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41.希望と絶望の天秤

「小羽ちゃんのお母さんですか?」


 俺は巨大三つ首一つ目モンスターから視線を逸らすことなく、床に倒れている女性に声を掛ける。


「え? あっ、はい。はい! そうです」


 良かった。間に合ったか。間一髪だぜ。


「小羽ちゃんは私が保護しています。無事です。お母さんは大丈夫ですか」


「はねは……小羽はぶじなんですね…………すみません。私は足が挟まって」


 喜色を含んだ涙ぐんだ声。だが、続いたのは痛みに歪む声色。


 ちらりと視線を送れば、どうやら倒れた棚の隙間に足を挟んでしまったみたいだ。抜け出そうと足を引っ張ているが、痛みもあるのか顔を顰め上手くいかない。


 モンスターさえ居なきゃ、持ち上げられそうなんだが、目の前の巨大三つ首一つ目モンスターはやる気らしく残った二つの首を揺らしながら、黄色い瞳で睨んでいやがる。流石にこの状況で背を向けて救助を行うのは無理そうだ。


「小羽ちゃんのお母さん。あのモンスターを何とかします。しばらく待っていてください」


 返事を聞く事無く、俺は巨大三つ首一つ目モンスターに仕掛ける。


 と言っても闇雲に攻撃はできねえ。モンスターの位置を意識して戦わないと、身動きの取れない小羽ちゃんのお母さんが襲われでもしたら目も当てられない。


 突き出す槍が巨大三つ首一つ目モンスターの身体を掠め、奴の毛と血が飛ぶ。


 後ろにステップを踏んで、爪の横なぎを躱し、床に手をつき、奴の後ろ足付近の床を簡易転送で楽園に送る。巨体が傾き、無防備な脇腹を晒した。槍の穂先を突き立てる。皮を貫き、肉を抉る。けれど骨が内臓まで届かせない。


「こなくそ!」


 突き立てた槍を蹴って足で押し込むと、骨を貫く感触が靴底から伝わってくる。


 嫌な感触が分かるようになっちまたもんだぜ。


 このまま内深くまで蹴りつけてやろうかと思ったが、牙が俺の足を噛み砕かんと顎門を開く。


 俺はそのまま距離を取り、薪割り斧を取り出すと、横っ腹から槍を生やした巨大三つ首一つ目モンスターとの距離を再び詰める。


 低い体勢のまま、奴の後ろ脚に斧を振るうおうとするが、逆に無事な二本の首がしなる様に襲いかかってきた。


 まだ、動きは鋭いな。


 丸太の様な首の横薙ぎを躱すと同時に素早く左手でケースから取り出した鉈で胴を斬りつける。


 浅いか?


 つづけざまに鋭い爪の一撃を鉈で弾き、逸らす。右手の斧で態勢が崩れた前脚を狙うが、僅かに皮と肉を削ぐだけに留まる。


 や、やりにくい。


 常に小羽ちゃんのお母さんを意識しながら、立ち位置を考えてつつ、巨大三つ首一つ目モンスターとやり合う。


 これまでは1人だったし、何も制限無く自由に動けていたからな。制限があるとこんなにも違うとはな。


 胴体に突き刺さった槍のダメージを感じさせない動きは流石だが、前脚の爪と首を使った払いと、あとは噛みつきくらいしか今のところは攻撃のパターンは無い為、脅威となる程のものじゃねえ。


 だが、何か隠れた能力があるかもしれない。早めにカタをつけた方が良いだろうな。


 俺は鉈をケースに直して、両手で斧を構える。


 …………床を蹴って、巨大三つ首一つ目モンスターのダメージを受けて丸まって動かない首の側に踏み込む。


 死角になるのか動きに精彩が無い。


 前脚もらった!


 斧が前脚の関節を捉える。手には骨が砕ける様な鈍い感触。


 力任せに斧の刃を引き抜く。「ギビャアァア!!」と耳障りな叫び声が響く中、再び身体の位置を入れ替えて斧を振るった。


 だが前脚を一本失った巨大三つ首一つ目モンスターはそれでも残った脚でバランスを崩しながらも後退し、追撃を逃れる。


 右の首一本と右の前脚、脇腹には槍。満身創痍といった状態ではあるが、まだ戦意は喪失していないみたいだな。


 黄色の目と睨み合い、俺は隙を探る。


 このまま押し切ろうと考えていたその時、巨大三つ首一つ目モンスターの様子が変わった。


「!?」


 狂った様に無事な頭が暴れ出す。


 何だ? 急にパニックにでもなったのか?


 だが、更に予想外の行動が目の前で繰り広げられていく。丸まって動かない首筋に噛みつき始めたのだ。血飛沫が奴自身を染める。


 おい、おい、ホントどうしたんだよ。だが、チャンスだ。変なことが起こる前に仕留める!


 俺は一歩足を踏み出そうとした。


 え?


 ぼとりと床に巨大三つ首一つ目モンスターの切り離された既に肉の塊となった首が落ち、自らに食らいついた首二本。


 その内の一本。巨大な目が赤く、ギラギラと暗闇の中で炎の如く揺らく。


 その紅き目が俺を捉えた。


 その瞬間、全身を強烈な不快感が駆け巡る。


 強烈な目眩に吐き気。


 一旦距離を取ろうと膝に力を込めようとして気がつく。


 あ、足が動かない!?


 いや違う! 足だけではない。指も腕も動かない。


 俺から視線を外すことの無い黄色から赤色へと変わった目。


 もしかして、あの色の変わった目の影響か?


 巨大三つ首一つ目モンスターが近づいてくる。


 不味い!


 動けと身体に力を込めるが、まるで言うことを聞かない。


 クソ! どうにかしない………!?


 激しい衝撃と共に俺は壁に打ち付けられる。


 痛みが全身に広がる。何より身体が動かず受け身も取れない。ただ映像でも見ているかのよう。


 そして視線の先では、巨大三つ首一つ目モンスターが、紅い目を俺から逸らす事なく近づいていく。


 ………うそだろ!


 そっちじゃねえ!! こっちに来い! おい!!


 だが叫び声すら出ない。横倒しになった俺の視界の中で小羽ちゃんのお母さんに向かって。ゆっくりと。






 クソが! 動け!! 動けよ!!!


 頭の中で叫び、身体を起こそうとする。


 何で動かない! どうにか………は?


 その時、俺は自分の目を疑った。


 小羽ちゃんのお母さんと巨大三つ首一つ目モンスターの間に小さい黒い影が飛び込んできたのだ。



 意味がわからない。


 見間違いであって欲しかった。


 動かない身体。動かせない視界の中で、危険だと思って、ドアを塞いでドラッグストアコーナーの事務所から出られるないようにしていた、小さい女の子が、今この場にいるのだろう。


「はねちゃん!!!!!!」


 悲痛な小羽ちゃんのお母さんの叫び声で、どうしようもなく残酷な現実が突きつけられた。


 俺にお母さんを助けてとお願いしてきた女の子、小羽ちゃんは片手を広げて、床に落ちているものを拾っては巨大三つ首一つ目モンスターに向かって投げている。


「おかあちゃんをいじめるな~」


 奴の足元にも届かない。


「あっちいけ~!」


「はねちゃん!!やめて!!!はやく逃げなさい!!!」


 小羽ちゃんのお母さんの絶叫。


「はやく!!!逃げて!!はね!!」


 だが小羽ちゃんは動こうとはしない。


 投げるものが無くなったのか、背負っていた人形を胸に抱きしめ、それでも、小羽ちゃんのお母さんの前から退かない。


 やめてくれ。お願いだ。勘弁してくれよ。


 ああ。


 そして、巨大三つ首一つ目モンスターに隠れて小羽ちゃん達が見えなくなった。


















 娘の名を呼ぶ母親の叫び声。


 吹き飛ばされて宙を飛ぶ影。


 激しい音と共に棚に打ち付けられて、まるで雪のように羽毛が舞う。


 そして舞い落ちた後は赤い絨毯へと変わっていく。


「……は、ははは」


 誰かが笑っていると思った。………………俺だった。


「いったいなんだよこれ」








 身体を起こした俺が目にしたのは、吹き飛び寝具が並ぶ棚にぶつかった巨大三つ首一つ目モンスターと、小羽ちゃんを守るかのように立ち塞がる、もう一体の巨大なモンスター。


 いや……あれは、小羽ちゃんの持っていた――――――――


「まるまじろのデミちゃん! おばけさんをやっつけて!」


「でみー!」


――――――――巨大化した上にリアルな質感になった人形であった。



 クルリと丸くなったデミちゃんと呼ばれた人形は、物凄い勢いで巨大三つ首一つ目モンスターに向かって転がっていく。


 棚とデミちゃんに挟まれた巨大三つ首一つ目モンスターは、苦しげな叫び声を上げる。


 団子状態を解いたデミちゃんはそのまま体当たりを繰り返す。


 負けじと巨大三つ首一つ目モンスターも噛みつこうとするが、デミちゃんの頭突きをくらい、赤目では無い首が嫌な音を立てて潰される。


 目の前で繰り広げられる巨大怪獣大戦争。



 ……………すげえ……!? そういえば身体が動く!!



 俺は急いで落ちていた斧を拾う。


「でみ~」


 顔を上げると、デミちゃんはいつの間にか半分くらいの大きさになっていて、巨大三つ首一つ目モンスターに押し負けている。


 あっ!



 ついに元の人形と変わらない大きさというか人形に戻ったようで、床に転がった。巨大三つ首一つ目モンスターは人形に向けて牙を向け――――――――。



「お前の相手はそっちじゃねえよ!!!」


 振り抜いた斧の刃先が紅い目を捉え、頭蓋ごと破砕した。






「はねちゃん!」


「おがあぢゃん~」


 小羽ちゃんのお母さんの足から棚を退かすと、二人は抱き合う。


 涙を流しながら、お互いに無事を確認しあっている。


 ぐしぐしと泣く小羽ちゃんに静かに頬を濡らす小羽ちゃんのお母さん。


 俺は、そっと二人から少しだけ離れた。


 二人からは死角になる場所で、壁に背をつけ寄りかかる。


 よかった。ホントに良かった。


 「よ、よがっ……ひぐっ。ひぎっ。よ、よがっだ」



 だ、ダメなんだよ。俺は涙脆いんだよ。こんちきしょう。


 そして誰よりも大きな声で嗚咽を漏らしていた。





天秤ごとひっくり返したのは今回のMVP小羽ちゃん自身の力技でした。


主人公頑張れ。その座を奪われるな。


それでは、少しでもハラハラドキドキしてもらえたのなら嬉しいです。


ブックマーク・評価いつでもどしどしお待ちしておりますよ~。


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