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腐敗世界の感覚者たち  作者: 魔石の硬さ
白金色の小狐編
2/8


 あの日、行方不明だった父親が帰ってきた。

 俺の勘はソイツを殺すべきだと訴えていた。でも殺せなかった。

 自分を信じきれず、父親を信じたかった。

 ソレが俺の父親を装った化物とかなら、あの頃の俺でも殺せただろう。だが俺には、間違えなく父親本人だと解ってしまった。


 だから俺は殺せなかった。動けなかった。

 


 首を絞められ薄れていく意識の中、叫ぶ母をソレは殺した。俺に見えていたのは、虚ろな目と血、そして満足そうな父親だけ。結局俺を殺さずに、母の後を追った父親。そして俺は生き残ってしまった。


 表向きには、父親が一家で無理心中を試み、俺だけが生き残ったことになった。実際、アレは心中だったのだろう。父親の最初で最後のわがままだったのかもしれない。



 今思えば優しい父親だった……と思う。寂しがり屋で、母との仲も良かった。




 それが本当の姿なのか、偽りの姿なのか、俺には判らない。

 結局、家族だろうが人は他人ひとを完全になど理解できない。


***

 


 俺は知らない病室で目を覚ました。ふと、何か違和感を感じたが、寝起きのせいかうまく考えられない。

(俺は……生きているのか)

 ゆっくりと部屋を見渡す。窓の外は夜で、蝉の鳴き声が遠くから聞こえる。

 どうやらベットは一つだけしかない、小さな個室のようだ。そして隣には、知らない男が立っていた。


 灰色のスーツを着た、ホストクラブで働いてそうな風貌の男は、俺と目が合うと口を開いた。


「初めまして、黒叢くろむら覇鐘はがねくん」

「……あなたは?」


 男は小さく頷く。

「いきなり知らない男がいて驚いただろうが、時間がないものでね。私の名前は西洞院仁和さいとういんにんな

 そこで一度区切り、彼は続ける。

「いちよう、君を助けたことになるのかな。よろしく」

 そう言って握手をしようと左手を(・・・)差しだしてきた。


(嫌がらせか……?)


 俺はあの男に左腕と左目を奪われた。これからは隻眼隻腕で生きていかなければいけない。

 

 そこまで考えて、目を落とすと、そこには両腕(・・)があった。



「義腕……」

 声に出して、すぐに違うことに気付いた。()()()()()()()()()()()()()

 

「動かしてみてくれ」

 仁和と名乗った男に言われるがまま、肘を曲げ、手を握る。痛みもなく動く。

「左目の方もどうだい」

 言われてみて、先ほど感じた違和感の正体に気付く。俺はしっかりと両目で見ていた。


「これはいったい?」

 義手や義腕ではありえない。

「さて、どこから話すべきか……」

 彼は、疲れ切った顔をしていた。よく見ると目の下に隈ができている。

「まずは座っても?」

「……どうぞ」

 少し変わっている人だなと思った。

 


***


「あなたのこと、どうお呼びすれば?」

「できれば仁和と呼んでほしいかな。実家とは絶縁状態でね」

 丸椅子に座った仁和が答える。不思議と話しやすい人だと思った。

「わかりました。では仁和さん、この腕と目は、あなたが?」

「そうだよ」


 自分の知る現在の科学ではありえない技術。それについて聞こうとすると、それを遮るように仁和が口を開く。

「黒叢くん、どうして『魔法』という概念があると思う?」


 いきなり魔法と言われ、何も言えなかった。彼は続ける。

「それは実際に存在するからだ。存在するから『魔法のよう』なんて形容がある。けれどその事実を知る者は少ない。どうしてだと思う?」

「さぁ……使える人間が少ないから、とか?」

「うん、あながち間違いではないよ。正確には使いこなせる(・・・・・・)人間が少ない」

 そこで仁和は少し考えこみ、また話し出す。

「魔法には『魔素』というエネルギーが必要不可欠だ。よく創作物で使われる言葉で言い換えるなら『魔力』かな。だが残念ながらこの世界には『魔素』がほとんどない。圧倒的に不足しているんだ」

「つまり、魔法では大したことができない、と?」

「そのとおり。魔法は科学に淘汰された。だから世間では知られていない。魔法を使える可能性のある人間は、それなりの数いるかもしれないけど、自覚のない人間が過半だろうね」

 不思議と納得できる話だった。こんな話をするということは、きっと仁和と名乗るこの男も魔法使いなのだろう。


「問題はそれだけでなくてね。魔素は少し特殊な性質を持っていて、『意思をもつ粒子』なんて呼ばれたりもするんだ。どうやら科学の発達した場所には寄りつかないらしく、科学的に観測できないらしい」

 そのため科学的に証明されず、大したことができなかった、と言うわけか。


「けれど近年、その魔素の濃度が急激に上昇していてね。私はその原因を調査しているんだ。そして黒叢くん」


 仁和はゆっくりと頭を下げ、言った。

「まずは謝罪を。君が戦ったあの男は私が追っていたんだ」


***



「やはりあの男も、魔法使い?」

()()()()()()()()()()()()

「おそらく?」

 俺は闘った時のことを思い出す。いつの間にか握られていたナイフ。痛覚を感じていないであろう身体。あれは確かに、魔法だった。


「あの男は魔法を使っていた。そういう意味では魔法使いで間違いない。だがあの男ら(・・)は普通じゃない。だからこそ追っていたんだ」

「……なるほど」

 つまりあの男と同じような存在が未だ複数いる訳か。


「俺が助けた少女の行方はわかりますか」

「その質問には簡潔に答えよう。()()()()()

「そうですか……」

 やはりあの少女も男と同じ存在。そして同じ目をしていた父親も、もしかしたら関係あるかもしれない。


「つまり俺のやった事は無駄だったと」

「それはどうだろう」

 そう言った後、仁和は頭を掻く。

「これは憶測だから言いたくないんだが……あの男は例の少女を処分しようとしていたんじゃないかな」

「処分?」

「あくまでも憶測だよ? けどあの子、はじめは逃げようとはしてなかったんだよ。なのに僕が君を助けるために魔法を使ったらさ、急に怯えだしたんだ。そして逃げられた。君はかなり危険な状態だったからね……追う余裕は無かった」

「……そうですか」

 ならこの仁和という男についていけば、この事件を追っていけば、また会うかもしれない。


「迷惑かもしれませんが、あなたと一緒にその事件を追ってもいいですか」

 俺がそういうと、仁和はひどく驚いた表情をしていた。

「……それも君の能力かい?」

「能力?」

「あぁいや、違うのか。えっと、どうして?」

「どうやら自分の過去と関係がありそうなので」


 仁和はしばらく目を閉じると、少し困り顔で口を開いた。

「もともと、君には協力してもらおうと思っていたんだ。その左目と左腕、実はかなりの貴重品でね。代金分、この事件を追うの手伝って欲しいんだ。どうやら君には特別な力があるみたいだからね。昔からやけに勘が鋭いと言われないか?」

「えぇ、まぁ。……それが、能力?」


「そう。君のその力、僕たちは『神の感覚』と呼んでいる。中でも君のは『第六感』だろう」

「……それはいったい?」

「簡単に言うと、人の限界を超えた勘の良さを持つ。それとは別にもう一つ能力があるはずなんだけど……まぁ、それは追々わかるだろう」


 そこまで言うと、仁和はまた、左手を差し出してきた。

「これからは仕事仲間だ。よろしく、ハガネ。敬語は使わないでいいよ」

「あぁ、わかった。よろしく、仁和」

 新しい左手の初仕事は握手だった。



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