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神統英雄伝  作者: 夕凪の詩
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序章




 ――始まりよりも前

 ――空も大地も、光も影もない

 ――無の世界が、どこまでもどこまでも続いていた。

 ――まず、そこに

 ――混沌(カオス)が生まれた。

 

 神々の住まう世界、聖地アルカディアの美しい夕焼けが、険しい山脈にそびえるオリュンポス城を赤く照らしていた。

 巨大な城の最上部にある玉座の間では、ある男神が玉座に浅く腰かけ、足元でひざまずく従者が手にしている、子供の頭ほどの大きさの水晶を静かに見つめていた。腰を隠すほどに長い白銀の髪の男神は、目を閉じてため息をついた。

水晶に映し出されている青い惑星ブルーガーデンは、かつて宇宙の宝石と呼ばれるほどに美しい星だった。しかし、それは既に何億年も前のこと。今やブルーガーデンには、以前のような美しさは無い。神々の繁栄の象徴として創り出された人間の手によって、ブルーガーデンは穢されてしまった。その数が増えるに比例して、ブルーガーデンの穢れは悪化する一方だった。人間どうしの争いは絶え間なく起き、豊かだった自然は、人間の身勝手な行動により、恐るべき速度で失われつつある。生みの親である神への信仰心も次第に薄れ、あろう事か、人間は独自の神をいくつも作りだし、自分たちの信仰こそが正しいと言い張っている。その結果、自分たちの主張を押し通すための醜い争いが起きてしまうのだ。そのあまりにも愚かで愍然たる様に、神々の王、全統神ゼウスは嘆いていた。

 「・・・下がってよい。」

 従者は一礼すると、水晶と共に玉座の間を後にした。一人になったゼウスは、おもむろに窓の向こうに見える夕日を見つめた。

 「・・・ここが潮時か。」

 初代全統神ウラノスが人間を創り出してから、およそ一億年もの歳月が過ぎた。その間、全統神は三代にわたって、人間を見守り続けてきた。決して手を出すことも無く、助言を与えることも無く、あくまで傍観者という立場で、人々の暮らしを見てきた。それは同時に、人間の価値を見極めるための監視という意味も含んでいた。長い長い時間をかけて進化し続けてきた人間の能力は、もはや自身が制御できる範囲を大きく超え、ついにブルーガーデンの存在そのものを危ぶむまでに至ってしまった。これ以上の黙認を続けることは出来ないと、ゼウスは思っていた。

 ――このまま人間を放っておいては、いずれブルーガーデンは滅びてしまう・・・――

 ゼウスは、目を閉じてうなだれた。

 もうじき日が沈み、茜色の空は薄らと青くなり始めている。段々と玉座の間も暗くなり始め、立ち並ぶ燭台にも、ぽつぽつと火が灯り始めた。

 ゼウスは、玉座に腰掛けたまま、肘掛を指で二度打った。すると、ゼウスの目の前に真っ赤な炎が現れ、その炎はウネウネと形を変えながら大きくなり、若い男神の姿へと変化した。

 真紅の髪に、銀の鎧を全身にまとった男神は、頭を下げたまま、声を低めていった。

 「・・・参りました、ゼウス様。」

 ゼウスは、背もたれに背中を預け、頬杖をついた。

 「アポロンよ、お前から見て、今のブルーガーデンをどのように思う?太陽神として、常に下界を見てきたお前なら、我よりも詳しく分かるだろう?」

 太陽神アポロンは、少し間を置いて答えた。

 「・・・ここ数百年の、人間の産業技術や文明の発展はは、目まぐるしく進歩し続けております。ですが、その反面、ブルーガーデンは悲鳴をあげております。人間どもは、まるで自分たちが世界の支配者であるかのように振る舞い、星を蝕んでおります。

星に恩恵をもたらすはずだった私の光も、今ではブルーガーデンそのものを苦しめるだけの毒になりつつある。名前の由来である青き海も、見る影もなく汚れきってしまい、もはや生命が生きる環境ではない。恐らく、あと数百年のうちに、ブルーガーデンは死の惑星となります。」

 ゼウスは、眉をひそめて顎をさすった。

 「・・・やはり、下手に知恵を与えすぎたのが仇になったか。これまで、祖父の命に従い人間を見守り続けてきたが、いずれ滅ぶのが避けられぬ運命ならば、創り出した我らの手で終わらせることが、せめてもの救いなのかもしれぬ。どうだ?アポロン。」

 問われたアポロンは、スっと顔を上げた。切れ長の力強い瞳が、ゼウスの目をしっかりと見すえた。

 「私は、ゼウス様の思うままに従うのみでございす。」

 「・・・そうか。ならば早速準備に取り掛かれ。他の者達にも伝えておいてくれ。」

 「・・・はっ!」

そして、アポロンは煙のように消えてしまった。

 再び、一人になったゼウスは、ふと思いついたように席を立ち、部屋の外へ出た。真っ暗な階段を灯りも持たずにのぼり、その先にある扉を抜けると、ゼウスは城の最も高い塔の屋上に出た。

 外はすっかり夜になっていた。標高が高い位置にある城の屋上からは、まるで銀砂を散りばめたような一面の星空が見える。ゼウスは、こうして星を眺めるのが好きだった。この無数の星は、ひとつひとつがアルカディアの辿った歴史であり、避けられぬ宿命に従い命を奪った父母、そしてかつての友や同志である。この時だけは、肩に重くのしかかる全統神としての責務から解放されるのだ。ゼウスは、うなだれると、ひとつ息を吐いた。

「皆、我を愚かだと笑うか・・・。」

誰に言うでもない、自らに問うてる訳でもない、心を締め付けるタガのような迷いだった。

ゼウスは、どこか悲しみを湛えた顔を上げ、城の外へ向けた。星明かりに照らされた、果てしなく広大な世界を一望した。

「森羅万象、この世界全てを調和し、統べることが、全統神である我の使命。ならば、我はこの使命を全うしてみせる。たとえそれが、修羅の道であろうとも・・・」


その時だった。

ゼウスは、なにかに気づいたように、目を大きく見開いた。ゼウスの後方から、微かな風が吹いてきたのだ。そよ風と言うにも及ばないほどの、まるで吐息のように弱い風だった。しかしゼウスは、訝しげに眉をひそめた。聖地アルカディアに吹く風は、風の神アイオロスの働きによってのみ起こる。もし、この風がアイオロスによるものだったなら、アネモイ(風にたゆたう者)の姿を認めることが出来るはずなのだ。しかし、どこにもアネモイの姿は無い。つまり、この風は大気の乱れによって起こっているのだ。ゼウスは、言い知れぬ胸騒ぎを覚えた。

 そして

ヒュゴオオオオオ!

吐息のように弱々しかった風は一変し、凄まじい強風となって吹き荒れ、ゼウスを激しく煽りだした。

 「・・・これは」

あまりの強さに、ゼウスはよろめいた。

白く長い髪を風になびかせながら、ゼウスは目を細めて吹き付ける風に顔を向けた。

 山脈によって切り裂かれた風は、ピューピューと唸りをあげながら、山の木々を揺らし鳴らしていた。このあまりにも異常な光景を目の当たりにしていると、ふとゼウスの脳裏に、ある言葉が過った。それは、ゼウスが全統神を継承した時、始まりの神カオス(混沌)より告げられた予言だった。

――汝が歩みし道のりの先、風となりて、仇なす者あり。

 「風となりて・・・仇なす者あり」

 吹き止まぬ風に白い髪をなびかせて、ゼウスは静かに笑った。

 ――完

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