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2. 白鬼と少女

「何やってんだ、シノ! ぼさっとしてねえで、さっさと仕事に行ってこい!」

 山城を見上げる小さな村に、男の罵声が響いた。

「は、はい!」

 シノ、と呼ばれた少女は、ビクッと肩を震わせたあと、近くに置いていた鍬と網籠を握って、バタバタと走り出した。


 シノは5つの頃、流行り病で親を亡くした。

 それから村で養われているものの、扱いは酷く、奴隷の様な生活を強いられてきた。

 年の頃は14~15だが、背も低く、ガリガリに痩せ、髪も肌もボロボロで10歳くらいに見える。

 それでも僅かな食料と屋根付きの寝床にありつくため、シノは毎日文句も言わずに働き続けた。


 シノの仕事は様々だ。

 糞尿の始末は元より、水汲み、洗濯、野良仕事、時には死体の埋葬を手伝わされることもあった。

 特にこの1年程、この辺りは急に物騒になり、死体の数が増え、シノの仕事も増えた。


 仏は皆、死に方が異様だった。


 まず、隣村の男が干からびて死んでいた。


 それからしばらくして、お姫様が居なくなったと噂が立った。

 お城に住む、この国で一番の別嬪なお姫様らしい。

 お姫様を探しに、シノの村にも沢山の武士がやってきて、シノの大事な寝床を踏み荒らして帰って行った。

 それからも、あちこちで干からびた仏が出たと言われる度、シノは埋葬の手伝いに駆り出された。

 ここ数回は、シノ一人で任されるようになった。誰も気味悪がって近づこうとしないからだ。

 幸い、干からびた死体は軽く、シノの細い腕でも何とか一人で埋葬することが出来た。それでも全身が痛くなり、シノは毎晩固い寝床の上で身体を擦りながら眠りにつくのが日課になっていた。


(ふう、寒くなってきたなあ)


 神無月かんなづき(10月)になり、朝晩はひんやりとした空気が混じる季節になってきた。ボロボロの袖なしの着物しか持たないシノにとって、今年も辛い季節がやってくる。

 この地方では滅多に雪が降らない事が救いだが、それでも寒さは堪えた。野良犬のタロが居なければ、シノはとっくに死んでいただろう。


 シノがタロの事を考えながら山道を登っていると、後ろから「わんわん」とタロが走ってきた。シノは鍬を入れた籠を背から降ろすと、両手を広げてタロを迎え入れた。


「タロ、今日も一緒に行ってくれる?」

 ペロペロと舐められながら、シノが尋ねると、タロは尻尾を激しく振って「わん!」と答えた。シノは笑いながら籠を担ぎ直し、タロを連れて道を急いだ。


 今日の仏は、山を二つ越えた先で見つかったらしい。


 山の中で暮らす老夫婦が、二人とも干からびて死んでいた。

 見つけたのは様子を見に来た嫁という話だった。「見つけたのなら、自分で埋葬すればいいのに」とシノは思うが、この辺りでは、干からびた仏が出ると『血吸い鬼』の仕業だと言って、皆逃げてしまうのだ。そうしてシノに仕事が回ってくる。シノがどれだけ働いても、金も食べ物も全て村の大人達が奪ってしまうため、シノには何も残らない。

 シノは『血吸い鬼』に怯えながら、来る日も来る日も死体を埋め続けた。


「あ……。もう、日が落ちてきた」


 夢中になって穴を掘っていたら、いつの間にか夕暮れになっていた。いつもなら1日で終わる仕事だったが、今日は村から遠かったことに加え、仏が2体ということもあり、思ったよりも時間がかかってしまったようだ。


 シノは、真っ暗な山の中で動くのは危険だと判断し、仏の住んでいたあばら家で一夜を過ごすことにした。何か食べる物はないかと家の中を探ったが、残念なことに食料は見付からず、水瓶にほんの少し水が残っているだけだった。それでもシノは、仏を埋めた穴に向かって手を合わせ、タロと水を分け合った。


 仏を埋める仕事はきつく、恐ろしかったが、シノ一人で作業することが出来たため、たまに食料にありつけることがあった。もちろん、盗みは重罪であり、シノが口に出来るのはバレない程度に、ほんの少しだけだが、それがシノの唯一の楽しみだった。


 食料にはありつけなかったが、それでも今夜は暖かい布団で寝ることが出来る。……先程まで仏が寝ていた布団ではあったが、シノにしてみれば何とも言えない贅沢であった。


 とはいえ、『血吸い鬼』がいつ現れるかも分からない。


 シノは火を早々と消し、戸という戸につっかえ棒をして、タロと一緒に頭から布団をかぶって丸くなった。


 タロと鍬を抱えて、ウトウトと眠りについていると、ふと、何者かの気配がした。


 ゾワッと鳥肌が立って、シノは目を覚ました。

 高鳴る鼓動を抑え、うっすらと目を開けると、月明かりに照らされて、白い顔が見えた。

 シノは必死に「気が付かないで。気が付かないで」と祈った。

 しかし、その祈りもむなしく、白い顔はシノに白い手を伸ばしてきた。


(ああ、鬼に喰われてしまう。私はこんなにひもじいのに)

 そう思ったら、急に肝が据わった。


「私を食べるなら、何か食べさせてからにしてください」

 シノはタロを抱きしめながら、鬼を睨みつけた。


 鬼は一瞬驚いたように目を見開くと、「あはは」と笑った。

 鬼が笑うとは思いもよらなかったシノは、驚いて身を起こした。

 暗闇に浮かび上がる鬼の顔は、鼻が高く不思議な感じがしたが、シノが今まで誰からも向けられたことのない優しい笑顔をたたえていた。

「そうか、腹が減っているのか。安心しろ。お前のような子供は喰わぬ」

 そう言うと、白鬼はシノとタロを抱えた。シノもタロも、大人しく白鬼の腕に抱かれていた。鬼の腕は冷たかったが、不思議と怖くはなかった。


お読みいただきありがとうございます。

短い話になると思いますが、最期までお付き合いいただけると幸いです。


(異世界転生物で「転生したら乙女ゲームのヒロインだったけど、一人で魔王を倒します」という連載も掲載中です。こちらもよろしくお願いいたします。)

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