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9. シノの大勝負

今回も残酷な描写があります。ご注意下さい。

「ああ!」

 シノは肩を激しく掴まれ、悲鳴を上げた。


 男達はわざと廃墟から立ち去り、シノの後をつけていたのだ。

 シノは恐怖と怒りが入り混じった泣き顔で、男達を睨んだ。その顔を、男が殴る。


「何だよ、その目は! 大人しく案内すれば、お前の命までは取りはしねえよ」

「まあ、体は好きにさせてもらうがな!」

 がはは、と、男達が下衆な笑い声をたてる。男の数は20人程だろうか。侍の姿もある。残りは洞窟の外で待機しているのかもしれない。

「……ない」

 ぼそ、とシノは呟いた。

「はあ? 聞こえねえ」

 と、顔を近づけた男の耳に、シノはガブリと噛みついた。

「痛え!」

 ドンッ、とシノは突き飛ばされ壁に激突した。一瞬呼吸が止まるが、男達を睨む瞳からは光は失われていなかった。シノが口を開くと、ぼたっ、と男の千切れた耳が落ちた。

「この野郎!」

 別の男がシノの頬を激しく叩いた。鼓膜が破れる衝撃に、シノは悲鳴を上げることしか出来ずに倒れ込む。

「もういい! シノは放っておけ! 手分けして探すぞ!」

「待って!!」

 頭が焼ける様に痛い。男達の声も上手く聞こえなかったが、「手分けして」というのは聞き取れた。シノは獣のように四つん這いになり、男達の足元をくぐって右の分かれ道へと駆けた。少し道に入ったところで近くにあった石を拾い、男達に振り返った。

「こっちには、行かせない!!」

 普段の温和で可愛らしいシノからは想像も出来ない程の剣幕だ。だが、ボロボロの小娘一人に何が出来るというのだろう。

 男達は下卑た笑いを浮かべ、右の道へと入り込んだ。

「来るな! 来るな!」

 シノは精一杯力を込めて石を投げた。

 だが石ころはひょろひょろと飛ぶだけで、全く威力がなかった。

「シノ、いい子だ」

「わああああああ! 放せ! 放せ!」

 男の一人が、シノの両手を掴んで押さえつけた。その間に、他の男達は黙々と右の道を奥へと進んでいく。

「シノ。道を教えてくれたご褒美に、可愛がってやるよ」

 男は、暴れるシノをうつぶせに転がし、覆いかぶさった。



 誰もいなくなった分かれ道の前で、シノは力なく笑った。

 体はもう、限界を超えていた。


「タロ……」


 ボロボロにされて死んだ可愛い相棒の名を呼ぶと、不思議と力が湧いて来た。

 シノは最期の力をふり絞って、壁をよじ登る様にして身を起こした。


「白鬼さま……白鬼さま……」


 シノは、熱に浮かされたように呟きながら、洞窟を進んだ。

 ……左の道へと。


 どれくらいの時間が経ったか分からない。

 だが、ようやくシノは見慣れた広間へと辿り着いた。


 広間には所々に灯りが灯っていた。


 いつもと変わらない、温かな空間。

 その奥に、ぼんやりと愛する人の姿を見付けて、シノの頬に自然と笑みが浮かんだ。じわり、と涙が込み上げてくる。


「……」


 白鬼さま、と呼びかけて、シノは口をつぐんだ。


 そこには、血を流し膝を突く白鬼とそれを支える美姫、そして、赤いものが滴る剣を持った天狗の姿があった。


「何で……?」

「「「!?」」」


 思わず声を漏らしたシノに気付き、三人の視線が集中した。


「シノ!!」


 天狗と戦っていたはずなのに、白鬼は剣を捨て、天狗の横を通り抜けてシノの元に駆けつけた。力尽きて倒れかけたシノの身体を、白鬼が抱き留める。

「シノ! 何があった!?」

 真っ青な顔で、白鬼がシノの顔を見つめている。


(ああ……!)

 こんな状況なのに。

 タロを殺され、殴られ、穢れ、生きる希望すらなくした状況なのに。

(嬉しい……!)

 と、シノは歓喜の涙をこぼした。


 ラオウルは目の前の光景に戸惑っていた。

 剣を捨て、ボロボロの少女を抱え上げるミハイ。

 バンパイアであるミハイにとって、血の匂いのする少女は堪らなく食欲を刺激する御馳走のはずだ。

 しかし、それを襲わず、優しく抱き上げるミハイに、思わず手が止まってしまった。

 姫も、呆然として二人の様子を見つめている。


「大勢の足音が聞こえていたが……私のために、戦ったのか……?」

 白鬼は、シノが苦しまないようにと、優しく横抱きにして身体を支えてくれていた。

 白鬼の問いに、シノは自慢げに「ふふ」と笑った。

「皆、右に行きました。……今頃、小鬼の餌になっていますよ……ああ! 私、一世一代の大勝負をしました」

「なぜ、そこまで」

 白鬼に会ったら、タロの事を話すと決めていた。一緒に悲しんでもらうんだと、暗く、重たい気持ちでいっぱいだった。

 だけど、目に涙を浮かべてシノの頬にかかる髪を優しく払う白鬼に、シノの心は満たされていった。恨みと憎しみと怒りで汚れたシノの心に、優しい光が戻っていく。

(タロの事は、黙っておこう。優しい白鬼さまだもの。きっと、泣いてしまう)

 シノは、よく見えなくなった目の代わりに、手を伸ばして白鬼の顔を探した。

「初めてだったんです。優しくされたのも、お腹いっぱい食べたのも。人を好きになったのも。私、白鬼さまのお役に立てましたか?」

「ああ。よくやった」

 いい子だ、と、白鬼はシノの顔を撫でた。あちこち腫れて、可愛らしい面影が少しも残っていなかった。一体どれほど残酷になれば、優しい少女にこれだけの仕打ちが出来るのだろう、と胸に痛みを覚えながら、白鬼はシノの手を自分の頬へと添えた。

「可愛いシノ。どんどん美しくなっていくシノを見るのが、とても楽しみだったよ。疲れただろう? 今日はもう寝なさい」

「まだ……粥を作らないと……」

「……明日、作っておくれ。大根の入った味噌のやつがいい。楽しみにしているから」

「……はい。また、あし……た……」

 明日が来ることを疑ってもいない、そんな笑みを浮かべながらシノは眠りについた。

 ……もう、目覚めることのない眠りに。


 シノを抱きしめながら、膝を突いたままのミハイの首に、ラオウルの剣が当てられた。

「言い残すことはあるか?」

「……ずいぶん、長いこと生きた。もう、疲れたよ。私も、もう眠りたい。……ただ」

 力なく俯いていたミハイが、すっと顔を上げた。

 何処までも透き通るような青い目で、涙を流しながら立ち尽くす由々姫に微笑んだ。


 教会の手を逃れ、遠い異国に流れ着き、空腹を満たすために忍び込んだ城の中で出会った、美しい黒髪の姫。その気品ある姿に、一目で恋に落ちた。

 攫った後は苦労をさせてしまったが、姫は泣き言一つ言わずにミハイを受け入れてくれた。

 愛しい美姫も、姫のために連れてきた料理上手な可愛い少女も、少女を守る賢い犬も、孤独だったミハイの心に花を咲かせてくれた。


 だが、もう夢は終わった。


「姫。私のことは忘れなさい」

 そう言うと、ミハイの瞳が一瞬だけ銀色に輝いた。

「ミハイ……さま……」

 ミハイに手を伸ばした姿勢のまま、ばたり、と姫は気を失った。

 目が覚めた時には、ミハイに関する全てのことを忘れているだろう。


 白い指先が、とても小さく見えた。

 ミハイはそっと目を閉じて祈る。


 ……願わくは、姫の人生に幸多からんことを。


ご覧いただきありがとうございます。


ジャンルをローファンタジーから異世界に代えました。

あっという間に次回が最終話です!

最後までよろしくお願いします!

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