにリストラされるとは思ってなかったけど)
そもそも、私は悪い事も非効率な事も全くしていない。利己的な事もちょっとしかしていない。
私の現在の行動原理のほとんどは生徒会の効率的な運営に向けられている。少なくとも、私が管轄している委員会は私の必死の調整によって均衡を保っているし、生徒会の雑務だって私がそれなりの量をこなしている。私が居なくなれば生徒会運営は多少なりとも傾くことになるだろう。
生徒会運営を知り、まともに考えている人間ならば、私が欠けることで生徒会運営に支障をきたすことくらい予想できるはずだろう。
愚民どもは放送委員会の偏った校内放送に踊らされて解任デモに勤しんでいたのだろう。だから愚民は愚民なのだ。
まあそんな事はどうでもいい。ギリギリ折り込み済みである。一番ムカつく…もとい理解できないことは、あの生徒会長が何の捻りもなくデモの要求を受け入れたことである。
生徒会業務のすべてを取り仕切る生徒会長ともあろう者が私の必要性を理解していないはずがない。それなのにあっさり私をクビにするなんて、まともな思考回路をしているとは思えない。あの狸野郎が本気でそんなことする訳ない。
「じゃあもう退出してくれていいから」
超ムカつくし一ミリも腑に落ちない。
今すぐあの綺麗な顔ぶっ飛ばしてやりたい。今まで必死こいて築いてきた私のキャリアを棒に振らせやがって。
だけどまさかそんな事をしてしまったら、そっちの方が私の未来に傷をつける。
だから私はここで粛々と生徒会長の言葉に頷くことしかできなかった。