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36.閑話 瑠璃 前編

閑話は3人称になります。

 世界にモンスターと呼ばれる化け物が現れた瞬間に、そこに住まう人間にも変化が起きた。


 あるべき事象は混ざり合い新たなものへと改変される。人々の悲鳴や怒号、血や命が舞い散る中で産声を上げたのは、レベルやステータス、そして『スキル』という新しい概念。


 その中で、運良くモンスターを倒してレベルが上がり、スキルを獲得した一人の男がいる。その名は宮崎海斗。元肥満ぎみの中年男性だ。


 宮崎はゲーム好きで人の良い陽気な男であったが、何処にでもいるような、少なくとも絶望に彩られた新たなる世界でまともに生存できる力など持ち合わせていない、単なる独身貴族。


 けれども宮崎は戦い生き残っていた。必死にもがいて足掻いている。


 人の命が想いがモンスターの一振りの爪で簡単に潰える地獄のようなそんな状況でも彼が、恐怖に押し潰されず、孤独に蝕まれ事のないように、陰で支えた存在がいた。


 これは、彼のスキル『楽園創生』から変異と進化を重ねて、自我を獲得した、タブレットPC型楽園創生内サポートナビゲーター、通称蜘蛛タブレット『瑠璃』の物語である。







 宮崎が『安全な避難場所』という無意識の望みを叶える為に生まれた『楽園創生』と言う世界にただ一つの変異スキル。


 本来あるべき『スキル』の形から、変異し歪み捻れて発生した『楽園創生』は、独特で多くの可能性を含みながらも、バランスを欠いた欠陥品であった。


 通常ならば、レベルの上昇は必要な経験値に到達する事でその場で上昇し、ステータスは本人の視界内で自由表示できるものなのだ。


 だが、歪なる『楽園創生』はその性質状、保持者の精神と深く強い繋がり、そのスキル内でしか機能や能力の影響を及ぼす事が出来なかった。




 始めそれは只の情報端末のツールであった。


 保持者である宮崎が、初めて訪れた彼自身の『楽園創生』内で、状況の説明を求めた彼の心の声に応える為にそれはその瞬間にカタチを成した。



 通常ならば自由に閲覧できる、レベルやステータスだが、楽園内でしか知ることができない宮崎に伝える『楽園創生』というスキルを使用する為のサポート用の端末でしかなく、意思も意志もあやふやな存在。


 何より宮崎がタブレットPCぽいと思った事で初めて型を成したのだ。もしも宮崎がノートパソコンっぽいと強く思えば、ノートパソコンを形態の端末になっていた。


 宮崎がタブレットPCと意識した事で型を確立したサポート端末ではあるが、ある時、大きな転機を迎える。



 自我の確立である。




 床に置かれたタブレットPCが初めて自我を得た時を同じくして楽園に転移してきた血だらけの宮崎。むしろその逆なのかも知れない。


 『誰か助けて』との宮崎の望みとレベルが上昇した『楽園創生』から、情報端末でしか無かったタブレットPCはその望みを叶える為に、移動する為の脚を、状況を判断する為の意識を得る。


 その姿はゲーム好きの宮崎の無意識から出来上がったもの。ファミコンのゲーム基盤のCPUに近い。


 だが器用な脚を考え行動出来る知能を得ても、サポートナビゲーターは困惑していた。






 目の前には、床で倒れ苦しんでる自分のマスターである宮崎がいる。


 だがどうしていいのかわからずに宮崎の周りをウロウロするばかりだ。


《ワカンナイ。ドウシタライイノカ、ワカンナイヨ》


 頭の中で慌てふためく声が響く。何といっても、宮崎から発生したスキルだ。宮崎が持つ知識以上の事なんか出来ないのだ。


《マスター。イガクチシキ、アイマイスギ》


 癌と認知症の父親の最期を看取る為、会社を辞めて田舎に越してきた宮崎の知識は、介護や癌については充実していたが、傷の手当てに関して簡単なものしか無かった。


《トリアエズ、シケツ? ショウドク? イソガナイト!》


 その小さな身体からは想像出来ない怪力で、宮崎を仰向けにする。転移されてきたサバイバル用のリュックサックから見つけた救急医療用キットを広げて息を呑む。


《ガンバレ! ワタシハヤレルコ!!》


 ハサミでジーンズ何とかを切り取り、大きく切り裂かれた傷口と対面する。


《ム………………ムリ!! コンナノムリ!!!》


 深く広い傷口を見て、自分には無理だと脚を縮こませる。


《ウ~》


 泣けないが泣きそうになる。血が怖い。


 けれども、マスターを助けないと!との気持ちが、ナビゲーターを後押しする。


 今だからこそ僅かに判る、マスターについて。


 震える手で、泣きそうな顔で、ナビゲーターである自分を持っていた記憶。


 強かった振りが上手いマスター。


《ワタシガシッカリシナイト》


 けれども、正しい知識も無い。全て手探りだ。どうすればいい――――――――――――。


 そんなナビゲーターの思考が中断される。


 微かに感じ取る栄養(ちしき)の匂い。


 宮崎の後ろポケットから漂っている。


 ナビゲーターは器用にそれを取り出した。


 美味しそうな栄養(ちしき)の匂いがするそれは自分に似た形をした、スマートフォンだった。


 ………………………。


 液晶に乗せてみた。


 意識しての事ではなかった。ナビゲーターとして必要だと判断した訳ではない。強いて言うなら本能。


 バリバリガリガリボリボリ。


 この世から一台のスマートフォンが姿を消した。




つづく。



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