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8. 冷たい躯

残酷なシーンがあります。苦手な方はご注意下さい。

「ぎゃうん!」

 タロの悲鳴が聞こえた気がして、シノは飛び起きた。


 シノが目を覚ました時、既に日は落ち、梟の声だけが闇の中に響いていた。

 シノは身体を起こそうと横を向いたが、身体のあちこちが引き裂かれるような痛みに悲鳴を上げた。

 シノは縄で両手を柱に縛り付けられていた。着物ははだけ、白い太ももには血がこびりついている。

 周りには松明を片手に下卑た笑いを浮かべる男衆がいた。


 理解が、追いつかない。


 自分の身に何が起こったのか。これから何が起こるのか。

 唯一分かったのは、ここが白鬼の洞窟からそう遠くない、廃墟だという事。場所が分かったのは、何カ月か前にシノが仏を埋めた家の一つだったからだ。


「おい、人数集めてきたぜ」

「おう。こんだけいれば、然しもの鬼でもどうにもならんだろう」

「今まで散々食い散らかした罪を償わせてやる」


 男達の会話に、シノは肌が粟立った。

 男達は、鬼を倒すために集まったのだ。シノの住む村だけでなく、近隣の村々からも人を集めたのだろう。シノから見えるだけでも、15人は下らない。外には一体、どれだけの人数が集まっていることか。


「シノォ。目ぇ、覚ましたか」

「うっ!」


 突然髪を掴まれて、シノは仰向けに戻された。全身を駆け巡る痛みに、思わず呻き声が洩れる。

 男は、シノの村を治める庄屋の息子で、シノを見るたび用も無いのに殴ってくるような下衆だった。


「シノ。お前、鬼の居場所を知っているらしいな」

「!? し、知らない!」

「しらばっくれるな! 天狗と話しているのを聞いたもんが居るんだ。そいつの話だと、天狗に身体を売っていたとも言っていたが……まあ、そいつは早合点だったみたいだがよ」

 うへへ、と男が笑う。その視線は、撫でまわす様にシノの身体に注がれていた。ゾワッと、嫌な気配を感じ、シノは膝を胸に寄せて縮こまった。

「前から怪しいと思っていたんだぜ? 急に肉が付いて、肌艶も良くなってよ……。野郎どもが飯やら服やらを恵んでやってるせいかと思ったが、それだけじゃあ辻褄が合わねえ。お前、鬼と手ぇ組んでるだろ。飯を食わしてもらう代わりに、鬼を村に手引きしているんじゃねえか?」

 男の汚い手が、シノの首を掴んだ。

 シノは恐怖で歯の音が上手く噛み合わないが、必死で言葉を吐き出した。

「本当に、知らない! 天狗さまにも、知らないと言っただけだ!」

「そうかい。そうかい……おい」

 男が合図をすると、何人かが家から出て行く音がした。

 そして。

「ぎゃうん!」

 何かを殴る音と、犬の悲鳴が聞こえた。


「タロ!?」

 思わず、シノも悲鳴を上げた。タロの呻き声は続いている。

「止めて! 止めてください! タロは何も知らない! タロを殴らないで!」

「じゃあ、お前が吐けよ」

「……知らないものは、知らない!」

「そうかい。……おい、止めろ」

 男の言葉に、シノはホッと安堵した。

 男は、慣れた手つきでシノの縄を解くと、「もう、お前に用はねえ。知らないなら、帰れ」と冷たく言い放った。

「タロ!!」

 シノはあられもない格好のまま家を飛び出し、男達を掻き分けタロにしがみついた。固い地面に横たわったタロは……既に、息絶えていた。

「タロ! タロ! タロォォォォォ!!」

 闇の中に、シノの絶叫がこだまする。


 男達は、シノとタロを置いて、その場を立ち去った。


「タロ……。痛かっただろうに。もう大丈夫だよ」


 シノは、タロの亡骸を優しく撫でた。いつもシノを暖めてくれたタロの身体が、だんだん冷たくなっていく。自慢の毛並みも、血で固まってボロボロだった。


 しばらくシノは呆けたようにタロを撫でていたが、不意に顔を上げると、タロを抱えて、よろよろと立ち上がった。が、タロは重く、シノはタロごと前に倒れた。

「タロ……ごめんね。ごめんね」

 シノは泣きながらタロの亡骸に手を合わせ、せめて寒くないようにと、ムシロをかけて、洞窟に向かった。


 全身が軋む様に痛い。

 特に下半身は、無理な方向に引っ張って裂かれたのではないかと錯覚するほど疼いた。縛られていた手首も、真っ赤に腫れあがり所々擦り切れている。歩くのも、息をするのも辛い。どこか、骨が折れているのかもしれなかった。


 それでも、シノは前を向いた。


 目が慣れてくると、山の中にはうっすらと月明かりが差し込んでいるのが分かった。シノは記憶と勘を頼りに手探りで白鬼の洞窟へと向かった。

(白鬼さま、逃げてください。姫さまと、どこか遠くへ)

 白鬼に危険を知らせるために、シノは傷付いた身体でよろよろと前に進む。


 意識が朦朧とする中、ついにシノは洞窟へと辿り着いた。

 気を失いそうになるのを必死にこらえて、洞窟を進む。途中の分かれ道まで来たところで、シノは膝を突いた。

 少しだけ、と思い、目を閉じる。

(……寒い)

 いつもなら、タロが居るはずの場所に手を伸ばす。あるのは虚空だけ。


 早く、白鬼に会いたかった。会って、タロの事を話したい。一緒に泣いてもらいたい。

 優しくて、賢くて、ちょっぴり食いしん坊だった可愛い相棒の死を悼み、シノを抱きしめて欲しい。

(タロの仇を……)


 シノが気を失いかけたその時。

「シノ。さっさと案内しろよ。『血吸い鬼』はどっちだ」


 立ち去ったはずの、男衆の声がした。


ご覧いただきありがとうございます。

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