29・偽善者
前回投稿した分を加筆・修正した内容になります。
あんまり変わってないかも知れませんが、少しでも分かりやすくなっていればと願います。
これ以上は作者の表現力だと難しいので、ご了承くださいませ。
モンスターの気配は無い。
狭く、暗い空間で、俺は静かに耳を傾ける。
彼、高谷さんは絞り出す様に、モンスターが現れたあの日からの出来事を語ってくれた。
時折、支離滅裂な内容になったり、話が飛んだりするが、それでも俺にこれまでの情報と経験してきた事を伝えながら、最後に高谷さん何かを覚悟するような表情をした。
彼が最後に望むもの。
俺が高谷さんの足のケガを見つけて近寄ったその時に、すぐ理解してしまった。血の、命の零れる匂い。
壊れた自動ドアの入口から続く、黒い水の跡。
彼の破れた服の隙間から覗く、無くなった皮膚と暗闇でも映える、赤黒く染まった白が何なのかを、レベルが上がり暗闇でも視界が確保できる俺に、否応にもどうしようもない現実を突きつけてきやがった。
くそったれだ。
俺には何もできやしない。
もしかしたら楽園温泉なら助かるんじゃねえかとも一瞬頭を過った。
試そうとした。けれどやっぱり駄目だった。
『スキル制限』
楽園は俺しか受け入れない。俺が生き物や生きている物体だと、意識、無意識に思ったものは楽園に移動できない。
それだけじゃあ無い。楽園への移動は生き物に見られていると発動すらしない。
ただ、俺の為だけに存在するスキル。それが『楽園創生』。
俺に縋り付くように身体を寄せてくる高谷さん。
彼が背を預けていた壁にはベッタリと血がこびりついている。
やはり背にあるはずの皮膚も肉もごっそりと無い。
その顔は救えなかったあの青年と重なった。
高谷さんが、ぎこちない仕草でポケットに手を入れた。一瞬動きが止まり、そして震える手で財布を差し出してくる。
高谷さんは泣いていた。
ボロボロと大粒の涙を流している。
「カード………………の暗証番号◯◯◯◯です」
「はい」
クソ。ちくしょう。
「全然………足りない………とは思いますが、お願いが………あります」
「はい。………何でしょうか」
何でだよ。クソ、くそ!くそが!!
やっと出会えた生存者だ。こんな瀕死の状態で声を荒げて命を救ってくれた恩人なんだぞ。
「言ってください。高谷さん!私に出来ることはありませんか?」
そして、明らかにぼかしていた何かを高谷さんは嗚咽の混じる声でやっと俺に伝えてくれた。
「お、お願いじまず。なんでもじまず。ぞのカバンを息子に、お願いじまず」
駆ける。
駆ける。
床に散乱した商品を飛び越える。
高谷さんから託されたカバンを手に駆ける。
そこまで遠い場所じゃない。
商品棚を曲がる。
目的地が見えてきた。
何とかモンスター達から逃げて、職員用の控え室に隠れて、けど怪我した息子さんが弱っていくのを見ているしか出来ないくて。
懺悔にも似た高谷さんの言葉が頭に響く。
仲間の生存者の犠牲と共に何とかドラッグストアコーナーから調達したクスリの入ったカバンを握りしめる。
息子さんの症状を確認して、一度瑠璃にどうすればいいか聞いてみよう。
どうにかして助けて見せる。
そして職員用の控え室前。
何故?
何故?
何でだよ!
高谷さん達が作ったであろう俺の腰の高さ程の商品を重ねたバリケードの向こ側。
どうしてドアが破られている?
血の濃い匂いがする?
頭に冷たい鉄の棒でも差し込まれた気分だ。
足元がふらふらとおぼつかない。
変だな。
俺はバリケードを乗り越えて、休憩室に近づいた。
中に入る。
激しく争った跡のある室内。
壁にも床にも飛び散った血の跡は既に乾いている。
そこにいるのは数匹のカエルモンスターと擬態カエルモンスター。
俺は歪んだ空間に静かに斧を振り下ろした。
「高谷さん」
俺はATMコーナーに戻り静かに眠るような横になった高谷さんに声を掛ける。
「………………………………み、宮崎………さん?」
「そうです」
「すみ………ま………よく見え…なくて」
「いえ。喋らなくて大丈夫ですよ」
俺は高谷さんの冷たい手を力強く握る。じゃないと声が震えてしまう。
「安心して下さい。 息子さんは無事です。私の作った拠点に避難しています。怪我も仲間が治療しています。」
「そ……うですか」
「はい…………だから――――――――――」
俺は今どんな顔をしているのだろうか。
「よかった………ありが………とうご………………………………」
安心した顔の高谷さんの手から力が抜けた。
「っーーーー!!」
シンと静寂が回りを包む。
何が正しいのか俺みたいなのにはわからない。
何が出来たのだろう。
俺は高谷さんの胸の上に唯一休憩室で残っていた子供用の小さな帽子をそっと置いた。
嘘つきだ。
ああ、俺は何て酷い嘘つきなんだろうか。
俺は基地に帰り着き、楽園に移動する。
傷だらけの俺を見て、瑠璃が心配そうに足元をウロウロしている。
「大丈夫だよ」
瑠璃に声を掛けて、そのまま、温泉に浸かる。傷がしみる。
帰り道の事はあんまり覚えていないな。
それにしても今日の温泉はやけに熱く感じる。
助けられなかった青年。
冷たい子供の亡骸。
高谷さん親子。
ぐるぐる頭を過る光景。
本当に湯が熱いな。
汗が目に入らないように天井を仰ぎみるが、湯気のせいか良く見えない。
何故だろうな。
親父と母さんの葬式の時みたいだ。
俺は零れ落ちそうになる嗚咽をお湯に浸かって誤魔化した。
温泉から上がり、着替えを済ませると、俺はマットに座った。
目の前には瑠璃が身動きせずに、佇んでいる。
「なあ、瑠璃。俺はさ、どこかこんな世界になってさ、楽しんでいる自分がいるのは知っていたんだけどさ」
瑠璃は動かない。
「両親ももういないし、兄弟もいない。結婚もしてないし、親父の介護の為に仕事も辞めて、特に知り合いも少ないからさ、モンスターとか出てきても、まあ、気持ち的には、焦りみたいなものは無かったんだけどさ、今日みたいのは辛いんだよな」
瑠璃は無言で促す。
「駄目なんだよな、俺。だからさ、もしかしたら、無駄で意味の無い、自己満足かも知れないけどさ、色々やれる事をさ、やってみようと思うんだよな」
ただそれは、自分が嫌だから。誰かの為なんかじゃない。俺が気持ちよく飯食って、風呂入って寝て、明日を迎える為の、上辺だけの善行だ。それでいい。
「そうだな。何て言うんだけこういうの。偽善者でいいのか? あれだやらない善よりやる偽善? あってるのかは分からんが、細かい意味なんかはそんなのはどうでもいい。そうだな王様、ここのホームセンターでさ、偽善者の王様として、今まで以上に自分勝手にやりたいようにやってやろうと思うんだよ」
瑠璃はただ静かに近づいてくる。
「やっぱり、後悔はしたくないんだよな」
俺は寄り添う瑠璃の背を撫でた。
中々話が進まなくて申し訳ありませぬ。
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筆者がぐっすり眠れます。
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