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第54話 吉崎御坊再興


     ◇


 天正四年九月。


 加賀を平定したわたしは越中の国境を超えることなく、一旦越前へと帰国した。

 これは加賀の仕置きを優先したためで、結局のところ正信の言を入れた形となっている。


 金沢城の普請を急がせつつ、その城主には堀江景忠を置いた。

 つまり加賀一国を気前良く景忠に与えたのである。


 さすがにこのような人事は想像していなかったらしく、景忠はぽかんとしてわたしを見返していた。

 まさか一国を任されるとは夢にも思っていなかったらしい。


「わたしの方針に則りさえすれば、細部はお前に任せる。基本的には一向衆門徒どもをうまく懐柔することと、あとは国力の増強だ。来年には越中へと侵攻するつもりであるから、そのための準備も整えておくように。特に金沢城の完成は急がせろ」

「はっ……ありがたき幸せにて。されど、まことによろしいのですか?」

「うん? 何がだ?」


 どこか言いにくそうな景忠へと、わたしは首を傾げてみせた。


「それがしは今でこそ家臣筆頭の地位をいただいておりますが、かつては朝倉を放逐された身。しかも一向一揆と結んだ謀反の疑いで、です。そのような者を、この加賀の地において、安心できなさるので?」

「ああ、裏切りたいのなら裏切っていいぞ?」


 わたしは笑みを浮かべてそう言ってやった。


「仕返しをするのがとても愉しみになるからな」

「いや……そのようなことは決して。それがしもいい歳にございますが、ようやく主らしい主に巡り合うことができ、いささか楽しく思っているのです。それを自ら壊そうとは思いませぬ」

「そうか。なら何が問題だ?」

「家中の目というものもあるでしょう」


 ああ、なるほど。

 景忠には今のところ逆心など無いことは、わたしがよく分かっている。


 ただ主家を裏切った経緯は確かであり、そのようなものが一門衆を差し置いて国持になってしまうことに対し、さすがに警戒するところがあるのだろう。

 下手にやっかまれてしまうと、後々面倒になりかねないと理解しているということか。


「しかし気にする必要もないだろう?」

「……それはどういう?」

「今朝倉家中にいる家臣の中で名のある者は、主家を見限って保身を図った者ばかりだ。父上を筆頭に、な」

「いや……それは……」

「だから気にするな。気にするのなら、わたしが皆の前で褒めてやれるくらいの実績をみせてみろ。差し当たっては加賀をうまく統治し、富を越前へと送れ」


 景忠が気にするのは当然だと思う一方で、他の連中も似たり寄ったりなのである。

 それにわたしの作った朝倉家は、以前の朝倉家ではない。

 かつての朝倉はすでに滅びているのだから。


「あと、加賀一国を与える代わりに越前国坂井郡は召し上げる。異論があるのならどちらがいいか選ばせてやるが」

「やむをえませんな。加賀を拝領いたします」

「それでいい」


 景忠の後任には晴景を据えることにした。

 これまでこれといった居城も無く、一乗谷と北ノ庄を行ったり来たりしていたのだが、そろそろ自分の領地を持って、統治者としての実績も積んでもらいたいところだったからだ。


 居城も新しくできたばかりの丸岡城であるから、居場所としては申し分無いはずである。

 とはいえまだ晴景は若年であり、その補佐として一門衆の中から現在鳥羽城主をしている朝倉景忠を側近として付ける予定だ。


 朝倉家が滅んだ後に一向一揆に与していたのは、景建や久家らと同様であるが、わたしが越前一向一揆を駆逐した後に、帰順した人物だった。

 堀江景忠と同じ名前でややこしいが、まあ仕方がない。


 景建らに比べて遅れて帰順したこともあって、一門衆の中ではやや低い位置にいたが、そろそろしっかりと働いてもらうべきだろう。

 まだまだ人材不足の家中において、とりあえず一門衆はそれなりの地位を与える一方で、その分しっかりと働くのは義務である。


「いいか。越中や能登の動静には気を配れ。何かあればすぐに連絡を寄越せ」

「かしこまりました」

「それと、もう一つ。恐らく今月中に上杉が越中に侵攻してくる」

「なんですと?」


 驚く景忠へと、わたしはやや声をひそめて続けた。


「上杉謙信は足利義昭からの要請もあって、上洛を目指してくるはずだ。その道中の加賀や越前は避けては通れないし、越中や能登も同様だ」


 越中を平定しても、能登も抑えなければ背後が危険に晒されることになり、当然ながら謙信は能登にも侵攻するだろう。


「来年中に能登は上杉の手に落ちると予想しているが、その次は朝倉だ。戦になる」

「でしょうな」

「だからこそ金沢城の普請を急がせると同時に、越中との国境を固めるのが急務だ。上杉が加賀へと矛先を向ける前に先手を打つつもりでいるが、万が一のために防備は万全にしておきたい。そして越中や能登の国人どもを事前に調略しろ。後で役立つ時が必ずくる」


 上杉との決戦は、あと一年……というところだろう。

 それまでにどこまで国力を付けられるかが、勝負の分かれ目か。


「分かっただろうが、加賀を任されて喜んでいる暇はないぞ。死に物狂いで働け。わたしを失望させるな」


 わたしの言葉に、景忠が神妙に首肯する。

 決して楽観視できる状況でないと知ったからだろう。


 あと一年。

 これを短いとみるか、長いとみるか。

 何にせよ、無駄にできない一年だった。


     /


 果たしてこの九月、越後の上杉謙信が越中に侵攻した。

 その数二万。


 これまで謙信は幾度となく越中に攻め込んでいたが、武田の支援や越中一向一揆などとの連携もあって撃退、もしくは上杉勢が帰国後、再び蜂起して奪われた城を奪取する、というのを繰り返し、業を煮やした謙信はついに越中を平定し、支配することを決めたのだった。


 抗戦した椎名康胤は居城である蓮沼城を放棄して、加賀へと逃亡。

 椎名氏はここに滅亡した。


 また越中のもう一つの勢力である神保氏は、一時は越中を席巻するほどの勢力に至っていたにも関わらず、内紛などで衰退し、当主であった神保長職の死去後、その次男である神保長城が後を継いでいたものの、怒涛の勢いで攻め寄せてきた上杉勢によって本拠であった増山城が陥落。

 長城もまた加賀へと逃亡し、神保氏は滅亡した。


 そして天正四年十一月。

 謙信は能登へとその矛先を向けたのである。


     /色葉


「さて……。どうやら全員合格のようだな」


 一乗谷にあるわたしの館の大広間には、十人近くの家臣が集められていた。

 勢ぞろいしているのは、加賀平定を経て、新たにわたしが得た家臣どもであり、杉浦玄任や鏑木頼信、他には岸田常徳、窪田経忠、坪坂新五郎など、主に加賀一向一揆を率いた将たちである。


「ははっ! ありがたき幸せ!」


 異口同音に、頭を下げる家臣一同。

 加賀国を平定し、かつて一向一揆を率いた武将どもを召し抱えるにあたって、わたしはそれら全てを越前国に呼び寄せ、一乗谷へと入れた。


 理由は簡単で、家臣として役に立つかどうかを見極めるためであると同時に、朝倉のやり方――というか、わたしのやり方を骨の髄まで分からせるためでもあった。

 ちょっとした研修である。


 とはいうものの、彼らにとってはこの二ヵ月間、地獄の研修となったはずだった。

 この一乗谷にほぼ軟禁状態にして、骸溢れる中でわたしの特別授業を受けたのであるから、もはや指導や教育というよりは調教に近かったような気もするが、結果良ければ全て良し、である。


「しかし何故拙僧まで……」


 とかぼやくのは、下間頼純だ。

 これは本願寺の家臣であるものの、現在は客将の扱いで朝倉に留め置いている。

 一向宗どもを扱うのに都合が良かったことや、そういった力を買ってのことだった。


「そう言うな。お前にはこいつらの半分で済ませてやったんだからな」

「はあ……」

「というか、いい加減わたしの家臣になれ。顕如の元にいるよりも、わたしの元にいた方が働けるぞ?」

「より苦労しそうな気も致しますが」


 頼純がそう言えば、うんうんと頷く新参衆の連中に、わたしは半眼になってねめつけてやった。


「合格はまだ早かったか?」

「そ、そのようなことはありませぬ! 下間殿! いい加減に折れよ!」


 わたしの言葉に一同は即座に動揺し始め、その矛先は叱責という形で頼純に集中してしまう。


「お、おぬしら……」

「ふふ、そんな悲壮な顔をするな。わたしはお前を買っているから持ち掛けているんだ。それにお前が従えば、吉崎御坊の再興を許してもいいぞ」

「な、なんですと!」


 これには一同の大半が驚いたようだった。

 吉崎御坊といえば、かつて本願寺蓮如が拠点とし、北陸一帯に一向宗を広めるに至った所縁の地である。


 しかし永正三年の九頭竜川の戦いで朝倉方が一向一揆に対して勝利した後、破却されたのだった。

 ここにいる者どもは一向宗門徒である以上、吉崎御坊の再興は非常に魅力的に映ったことだろう。


「尾山御坊は壊してしまったからな。お前達の拠り所もあった方がいいだろう」

「姫は……一向宗門徒だったのですか?」

「違う」


 頼純の問いに、わたしは首を横に振った。


「違うが、別段お前達を迫害するつもりはない。門徒どもに武装させ、蜂起させるような真似は許さんが、平和的に教えを流布するだけならば、別段これを拒むところでもないということだ。頼純、吉崎御坊の再興についてはお前に任せよう。かつては寺内町を形成していたというから、立派なものを作ってみせろ。当然援助もしよう。いずれ万が一、石山本願寺が落ちるような時があれば、顕如らを迎え入れてもいい」

「む……う、しかし……。今大坂では門徒たちが必死になって戦っているはず……。そのような状況下で、姫の臣となるというのは……」

「ああ、世間体なら気にするな。顕如にはすでに許可をもらっている」

「な、なんですとー?」


 わたしの手際の良さに、もはや驚くというよりは、呆れた顔になってしまう頼純へと、わたしは笑みを浮かべて頷いた。


「今後の支援と、吉崎御坊の復興――これで話はまとまっているぞ?」

「ご、ご無体な」

「何が酷い。お前一人が犠牲に――もとい、英雄になればそれで済む話だろう」

「い、今、犠牲とおっしゃられましたな!」

「ん、言った覚えは無いが……耳が悪いのなら、引っ張ってやろうか?」


 わたしの横暴振りに、頼純が折れるまではさほど時間もかからなかった。

 鬼だ……、とか誰かが恐ろしげに口走っていたのも聞こえたが、そこは聞こえない振りをしておく。


「……分かり申した。申し出をお受け致しましょう」


 やはり押しに押した方がいいということかな。

 ともあれこれで頼純が手に入ったことで、本願寺との同盟はより強力なものになったはずだ。


 ついでに吉崎御坊の再興をわたしが命じたと民が知れば、例えわたしが門徒でなかったとしても、そんなことは関係無く、門徒どもの間で評価が高まることだろう。

 やはりこの時代は神仏の影響力が強いから、これをうまく利用した方が、敵対するよりも遥かに効率はいい。


 もっとも増長しだすと暴れ出すのもこの時代の寺社勢力なので、管理を怠る気も全く無い。

 基本的には資金を完全に管理することだろう。


 寺社勢力というのはその気になれば暴利を貪れる組織であるので、その収入や支出を全てこちらが管理してしまえば、いくら門徒がいてもこれまでのような蜂起は難しくなる。

 結局国と同じで、経済力が伴わなければ軍事力など振るえないというわけだ。


 ちなみにこの辺りのノウハウに関しては、平泉寺で実証済である。

 おかげで彼らが持っていた既得権益の大半はわたしが握っており、財力的に平泉寺が独自にわたしに逆らうことは不可能になっていた。


 平泉寺のある奥越前はわたしの私的な財政基盤でもあるので、その支配は念には念を入れており、よく通ってはあの生臭坊主どもをしっかりと支配してもいる。

 当初でこそ反発もあったが、最近ではわたしを崇拝する者も少なからずいるようで、もはやあの僧兵軍団はわたしの私兵のようなものになりつつあった。


 信頼関係もそれなりに築けつつあり、これまで一乗谷でのみ行っていた貨幣の製造を初め、新たに始めた鉄砲製造なども、平泉寺を中心に行うようになっており、その生産規模は拡大している。


「さて、めでたく合格したお前達にはわたしの判断で、加賀での任地に配属する予定だが、先にも言ったようにそれは来年になってからだ。それまでは越前国内を統治しているわたしの家臣どもの与力として派遣してやるから、実地を学べ。……まあ、羽を伸ばすのもいいが、お前達の動向は逐一わたしに届くようにしてあるから、二ヶ月後に首を切られないよう、精々頑張ることだな?」


 地獄の研修は終わりであるが、むしろ本番はここからである。

 本当に使い物になるかどうかは、実際に手際を見てみないことには分からないからだ。


 あと、この一乗谷を離れて――正確にはわたしの元を離れて、どの程度忠誠が持続するか、というのも確認する必要があった。

 何にせよ時間はかかるというもので、しかし時というのは刻一刻と迫ってくるもので、待ってはくれない。


 北陸情勢も同様で、越中を平定した上杉勢は能登へと侵攻を開始したはず。

 来年には越中に向けて出兵の予定であるが、わたしの考えでは再来年の正月は一乗谷では過ごせないだろう。


 そうこうしているうちに天正四年も終わり、年が明けて、天正五年へと移り変わっていく。

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