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隊長と私   作者: Michelle
2/18

2度目のシュタインベルツ

  アーサーがこの風光明媚な丘陵が広がるシュタインベルツにやって来たのは一昨年に次いで2回目だった。

  王都から馬車を乗り継いで2日がかりの旅だったが、都会育ちのアーサーには丘の向こうに広がる青い海、放牧される牛や馬、実直で温厚な人柄の農夫たち。なにもかもが王都とは違っていて、この休暇をおおいに楽しんでいた。


  エリックの両親のシュタインベルツ領の領主夫妻は、気取っておらず親しみやすい。エリックは田舎は退屈するからと言って、休みの度に、誰かしら友人を一緒に連れて帰るのだが、領主夫妻はどんな客でもいつも暖かくもてなした。


「エリック、君は家族に恵まれているよ。こんなに美しい静かな地に、ものわかりのいいご両親とかわいい妹がいて、いつでも優しく迎えてくれる。君の好きな音楽にも寛大だ」


  夕闇のバルコニーでエリックの爪弾くリュートを聴きながら、葡萄酒をのんでいた。

 エリックは学校でも音楽に傾倒していて、暇さえあれば楽器をいじっている。エリックが机に向かって勉強をしているところなど見たことなかったが、要領がいいのか成績もそこそこで、難関といわれる上級騎士士官学校へ、アーサーと共に進学した。エリックとアーサーは、寄宿学校で同級生として4年を過ごし、士官学校でまた3年間を共にすることになっていた。


  「親父やお袋はともかく、ケイトがかわいいとは思えねえよ。お前、妹に夢見過ぎだから。あいつにかかれば、俺らなんて下僕だぜ」


  一昨年会った時にケイトは12才で、まだまだ子供のようだった。「下僕」という言葉に、スリッパを履かせろとばかりに足を突き出してきたケイトを思い出した。


「はははっ。甘えてるだけじゃないか。ケイトが妹ならたいていの我儘は、叶えてやりたくなるよ」


「お前、そんなこと言って、ケイトに想像の中で『お兄ちゃん、らめぇ!!』とか言わしてんじゃねえだろうな」


「ばっ、馬鹿いえ。そんな訳があるか」


  近頃流行っているらしい兄と妹の禁断の愛を描いた娯楽小説の台詞だ。結局二人に血の繋がりがないことがわかって大団円で終わるらしいが、アーサーは読んだことはなかった。

 エリックは、読んでみたが妹に欲情するなんて、ありえない。あれは妹がいない奴が書いた夢物語のフィクションだ、と言った。


「何の話?」


「ケ、ケイト‼︎」


  いつのまにかケイトが後ろに立っていた。2年の間にケイトはすっかり年頃の娘へと成長していた。背がスラリと伸びて、今夜は髪を大人っぽく編み込みに結っている。好奇心に満ちた蒼い大きな瞳はそのままだったけれど。


「アーサー、明日、海岸線の方まで遠乗りに行かない?シュタインベルツを案内するわ」


 ケイトは乗馬が得意だと言っていた。シュタインベルツは牧畜業が盛んで、エリックの父も良い血統の馬を育てている。どんな馬がいるのか楽しみだ。


「是非お願いするよ」


 エリックは乗馬は好かないからと、翌日はケイトと2人ででかけることになった。




 ******


  今日はエリックの馬を借りて、シュタインベルツ領の海岸線まで遠乗りに来ている。エリックのお下がりの男物の乗馬服を着て、麦藁色の髪を後ろに一つに結わえただけの、飾り気のないケイトが芦毛の馬を器用に操り、アーサーのすぐ後ろをゆっくりとついてくる。

  アーサーはエリックの馬を借りた。黒い毛の馬で額のところに菱形に白い毛が混じっている。なかなかいい馬だ。エリックが普段乗っていないせいで、あまり調教がされていなかったが、しばらく好きなように走らせると大人しくなって、アーサーの言うことを良く聞くようになった。


  ケイトと2人だけで遠乗りに来たものの、妙に落ち着かない気分だ。ケイトは2年前とは違ってなんだか大人の女性のようだ。アーサーも友人も、皆硬派だったから年頃の娘と2人だけでこのように出掛けることがなかった。エリックを除いては...。

  エリックがいつも違う女の子と歩いているのを見かけるということは、シュタインベルツではあまり頓着しないものだろうか。

  アーサーは振り返ってケイトを見た。


「アーサー、上級士官学校はどお?」


  ケイトがアーサーの乗る黒毛の馬に並びながら聞いた。


「ああ。楽しくやっているよ。エリックとまた同じクラスなんだが、彼はしょっちゅう学校をサボっていて、よく教官に怒られているよ。エリックは王立音楽アカデミーに進んだほうが良かったんじゃないかな」


「兄さんのやってる音楽は、学校でお勉強するようなそんな上等なもんじゃないのよ。去年の休暇に音楽仲間だという連中を連れて帰ってきて、練習してるのを聴かせてもらったけど、大きな音で乱暴に楽器を鳴らすばかりで、とてもじゃないけど聴き続けられなかったわ。その日は一日中、耳の奥がキーンてなっちゃったのよ」


「はははっ。エリックのミュージックバンドは学校でもなかなかの評判だよ。僕には音楽のことはさっぱりわからないんだけどね」


「兄さんは王都で好きな音楽さえできれば、学校なんてどこでも良かったんじゃないかしら」


  エリックとアーサーは趣味も嗜好も違い、共通の友人も少なかったが、寄宿学校で同室となり、不思議と馬があった。


  アーサーの両親は領地を代理人に任せ、王都の高級住宅地に住んでいた。周りには富豪の住む大きなお屋敷や貴族のタウンハウスが集まって建っている。王都に住んではいても、貴族の子息というものは、ある程度の年齢からは寄宿学校へ入ることが普通だ。アーサーも平素は寄宿舎で生活し、週末などに自宅に帰っている。

  アーサーの家は代々高名な騎士を輩出している伯爵家である。アーサー自身も乗馬や剣技、体術に優れ、勉強もよくできた。将来は王宮を守る騎士団に入るつもりだ。ケイトやエリックのような田舎貴族とは、同じ貴族といっても随分違う。


「君も来年はここを離れ、王都の寄宿学校へ進むのだろう。それとも競馬の騎手養成学校にでも入るのかな」


  ケイトの乗馬の腕は相当なものだった。騎士を目指すアーサーは騎乗訓練もかなり積んでいたが、そのアーサーが早駆けをしてもちゃんとついてくる。あぶみに体重を掛け、腰を浮かせて乗る姿がなかなかさまになっていた。


「女は騎手にはなれないわ。…ええっ。まさかアーサーも私のこと、エリックの弟だと思って…」

「いや、すまない。どうやら僕は冗談が下手なようだ。君のことはちゃんと女の子だと思ってるよ」


  ケイトはどこからどう見たって女の子にしか見えないし、今日こそ男物の服を着ているが、彼女のドレス姿を何度も見ているというのに。ケイトは本気で自分が男の子に見えると気にしているらしい。


「前に兄さんが新しい剣を誂えたとき、領主館の出入りの商人が 『下のお坊ちゃんに』といってポケットナイフをオマケしてくれたの。それってどう考えても私のことで、少なからずの人が、私のことを男の子だと思ってるみたいなのよね。兄のお下がりの乗馬服のせいかしら」


「それは心外だね。君みたいにかわいい女の子は、王都にだってそうそういないよ」


  かわいいだなんて…。

 アーサーは真面目で堅物そうに見えて、こちらがドキっとするような、女の子がよろこびそうなことをさらりと言ってくるのだ。アーサー自身は女の子をドキドキさせている自覚はまったくなさそうだ。ケイトは頬が赤くなるのを感じた。


「競馬の騎手に憧れてたこともあったわ。でも、もう子どもじゃないもの、女が騎手にはなれないってことは知っているの。馬に乗るのは好きだけど、男の人に混じって競走して勝ちたいなんて思ったことないのよ」



  王都の郊外にはロイヤルモーリッツ競馬場があって、王侯貴族が競走馬を育てて競馬に出すことが流行っている。社交界の一大イベントだ。その競走馬に乗るのは男のジョッキーと決まっている。シュタインベルツで育てられた馬も多く活躍している。


「ジョッキーにならなくたって、騎士になれば馬に乗る機会はたくさんあるよ。女のジョッキーはいないかもしれないが、女騎士はいる。歴史に名前を残すような活躍をしている女性も多いのだよ」


「アーサーはトロッターという競馬の競技を知っていて?」


  トロッターというのは2輪の馬車を馬に牽かせて競走する競馬の一種だ。人気は騎乗レースに負けるが、玄人好みの競技だと聞いている。発祥は古代の戦車競走だという。


「どうせやるならトロッターのほうでレースにでたいわ。騎士になったら馬車を操る機会はあるかしら。王様の乗る馬車は6頭曳きだっていうじゃない。馬車は騎士様が御しているの?」


「いや、馬車は専属の馭者がいるはずだよ」


「あら、残念。私、今、馬車で早駆けする練習をしているのよ」


  成長して女らしくなったと思ったケイトだったが、お転婆は変わっていない。


「父さんは箱型馬車は車高が高くてスピードを出すとカーブで横転しやすいから、まずは荷馬車で練習しなさいって」


  シュタインベルツの領主殿は、子どもたちに何でも好きな事を、自由にやらせる方針らしい。田舎は保守的と思っていたが、王都で貴族の暮らしをしているアーサーの方がよっぽど常識に縛られていて、視野が狭くなっているのかもしれない。アーサーはすっかり楽しくなってしまった。先ほどまでケイトを前に、落ち着かなかった気持ちなどもう忘れていた。


「ケイト。神馬を駆る勝利の女神の話を知っているかい?古代、神話の中の女神は4頭の馬に曳かせたチャリオットに乗っていたんだ。君が馬車の馭者台に座る姿は、きっと勇ましくて神々しいに違いないよ。今度、君の馬車の馭者台の隣に是非乗せてくれないか?」


  アーサーはケイトの話を頭ごなしに否定したり、馬鹿にしたりしなかった。それどころか勝利の女神に例えてくれ、一緒に馬車に乗りたいとも言ってくれる。


 ケイトはこの都会から来た兄の友人が、とても好ましく思えた。


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