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シルヴァーノに連れられた先は、岐阜県飛騨市の山中にある古民家だった。途中で何度も休憩を挟み、着いた時には翌日の未明だった。
「同じところをぐるぐると回っていたような気がしたが、もしかしてあれも魔法の影響か?」
訊ねると、仁和が頷く。
「よくわかったね。かなり大掛かりな結界だよ……無駄にね」
そう答える仁和の声色は、どこか呆れを含んでいた。
シルヴァーノが車の中で仮眠を取ると言ったので、二人で古民家の敷地に入る。
玄関の前に、男が立っていた。
「お久しぶりです、仁和さん」
寡黙そうな青年だと思った。
「ハガネ、彼の名前は大黒貂。魔法使い向けに武器なんかを、売っている男だ」
「初めまして、黒叢君。連絡は受けている。さぁ、中に入って」
促されるままに中に入る。内装は完全に洋風だった。まるでログハウスのようなだ。
「随分と外観と一致しないね」
同じことを思ったのか、仁和が言った。
「京会の懐古主義が嫌だからあそこを出たんですよ? 内装くらいは好きにさせてもらいます」
もしかしたらこれも魔法かもしれない。だが、もういちいち驚かなくなってきた。魔法にも法則や限界があるらしいが、俺から見れば何でもありだ。
通された部屋には、刀剣に銃、鎧や盾など様々物が置いてあった。
「正親町の連中は君に恩を売るつもりらしい。一つ、好きなものを持って行ってくれ。あわよくば仁和さんから引き離したいという魂胆が透けて見えるけどね。けど、貰えるものは貰っておくべきだ」
隣で仁和が「正親町は今の京会主流派だよ」と捕捉する。俺もいずれ、関わらなければいけない日が来るんだろうか。
部屋にある物品の中には、変わった保管の仕方がされている物もあった。水槽の中にあるものや、岩に突き刺さったもの、布で巻かれたものなどだ。
その中で、コンピューターに突き刺さった刀に目がいった。ディスプレイではなく、本体を貫通するように刺さっている。
「これがいいです」
こういう時は『第六感』は便利な能力だ。あまり悩む必要が無い。
「しっかりと願導器を選ばれた……」
赤字だ……と肩を落とす大黒さんの隣で、仁和が気にするな、と手を振る。
「それは『小狐丸』という刀だね。『学習』の能力を持つ……あとは特殊な契約が必要だったかな」
「契約?」
聞き返すと、仁和が続ける。
「その刀は学習する刀だ。主についても『学習』する必要がある。だからその刀の持ち主になるには契約が必要なんだ。具体的には身体の何処かにその刀を刺す」
つまり自傷する必要があるということか。
「安心して。その刀は契約時に傷つけないよう『学習』済みだ。痛みもないし血も出ない。注意点としては、その契約部位が失われた場合、契約が失効するという点かな。例えば左手に刺せば、左手を失った際、契約がなかったことになる。もし心臓に刺したなら、それこそ心臓が止まるまで契約は有効になるだろうね」
仁和の言葉を聞きながら、俺は刀を引き抜く。白金色の綺麗な刀身だ。驚くことに、引き抜いたコンピューターには一切、穴も傷もない。傷つけないというのは本当らしい。
俺は契約する部位についても、自らの勘に委ねることにした。
俺はゆっくりと刀を腹にあてる。そしてそのまま刺していく。痛みもなければ血も出ないし、違和感すら感じない。そのまま剣先が心臓、そして脳に届くように刺していく。
「……わかっていても普通は生理的にできないと思うんだけど。良くもまぁ、躊躇い無くできるもんだ」
そんな仁和の呟きを聞きつつ、俺は自分の身体から刀を引き抜く。先程までとは比べ物にならないくらい、刀身は輝きを放っていた。
「最後に名前をつけるんだ。刀の名前とは別にね。小動物に名前をつけるイメージで」
どうゆうことだ、と思いつつ、俺はとっさに思い浮かんだ名を口に出していた。
「チナ。名前はチナだ」
プラチナ色だからチナ。そんな適当な名前をつけると、刀はより一層輝きだした。あまり眩しさに思わず目を閉じる。光が収まり、目を開くと。
「飛び出てないけどパニャニャニャーン!!」
狐のような耳と尻尾を生やした少女が満面の笑みで立っていた。
***
「おい、仁和、なんだこれは」
「うわ〜ん。これなんて言わないでくださいよご主人様〜」
耳と尻尾を小刻みに動かす少女が抱き着いてくる。
「これはまた随分とテンション高いのが来たね。まぁ、君が『チナ』なんて訳の分からない名前付けたからじゃないかな。歴代の名前は『銀』とか『お冬』とかかなり落ち着いた名前だったからね」
「説明を。説明をくれ」
勘のせいで、目の前のキツネ娘が間違いなく先程までの『刀』だとわかってしまう。
「昔、とある刀鍛冶が刀を上手くうてなかった時、狐の霊体に力を借りた。対価として刀そのものを、その依代として奉納したんだ。そこにいるのは狐の霊体だったものだよ。神であり霊であり妖の存在だ。もっとも、誰も崇めないから神性は完全に失っているけど」
「俺は刀を貰ったんだぞ。こんな少女、どうしろって言うんだ」
「言えば刀になるさ」
「おーですとも! そこいらのザコ敵なんてイチコロなのです」
シャドーボクシングを始める小狐丸……なんというか、うざい。
「使いづらい。他の武器で頼む」
「ふぇっ!! 捨てないでご主人様ぁ」
また抱き着いてくる。勢いよく振り回される尻尾が鬱陶しい。
「契約解除するまで返品は無理だよ、黒叢くん」
……つまり死ぬまで返品できないと?
「俺の能力、もしかすると欠陥品かもしれないな……他の武器が無いと、戦えないぞ」
「ヒドい! 契約早々浮気ですか!?」
……また、抱き着いてくる。
「いちいち抱き着くな鬱陶しい!! 犬か!!」
「狐だもん!」
「ハガネが声荒げてるの、初めて見た」
そう言った仁和の方を見ると、少し笑ってやがる。
「そうだねぇ……大黒くん、拳銃を二丁買おう。魔素式と普通の銃を一つずつだ」
「……弾は?」
「一通り。数は少しずつでいい」
「今用意します」
***
「おまたせ」
大黒さんが戻ってきた時はもう、俺は疲れ切っていた。仁和曰く、ずっと刀状態だったから元気が有り余っているそうだ。見た目も含め、完全に子供だ。
「まず一つめ、『ウィザードイーグル』。有名な大型拳銃の改造版。弾丸ではなく、魔石を入れて使う。持ってみるといい」
ずっしりとした重さの拳銃を手に取りながら聞き返す。
「魔石?」
「そう。魔素を凝縮させて石のようになった物さ。それを装填すると、少し時間はかかるけど自動で術式を練る。あとは引き金を引けば術式が発動する」
「具体的にはどんな術ですか?」
「単純な物だよ。魔素を収縮させ撃つだけ。メリットとしては痕跡が残らないし音もしないから暗殺に最適。デメリットとしては若干、威力が低いこと。ただ、服くらいは容易く貫通できるよ」
それはとてつもなく便利だ……だが、仁和は魔素について増えてきたとは言っていたが、多いとは言っていなかった。ならば魔石とやらも高価なはずだ。あまり無駄撃ちはできないだろう。
「次にこっちが『FP48』。0.45口径の手のひらサイズのピストルで、こっちも暗殺に最適。ただし、ライフリングが刻まれていない滑腔銃身だから超至近距離じゃないと当たらない。射程は約20メートル。装填数も1発。装填時は尾栓を開ける必要があるが、慣れれば親指ひとつでも開けられる。開けた時、空薬莢や未使用弾はグリップの中に落ちるようになっているけど、重力で落としているだけだから構える向きには気をつけて」
正直何を言っているのか半分くらいしか理解できなかったが、使う分には『勘』で何とかなるだろう。
それにしても、本当に手のひらに収まるくらいの銃だ。日常的に持っていても、誰にも気づかれないだろう。だが、暗殺という言葉が簡単に出てくるのを聞いていると、そういう世界なんだと実感する。
「弾丸の説明は僕からしよう。左からフルメタルジャケット弾、ソフトポイント弾、照明弾、純銀弾。見た目で違いはわかるだろうから覚えてね」
仁和にそう言われ、改めて見れば、確かに違いがわかった。
生まれて初めて本物の拳銃や銃弾を見た俺は、特に興奮はしなかった。俺は戦う為に、この拳銃を持つ。それはきっと正しいことではない。けれど、正しさなんてどうでもいい。
両親の死の原因。それを突き止め、元凶を、必ず殺す。
その後、銃の装填の仕方などをしばらく教わる。
「どっちも安全装置なんてついてないから気をつけてね」
「わかってます……けれど、普段どうやって携帯しておけば?」
「それは僕が……いや、その娘に持たせればいいか」
仁和がそう言うと、拳銃や銃弾の入った箱ををチナに渡す。受け取ったチナはそれをポケットに……
「ちょっと待て、明らかに入るサイズじゃなかったぞ」
「それは乙女の秘密なのです」
ウインクするチナに、俺は言う。
「ていうかずいぶん静かだったな、お前」
「武器の取り扱いは真面目に聞かないとダメなんですよ」
何故かその真顔が一番腹立たしかった。