37.閑話 瑠璃 後編
続きです。
身体に広がる膨大な栄養。
その中から今必要となる知識を判別。スマホの大容量ストレージに記憶された動画の中から医療系のデータをダウンロードしていく。
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………………ダウンロード中
…………ダウンロード中
……ダウンロード中
ダウンロード中
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血も肉も通わない、ただのスキルの一部でしかないナビゲーター。けれども、身体に漂う分解されたデータが、ナビゲーターを更に進化させる。
殻を破った雛鳥が数段飛ばして成長の階段を駆け上がるように。
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ダウンロード中
………………………ダウンロード終了
統合開始
………………………統合中
…………統合中
……統合中
統合終了
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《ワタシが、マスターをスクいます》
そこには、先程まで慌てふためくナビゲーターの姿は無く、鉗子と糸のついた針を構えるは、幾多の手術を乗り越えてきた女医の如き佇まい。
《オペをカイシします!》
因みに女医さんなのは、スマホに大人なビデオのデータがあったからなのだが、それは別のお話。
包帯を巻き終わると、ナビゲーターは宮崎の顔を覗き込む。荒かった呼吸も落ちついている様子にホッとするナビゲーター。手首に触れて脈を測る。
とくんとくんと命の鼓動。
《フシギ》
何故か落ち着く。
とくんとくんとくんとくんとくんとくん。
《キ、キンチョウする》
タブレットPC形態のナビゲーターの前にはキョロキョロと楽園内を見渡す宮崎。足には包帯が巻かれている。 意識が戻り再び楽園に転移してきたのだ。
部屋の隅には綺麗に並べられた災害用袋の中身やサバイバルキット。
宮崎はそれらを見て一度安心した表情を浮かべるが、再び辺りを見渡している。
《どうしよう……タイミングノがした……》
何せタブレットPC形態以外の姿を宮崎は知らない。
《コワがられないかな………キラわれたらイヤだな》
もしかしたら叫ばれて叩かれたり、逃げられたらと思うと、痛みなど感じる筈のない液晶の奥がズキリと軋む。
そんなナビゲーターの葛藤など知らない宮崎は腹の音に苦笑いを浮かべ――――――――
《アッ!》
非常食に手を伸ばそうとして顔を歪める。
その顔を見た瞬間に不安や恐怖は吹き飛んだ。体が勝手に動き出す。
呆気に取られる宮崎を他所に、水の入ったペットボトルと非常食を自身の背に乗せてナビゲーターは宮崎に近づいて、そして固まる。
お互いに見つめ合う。張り詰めた空気が流れて、それでもナビゲーターは勇気を振り絞って背中に乗せた食料を脚で指し、宮崎に取るように促す。
《マスタ、おナカがスイてる》
ナビゲーターの行動に驚いた顔をしながらも
「………………………持ってきてくれたのか?」
と意図を理解し宮崎はペットボトルと非常食を受け取った。
《ドキドキ》
すると、固かった宮崎の表情がふにゃりと崩れる。
「ありがとう」
戸惑いの少しだけ含まれるた感謝の言葉。
それでも嬉しくて、液晶の奥から溢れる思いと一緒にピョンピョンと飛び跳ねる。
《やったー。マスターに………………………おトウさんに、おカアさんにおレイイッてもらった!!!》
ピョンピョン跳ねるナビゲーターを少し困った様な、けれども優しい瞳で眺める宮崎は非常食の羊羹を齧り、その味と甘さに生きている実感から一雫涙を流す。
《マスター、ダイジョウブ?》
そしてそんな宮崎の様子を心配するナビゲーターに宮崎は涙そのままに液晶をそっと撫でるのであった。
その後も色々とあった。
女医モードで宮崎の足の傷を消毒した時に子供の様に痛がりパタパタする宮崎を見て、「かわいい」と感じた不思議な感情に戸惑った。
また、宮崎と深く繋がっている楽園。それはナビゲーターも一緒で――――――――
《キャー!アブない!ヨケてヨケて!!》
宮崎から伝わってくるハイゴブリンとの戦闘映像に冷や汗をかきながら応援した。
裸でポーズを取る宮崎に《キレてるよ。マスター》と声援を送ったが上手く通じず謝られた事もあった。
ズボンの裾直しをして宮崎に褒められた。嬉しかった。
何処か、ふと辛そうな顔をした宮崎に液晶の奥が割れる様な思いにもなった。
そして、ナビゲーターにとって大きな、本当に大きな出来事。
楽園に転移した宮崎がナビゲーターを持ち上げていった一言。
「名前つけようか」
その時の感情を、ナビゲーターは上手く表現出来ない。ただもしも可能ならば、溢れる感情を抑える事なく涙に変えてみたかった。
「くも作とタブ造、あとナビ助だとどれがいい?」
涙は止まった。
どうやら宮崎が子供の頃に飼っていた犬の名前から取ったのだとわかったが、流石にナビゲーター的に遠慮したい。
《もっとカワイいナマエがいいな》
「………瑠璃色とか」
その瞬間、宮崎から流れてくる映像。宮崎が子供の頃に両親と見た夜が明ける空の色。
《コレがいい!!》
ピョンと跳ねて、そしてその日、ナビゲーターは『瑠璃』になった。
《わーい。ウレしいな。やったー》
そんな瑠璃の様子を宮崎は嬉しそうに眺めて言う。
「そんじゃ、これからもよろしくな、瑠璃」
《ハイ!!マスター!!!》
ビシッと脚を挙げ敬礼する瑠璃であった。
瑠璃の物語。
いかがだったでしょうか。今後も折を見て瑠璃の物語を挟んでいきたいと思います。
拙い作品ですが、少しでも興味をお持ちいただけましたらブックマーク・評価をよろしくお願い致します。
それではまたのご来場をお待ち申し上げております。