4. 白い花咲く淡い夢
シノが白鬼の洞窟へ通う様になって4か月が経った頃、シノはふと思い立って、埋葬の仕事の前に洞窟に寄ってみることにした。
道が分かるか心配だったが、シノが迷うとタロが先頭に立って案内してくれた。
タロは昔よりも随分毛並みが良くなり、身体も大きくなった。冬毛のせいか、夏よりもモフモフとして暖かくて可愛らしい。最近では、村の者達がタロに会うと、すれ違いざまに二度見するのが少し楽しい。タロはシノの自慢の相棒だ。
そう言えば、年末くらいからか、時々村の男衆がシノに着物やら握り飯やらを分けてくれるようになった。冬の寒さは厳しい。寒さに耐えかねて、老人や病人が死ぬこともある。
シノが死んだら仏の埋葬が自分達の仕事になるからだろうか、それとも、皆、モフモフのタロに触りたいのだろうか、とシノは何かをされる度、首を傾げて考えていた。
だが、どんな理由であれ、物がもらえるのはありがたい。
白鬼と出会ってから、少しだけ、生きるのが楽しくなった。
16歳になったばかりのシノの胸には、小さな花が咲いていた。
恋という名の、小さな、小さな白い花。
(夢なら、覚めなければいいのに)
ようやく膨らみ始めた胸に手を当てて、シノは祈った。
洞窟の中は入り口が狭いこともあって、真昼というのにほとんど日が入らなかった。シノは、白鬼に貰った淡く光る石を片手に、薄暗い洞窟を、記憶を頼りに進んだ。途中、左右に分岐する場所があり、シノは足を止めた。
はて、どっちだっけ? と悩んだが、白鬼が「こっちは小鬼が沢山いるから、行ってはいけないよ」と教えてくれたことを思い出し、ドキドキしながら正しい道を選んだ。
間違えたら大変だ。小鬼は一匹だと怖くはないが、群れでいることが多く、襲われたらひとたまりもない。
キョロキョロしながらしばらく進むと、見慣れた広場に出た。
白鬼がせっせと集めてきた食料が、今日もこんもりと積まれている。さすがに真冬だからか、葉物の野菜はなかったけれども、柿やミカンや芋があるのはありがたかった。
「いただきます」
と、シノは手を合わせて、柿にかぶりついた。タロがミカンを転がしているので、皮をむいてやった。タロは尻尾を振って、嬉しそうに「わん」と鳴いた。
すると、洞窟の奥から
「誰?」
と、若い女の声がした。
「ひゃあああ!」
と、シノは心臓が口から飛び出すのではないかと言うほど驚いた。
目を凝らすと、奥から綺麗な着物を着た女が歩いてくるのが見えた。自然に、シノは「わああ……」と、感嘆の声を漏らしていた。
「もしや、そなたがシノですか?」
「は、はい!」
「そうですか。一度会ってみたかったの」
長く艶やかな黒髪を顔の横で一つに束ね、胸の前に垂らした女は、嬉しそうに微笑んだ。
「あ」
と、シノは思い当たることがあって口元に手を当てた。
「ひょっとして、由々姫さまですか?」
恐る恐る、シノは尋ねた。一年程前、城から消えたという、この国一番の美しい姫様の噂を思い出したのだ。
「私を知っているのですか?」
大きな目を丸くして、姫はシノに尋ねた。驚く顔も何て可愛らしいのだ、とシノの方が赤くなった。
「は、はい。お武家様が国中を探していると聞きました。私の村にも、たくさん探しにこられました」
「そう、ですか……」
そう言うと、姫は目を伏せて何か考えている様子を見せた。が、それも一瞬で、すぐに視線を上げると、花が咲いたような笑顔になった。
「良かったら、奥にいらっしゃい。殿は、まだ眠っていらっしゃいますから、お静かに」
「殿?」
きょとん、とシノは首を傾げたが、すぐに白鬼の事だと思い当たり、ずきん、と胸が痛んだ。姫は既に踵を返して、奥へと向かっている。シノは慌てて後を追った。
(あ、この匂い……)
先程まで姫が立っていた場所を通り過ぎた時、ふわっとお香の様な匂いがした。それは、いつも白鬼が纏っている匂いと同じだった。
(あ……)
洞窟の、奥の、奥に、そのヒトは居た。
石を削って平らにした上に、畳を敷き、その上に布団を二重に敷いて、白鬼は眠っていた。
布団の傍に置かれた置行灯の明りに照らされた白鬼の顔は、とても穏やかだった。
姫は白鬼の頭の近くに座ると、白く小さな手で愛おしそうに頬を撫でた。お香の匂いが、優しく二人を包んでいる。
それは、絵のように美しく、儚げな光景だった。
「お……お邪魔をいたしました……!」
「あ、シノ……!」
姫が呼び止める声がしたが、シノは気が付かないふりをして、その場から逃げた。タロも後を追ってくる。
あまりにも、世界が違い過ぎた。
「あっ……!」
急ぎ過ぎて、つまずいた。とっさに手を突いたが、ゴツゴツした岩で派手に膝を擦りむいた。
「痛い……」
村の大人達に殴られるより、よっぽどマシなはずなのに、とても痛い。タロが心配そうな顔で、ペロペロと傷を舐めてくれる。シノは、ギュっとタロの首を抱きしめた。
「タロ……痛い、痛いよぉ」
ボロボロと、涙が零れた。
ササクレとシモヤケだらけの自分の手が目に入る。ボサボサの髪も、痣だらけの足も、姫様とは全然違う。
(白鬼さまも、姫さまも、とても綺麗だった)
白鬼から優しくされて、勘違いしてしまった。
白鬼がシノを小さな子供だと思っていると、知っていたはずなのに。
普通の娘のように、女子として大事にされていると、思ってしまった。
普通の娘のように、美しい殿方を、慕ってしまった。
「タロ……私、馬鹿だね。……馬鹿だよねぇ……!」
声を押し殺して、シノは泣いた。
タロは黙って付き添ってくれた。
胸の中の小さな花は、まだ健気に咲いていたけれど。
……シノは、夢から覚めた。
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※題名を変更しました。




