6. 教会の狩人
ラオウルの両親が死んだのは、6歳のころだった。
何かに食い殺されたらしい無残な死体を前に、4歳になる小さな妹を抱えたまま、ラオウルは途方に暮れるしかなかった。
ラオウル兄妹にとって幸いだったのは……いや、不幸の始まりだったのは、幼い兄妹を不憫に思った隣人が、数キロ先の孤児院まで連れて行ってくれたことだろうか。
隣人の顔など、18年も経った今ではもう思い出せないが、あのまま放っておいてくれれば自分も、妹も、何も知らないまま死んでいけただろうに、とラオウルは切に思う。
孤児院は、表向きは貴族の慈善家による私設であった。裕福とまではいかないが、衣食住が約束され、子供が望めば読み書きなどの教育も受けられるとあって、孤児だけでなく、進んで子供を預ける親も多かった。
実際、立派に成長し、貴族の養子に選ばれたり、商売などで成功する子供もいたことから、わざわざ遠くから何日もかけて子供を捨てにくる一家もいたくらいだ。
孤児院には、子供の世話をする者と、オーナーである貴族の関係者以外の大人は、たとえ親であっても立ち入り禁止であった。
ラオウルは一度、子供を引き取りに来た親が追い返されるところを目撃したことがある。孤児院内に紛れ込んだ野良犬を外まで追っ払い、裏口から戻ろうと塀に沿って歩いている時だった。
裏口で大人達がもめている。反射的に壁に隠れた。「借金返済のめどがついた。子供を返してくれ」と鳴き縋る親に、「親子の縁を切ることが孤児院に預ける条件だったはずだ」と孤児院側は突っぱねていた。
自分達の都合で子供をやりとりする親に同情する気はなかった。横を抜けて中に入ろうとラオウルが壁から身を離し、足を踏み出した時だった。
無理やり孤児院に押し入ろうとした父親の胸を、剣が貫いた。悲鳴を上げようとした母親の喉は、短剣で横に引き裂かれた。
ラオウルは7歳にして、人が殺される現場を目撃してしまった。
「おや、ラオウル。お帰り」
たった今、人を手にかけたとは思えない程優しい目で、養母が微笑んだ。次の瞬間、ラオウルは意識を失っていた。
自分のベッドで目が覚めた。隣で眠る妹を抱きしめ、ラオウルは震えた。ここがただの孤児院でないことを知ってしまった。逃げなければ、と本能が訴えている。ラオウルは妹を背負い、息を殺して部屋を出た。
「どこ行くの?」
ラオウルの行動などお見通しだと言わんばかりに、養母がそこに立っていた。
ラオウルは妹から引き離され、魔物と戦う狩人を育てる『教会』という施設に連れて行かれた。
そこでラオウルは、両親が魔物に殺されたことを知る。そして、「狩人として魔物を狩り続ければ、いつか妹と暮らせるようにしてやる。やるか、否か」と問われた。
選択する余地など無かった。
ラオウルは狩人になるための特訓にひたすら耐え続けた。もう一度、妹と暮らせるように。そして、どんな魔物からも妹を守れるように。
ラオウルは元々才能があったらしく、メキメキと実力を伸ばした。14歳で正式な狩人となり、16歳で一人で依頼を任されるまでになった。
魔物との戦いは、熾烈を極めた。
一緒に訓練に耐えてきた仲間も、次々に死んでいった。ラオウルにとってせめてもの救いだったのは、教会で直接師事していた狩人が出鱈目に強く、人情に篤い女だったことだろう。
ラオウルが人間らしい感情を失うことなく、優秀な狩人となれたのは、彼女のおかげであった。
一人前の狩人は、弟子の面倒をみる時以外は基本単独行動だ。
そのため、独り立ちしてからは師匠とも会う機会が減ったが、それでもたまに時間を作っては、互いの無事を喜びあった。
しかし、ラオウルが18歳の時、悲劇が起きた。
教会が最も警戒するヴァンパイアの一人に、妹が攫われたのだ。
更に、討伐に向かった師匠が行方不明になった。
現場に残されたのは、優に二人分を超す大量の血痕と、ラオウルが妹に贈った小さな腕輪だけだった。
あれから8年。
ラオウルは二人の行き先を探すため、今もヴァンパイアを追い続けている。
ヴァンパイアの名は、ミハイ・アヴェリクス。
シノが白鬼と呼ぶ、美しい魔物だ。
「やっと、追いついた」
ラオウルは、首から下げた妹の形見を握りしめ、空を見上げた。
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別の小説も執筆中なので、なかなかハードワークです(笑)
でも、小説書くの楽しいですね!
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