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腐敗世界の感覚者たち  作者: 魔石の硬さ
白金色の小狐編
4/8


 仁和に奢ると言われ来た店は、回転寿司だった。


「昼から寿司か?」

「あれ、嫌だった?」

 一緒に暮らしている叔母は帰ってくる度に外食に誘ってくる。回転寿司は夜に連れてこられるせいで、昼に入ったことはなかった。

「いや、別に嫌ではないが」


 店内はほとんど客がいなかった。平日の、それも昼過ぎだからだろう。俺たちは入ってすぐ、テーブル席に通された。


 正面から改めて見ると、この仁和と言う男は夜の繁華街で働いてそうな風貌だ。アンニュイというか物憂げというか、そんな雰囲気すらある。

「寿司、好きなのか?」

 そのせいか、どうしてもこの回転寿司にいる姿が似合っていない。

「いや、別に?」

「……ならなんでこの店を選んだ?」

「奢るといえば回転寿司かなぁと」

 

 なんというか、この男、叔母さんに似ている。



「それにしても久しぶりだよ。タッチパネルなんてあるんだね」

「最近はどこの店も端末で注文する形を取っているな……知らなかったか」

「海外にいることも多いし、常にいくつかの仕事を請けているからね。こうやってゆっくりとお店に入るの、もう何年ぶりだろう」

 この男は組織でいう、下っ端なのだろうか。


 渡されたタッチパネルで何を頼むか考えていたら、仁和は既に注文していたようで、店員さんが運んできた。

 客が少ないだけあって、注文してから来るまでが早い。


 仁和が頼んだものは、醤油ラーメンだった。

「……寿司屋で醤油ラーメン?」

 一口啜った仁和は顔を上げる。

「結構、美味しい」

 サイドメニューに力を入れているのか。

「なんでだろうな」

「まぁ、醤油はたくさんあるからね」


 その発言がボケや冗談ではなく、本気で言っているとわかって(・・・・)しまった俺は、思わず閉口してしまった。


 そして一口貰ったが、本当に美味かった。


***


 一通り食べ終わり、緑茶を飲んでいると仁和が口を開く。

「遠慮しないで食べていいんだよ」

 仁和はコーヒーを飲んでいる。この男は結局、寿司は一貫も食べなかった。

「親戚みたいなこと言うんだな」

「まぁ、実際オジサンだからね。アラフォーだし」

 見た目は30歳くらいだがな。

「別に遠慮はしてないよ。それで、次はどこに行くんだ」

「人を待ってる。まぁ少し待ちたまえ」

 

 

 それにしても、と俺は顔を上げ仁和を見る。

 この灰色スーツの男が魔法使いだとすると、一般人と魔法使いの見分けなど、ほとんどつかないはずだ。魔法を使った時の目を見たが、あの目(・・・)はしていなかった。

 手がかりの少女も行方不明……既に殺されている可能性だってある。だが仁和は「調査中」の身だ。手がかりは持っているはず。それにしては随分と余裕を持ち過ぎているような……


「来たよ」

 そう言われ辺りを見渡すが、それらしき人はいない。

「ほら、入り口で止められている人。あれが待ち人」

 見ると、遠目から見ても不審者だとわかる人間が入り口で止められていた。

「革ジャンに……ピアスだらけだな」

「全部同じ色の、ね。しかも刺青まであるよ。センスのないやつ」


 ……正直関わりたくない。


「まぁ、大丈夫。さっさと会計しちゃおう。店員さんがかわいそうだからね」



***


「いやー参ったヨ。人を見た目で判断するの良くないヨナ!」

 そういって頭を掻きながら笑うレザージャケットの男。緑色……いや、鶯色だろうか、シンプルなピアスを耳や唇にいくつも付け、首から胸にかけて文字のような刺青が入っている。そして何より、ヨーロッパ系の彫りの深い顔だ。

「はじめまして、陰陽師京会の監視員でそこの仁和の監視を任されてるシルヴァーノだヨ」


 いきなり知らない言葉が出てきた。陰陽師……おそらく魔法使いのような存在、その集団が京会だろうか。それにしても……

「監視って……何かしたのか?」

 俺は仁和に訊ねる。

「陰陽師の家系の出身なんだ、僕は。いくら京会を出たからと言っても、血縁者であることには変わりないからね……そりゃ監視もされる」

 仁和がそう言って話を切り上げようとした時、隣からシルヴァーノが口を出す。


「おいおい、それで説明を終わりにする気かナ? ちゃんと説明すべきだヨ」


 肩をすくめる仁和の隣で彼は続ける。

「この男の父親は京会で一番の権力を持っていたんだヨ。それを妬んだ連中がその父親を殺し、勢力を一変させっちまったのサ。ちょうど仁和が14の時にナ!」

 思わず眉をひそめる。随分と重い話だと思った。

「つまり……仁和は京会に追われる身なんですか?」

「イーヤ? 仁和はその時、既に魔法協会の人間でヨ。魔法協会の事実上支配下にいる京会としては、もう手を出せないのサ。お陰で弟達も殺されずに済んだみたいだヨ」


 兄弟がいたのか……というか、案外自分は仁和という男のことを知らなかったことに気づく。男の個人情報など、さほど深く知りたい訳では無いが、ある程度知っておかないと不味いだろう。

「……聞いてない話だな?」

「聞かれなかったからね」

 飄々と答える仁和。あまり触れられたくなかった訳でもなく、本当に聞かれなかったから言わなかっただけのようだ。

「それで、どうして京会の人にコンタクトを取ったんだ?」


 追われていないとは言え、あまり関わりたくは無いと思うのだが。

「君の武器を見繕おうと思ってね。『ブキヤ』は拠点を転々としているから、どうしても京会の人間に運んでもらう必要があるんだよ」

「そして京会の幹部連中は君に恩を売る選択をしたのサ! さぁ、車に乗んナ!」


***


 車が高速道路に乗るまで車内は静かだった。

「この車、『ブキヤ』に借りたのかい」

 助手席の仁和が沈黙を破り、口を開く。

「そうじゃなきゃこんなナンセンスな車乗らないヨ」

 運転席のシルヴァーノが鼻で笑いながら答える。


 このまま黙っているくらいならと思い、いくつか質問をする。

「外国のご出身、で合ってます?」

 運転しているシルヴァーノが答える。

「そうだヨ。イタリア人。けどずっとこっちにいるから見た目以外は日本人サ」

「どうして日本に?」

 その質問には仁和が答える。

「僕が陰陽師としての才能がなかったように、シルヴァーノには西洋魔法の才能がなかった。だが陰陽師としての器はかなり良くてね、京会に入ったというわけさ」


「やはり京会は日本人が多いんですか」

「というより俺以外はみんな日本人サ。外人は俺くらいだヨ」

 シルヴァーノが答え、仁和がため息をつく。

「かなり排他的な組織だよ。国の監視も干渉も許さないほどね。まぁ、僕がこの国で自由にやれるのは、そのおかげでもあるんだけど」

 政府としては、ほとんど干渉できない組織に干渉しうる(・・・)仁和の存在は重要なのだろう。魔法対策課、と言っていた場所に事後報告でもいい理由がわかった。


「……どうして刺青を?」

「これは必要な術式なんだヨ。俺が陰陽師として生きるための……サ」

 バックミラーに映るシルヴァーノの目元。それが笑っているような気がした。

「……もしかして、嘘ですか?」

「おや、バレてしまうとはネ。流石は第六感だヨ」

「完全なファッションだよ」

 仁和が呆れたように言う。そういえば仁和は「センスのない」と形容していたか。


「初見の敵はかなり引っかかってくれるんだヨ、ハガネくん。警戒して、どんな術式なのか読み取ろうとするのサ。陰陽術の欠点は初動の遅さだけど、それを補うために必要なんだヨ」


 なるほど、と感心しそうになるが、やはりシルヴァーノは笑っている。本当のことを言ってはいるのだろうが、ファッションとしての部分も大いにある気がする。


「……というか、俺の能力知っているんですね。仁和に聞きましたか」

「イーヤ? この男はかなり情報に気を使うからネ。君の名前以外はなんにも聞いてないヨ」

 だとすると、なぜ知っているのか。

 俺が疑問に思っていると、仁和が俺に質問してくる。

「ハガネ。君が殺した男は魔法を使っていたんだが、どんな魔法だか分かるかい」


 俺はあの時のことを思い出す。

「いつ現れたか分からないナイフ……それと、痛覚の遮断か?」

「他には?」

「他?」

 身のこなしが武術をやっていそうだと思ったが、それは魔法と関係ないだろう。

()()を追っていた魔法使いは既に何人も殺されたり、撃退されている。それは君が言った魔法によるものでは無い」

 仁和に続いてシルヴァーノが口を開く。

「惑わしは注意していればわかる程度の弱いものだったナ……そして痛覚が無くても、急所を狙えば問題にはならないヨ」

 俺はしばらく考えるが、やはり分からない。


「なるほど、何となくだが君の『勘』の発動条件が分かってきたヨ」

 そう言うシルヴァーノを置いて、仁和が説明を始める。


「僕も知らない魔法だから、詳しくは分からないが……あの男が切りつけたナイフを『無傷で』躱せた人間は一人もいない。殺された魔法使いはみんな傷だらけで死んでいた」


 言われてみれば、全ての攻撃に当たっていた気がする。

「君も、身体の至る所に傷を負っていた。だがその多くは軽傷だった。武術を習ったことも無い少年が、そんな最適な避け方をできるとは思えない。『神の第六感』の可能性に思い当たる人間も少なくないだろう」

「だが、『神の第六感』の情報はほとんど無いのだろう? なら確信する理由にはならない」

「逆だヨ」

 またシルヴァーノが口を挟む。

「魔法使いたちは常に『神の感覚』保有者を探しているヨ。その力が強大であると知っているからネ。だから念入りに調べるのサ……特に今回みたいに、非魔法使いが魔法使いを倒した場合はナ!」



 俺は深くため息をつく。どうやら、狙われるのは確実らしい。

「アレが魔法使いとは思えないけどね」

 小さく呟いた仁和に反応したシルヴァーノが、呆れた口調で言う。

「まーだ言ってんのかヨ? 魔法を使ってんだからどう見ても魔法使いだヨ」


「魔法使い以外が魔法を使うことはありえないんですか?」

 父は、俺の知らないだけで魔法使いだったのだろうか。

「ありえないヨ。ただ、魔法具と呼ばれるものはあるネ。陰陽師が使う符なんかがそれにあたるが、それは事前に術を籠めておき、特定の言葉や動作で発動するようにしたものサ。もっとも、それだって術式を籠めているのは魔法使いだからナ」


 シルヴァーノは一度区切り、続ける。

「魔素を扱えなきゃ魔法は使えないヨ。そして魔法使いでなきゃ魔素は扱えないネ。だから選民思想を持った奴が多いのサ、魔法使いは。君も気をつけるといいヨ」

 俺はシルヴァーノの忠告に頷く。

 仁和は静かに、何かを考え込んでいた。

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