38.なぜこんな訳の分からない人形に熱くなったのかと、俺はUFOキャッチャーの前で人形を手に佇んだ。
温泉に入り、着替えや食事を済ませる頃には身体の調子もだいぶ戻ってきた。少し気だるさはあるが、痛みは既に無い。楽園温泉様々だな。
楽園からドラッグストアコーナー奥の事務所に転移した俺は、まず手始めに『簡易入口機能』を試そうとドラッグストアコーナーから基地に向けて移動した。
既にこの辺りのモンスターは倒しきったのかカエルモンスターやゴブリンとも会うことは無く、無事に基地には到着する事が出来た。
だが、いつ他の場所からモンスターがやってくるか分からないからな。注意はしないと。それじゃあ、さっそく、新しく解放した『簡易入口機能』を試すとしますか。
「簡易入口」
基本、俺の『楽園創生』は意識する事で発動する。スキル名を呼んだりする必要は無いのだが、そこは気分というやつだ。
次の瞬間には楽園に転移している。そこまではいつもの転移と変わらない。
だが、一つ違う点。それは楽園の床から立ち昇る輝く円形の光の柱。
色は黄金色で、直径は1メートルくらい。高さは俺の腰あたりで、そこから上は色が薄くなっている。
「また、何とも漫画みたいだな~」
俺はその光の柱に足を踏み入れる。
「おお~」
特に意識した訳では無いが、俺は基地に転移していた。そして何より驚いたのが、基地にも楽園で見たのと同じ光の柱が存在している。
「これが、簡易入口を設置したって事になるんだろうな。それにしても、楽園の外でこんな光景が見れるのは本当に不思議だ」
よく見るとただ床から光が昇っているだけでは無く、幾つもの小さな光る粒が、ゆっくりとゆらゆらと上昇しており、何処か幻想的な雰囲気に胸が高まる。
…………いかん。見入ってしまった。詳細説明だと、この光は俺にしか見えないんだよな。
もう一度光の中に足を踏み入れると、再度楽園に転移していた。
今度は普通に転移を試す。『簡易入口』では無く、何時もの様な転移を意識する。
そして俺は、最後に転移を行った、ドラッグストアコーナーの事務所に移動していた。これは、凄いな。距離に制限もないのか?だったらある意味ワープだよな。凄い使える機能だと感じる。活動の幅が大きく広がりそうだぜ。
次は新たに巨大擬態カエルモンスターを倒して解放したドラッグストアコーナーに手を入れていく。ドラッグストアコーナーの入口は開けている為、中々バリケードで塞ぐのは大変そうであるが、ひとつアイデアはあるのだ。
〜〜4時間後〜〜
「………結構………………いいんじゃない?」
出来上がった、バリケード前で出来の良さに満足する。もしかしたらバリケード造りの才能が開花したのかも。
ドラッグストアコーナー入り口に並べられた鉄製の丈夫な商品棚が並び、隙間を様々な商品で埋めてゴムホースやチューブなどで結んで補強している。床にボルトで固定されていた鉄製の商品棚。商品を降ろし、ボルトを外せば、持ち上げる事は難しかったが、引きずって移動させることができた。
巨大サソリモンスターが放り投げた商品棚と巨大擬態カエルモンスターが商品棚にぶつかった際にボルトが歪んだのを見て考えついたのだが、自分が動かせるとは思っていなかったからなあ。
これでドラッグストアコーナーは弐号基地とする。当然、壱号基地は多目的トイレだ。
ドラッグストアコーナーは薬品だけでなく、飲食料も充実していて、サプリメントなんかもある。奥の事務室とは別の扉には在庫であろう段ボールが積まれていたので、しばらくは物資の心配も無いだろう。
アウトドアコーナーにあった非常食以外の食料で久しぶりに腹を満たした後は、ドラッグストアコーナーより更に奥となる、基地とは反対側に向けて探索を行うことに決めた。
パンフレットにはドラッグストアコーナーの先には一階への階段ががあると記載されている。次の目標は一階に降りて、どうにか外の状況を確認したいのだ。
瑠璃特製の槍を手に未知の領域に向けて歩き出した。
………………また、この感じか。
ドラッグストアコーナーを出発して1時間程経っただろうか。カエルモンスターと擬態カエルモンスターと遭遇し撃破後は、しばらくモンスターと会うことは無かったのだが、ここに来て肌で感じる空気の感触が急に変わった。
初めてカエルモンスター達のテリトリーに入った時と同じ、悪寒にも似た背筋が震える感覚。
恐らく、別のモンスターが支配しているのではないかと想像する。ゴブリンにカエルモンスター、お次はどの様なモンスターだろう。
ホント嫌な雰囲気だぜ。
いつでも戦闘に突入出来るように周囲に注意しながら移動するが、そろそろ時間的にも引き上げた方が良いかと悩む。
無理は禁物だ。引き上げよう。
その時、壁際に見慣れた表示が目に入った。簡略化された男性と女性を表すマーク。『トイレ』が近くにあるらしい。
取り敢えずそこまで探索したら、弐号基地に戻ろう。
俺は壁沿いにトイレのある通路を目指して進むが、すぐに異変に気がついた。
僅かに聞こえる物音。
耳を澄まし、集中すると、先のトイレに繋がる通路の奥から聞こえる。一体なんの音だ?
一歩一歩と近づいて、通路を覗く。通路の折れた先から、ガリガリと引っ掻く音やドンとぶつかる音がする。
ゆっくりと槍を構えて通路を進み、曲がり角から顔を半分出して様子を伺った。
あれは………一つ目モンスターだな。
2匹の一つ目モンスターの後ろ姿。何をしているのかと一瞬考えて、1匹が多目的トイレに体当たりしたと同時にある可能性が頭をよぎる。
まさか!?
そう思った次には俺の足が床を蹴り、鋭い槍の先端が一つ目モンスターの首元に突き刺さっていた。
一つ目モンスターを奇襲して倒した俺は、落ち着けと自分に言い聞かせる。
心臓の音がうるさいし、息も乱れている。
だがそれは戦闘によるものでは無い。
ポケットから取り落としそうになったライトが揺れながら照らす先。
赤。
トイレの鍵部分。中から鍵を掛けている目印。
青色では無い。
赤色だ。
俺は周囲を確認し、モンスターが近くにいないことを確認して………………ノックをする。
コンコン。
軽めにノックしたつもりが、思っていたより大きく聞こえる。
「も、も、もしかして、ど、どなたか、いますか? 外のモン、ば、化け物は倒しましたので………安全です」
息が詰まり、飲み込んだ唾が気管に入りそうになり咽ながらも、絞り出すように声を掛ける。
だが扉は開かない。
もう一度、俺は震える手でノックしようとして、固まる。
ガチャリ。
赤から青に色が変わり、ゆっくりと扉が横にスライドしていく。
「!?」
一瞬身構えた俺の目の前には茶色のモンスター………では無く、大きなアルマジロのヌイグルミを抱えた、女の子が、クリッとした目にいっぱいの涙を浮かべ、立っていた。
他には誰もいない。
信じられなかった。まだ小学生かどうかも分からない女の子だ。
女の子は俺に泣きながらしがみついてくる。怖かったのだろう。
人。
生存者だ。
たった一人の小さな女の子。
よく見るとボロボロだ。
だが生きている。
生きて………………。
女の子に声を掛けようとして、フッヒュと俺の喉から可笑しな音が漏れた。ライトが床に落ちて転がって丸い光りが床を照らす。
俺は力が抜け床に膝がついた。女の子と同じ視線の高さになる。
自分でも良く分からない。本当は心配させないように振舞わなければいけないと頭ではわかっているのだ。
良かった。頑張った。もう大丈夫だと伝えたかった。だが、声にならない。涙が止まらない。俺の喉からはアホみたいに嗚咽だけが次から次へと溢れてくる。
情け無い事に俺は女の子の頭を抱えて一緒に泣く事しか出来なかった。
けれども女の子は俺と目が合うと涙を堪えて真剣な表情で質問をしてきた。
「おにいじゃんは、じえだいさんでずが?」
じえだいさん? 自衛隊さんと言いたいのか? だが次の言葉で俺は一気に現実に引き戻される。
「じえだいしゃん!! お、お、おがあちゃんを、だずけて!!」
ガツンと頭をぶん殴られたような衝撃。それはまるで高谷さんの時と鏡写しの状況であった。
かきくえば、お腹ピーヒャラ、ノロウイルス!
皆様もお気を付けください。
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筆者のライフはもうゼロよ!!(腹痛的に)