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第243話 夏のひととき

◆本能寺之編 登場人物紹介◆


●朝倉家

朝倉色葉(あさくら いろは):主人公。狐憑きの妖。朝倉晴景の正室にして朝倉家の事実上の当主。一乗谷の主。


朝倉朱葉(あさくら あけは):色葉の娘。元は色葉が謎の少女にもらった本であり、そのアカシアが受肉した姿。


朝倉雪葉(あさくら ゆきは):色葉の義理の末妹。雪女の妖。


朝倉乙葉(あさくら おとは):色葉の義理の次妹。妖狐。


朝倉晴景(あさくら はるかげ):色葉の夫。朝倉家当主。武田信玄の五男。武田勝頼の弟。越前北ノ庄城主。


大日方貞宗(おおひがた さだむね):色葉の側近。越前勝山城主。


真柄直隆(まがら なおたか):色葉の側近。亡者。越前一乗谷城代。


真柄隆基(まがら たかもと):雪葉の側近。亡者。


上杉華渓(うえすぎ かけい):色葉の侍女。上杉景虎の正室。照虎の母。上杉景勝の姉。


上杉照虎(うえすぎ てるとら):色葉の小姓。華渓の子。


大野治長(おおの はるなが):色葉の小姓。


姉小路(あねがこうじ)頼綱(よりつな):朝倉家臣。越中富山城主。家臣筆頭。


堀江景実(ほりえ かげざね):朝倉家臣。加賀金沢城主。


松永久秀(まつなが ひさひで):朝倉家臣。


明智光秀(あけち みつひで):朝倉家臣。近江坂本城主。


島左近(しま さこん):朝倉家陪臣。大日方家臣。美濃郡上八幡城主。


桜井平四郎(さくらい へいしろう):朝倉家陪臣。大日方家臣。


明智秀満(あけち ひでみつ):朝倉家陪臣。明智家臣。


斎藤利三(さいとう としみつ):朝倉家陪臣。明智家臣。


●織田家

織田信忠(おだ のぶただ):織田家当主。美濃岐阜城主。


織田鈴鹿(おだ すずか):信忠の姉。


柴田勝家(しばた かついえ):織田家臣。


●羽柴家

羽柴秀吉(はしば ひでよし):羽柴家当主。摂津大坂城主。


黒田孝高(くろだ よしたか):羽柴家臣。


石田三成(いしだ みつなり):羽柴家臣。


●徳川家

徳川家康(とくがわ いえやす):徳川家当主。武蔵江戸城主。


井伊直政(いい なおまさ):徳川家臣。


大久保忠隣(おおくぼ ただちか):徳川家臣。


●上杉家

上杉景勝(うえすぎ かげかつ):上杉家当主。越後春日山城主。


直江兼続(なおえ かねつぐ):上杉家臣。景勝の側近。


●里見家

里見義頼(さとみ よしより):里見家当主。安房岡本城主。


●穴山家

穴山梅雪(あなやま ばいせつ):穴山家当主。伊豆韮山城主。


●毛利家

毛利輝元(もうり てるもと):安芸毛利家当主。


吉川元春(きっかわ もとはる):毛利家臣。吉川家当主。輝元の叔父。


小早川隆景(こばやかわ たかかげ):毛利家臣。小早川家当主。輝元の叔父。


福原貞俊(ふくばら さだとし):毛利家臣。


安国寺恵瓊(あんこくじ えけい):毛利家臣。外交僧。


●その他

清姫(きよひめ):久秀の庇護下にある大蛇の妖。


大嶽丸(おおたけまる)):鈴鹿の使役する鬼。その腹心。


◆天正十年七月 勢力図◆

挿絵(By みてみん)


     /色葉


 天正十年七月。


 谷間にある一乗谷も、夏は暑い。

 が、わたしの居室は周辺に比べて明らかに涼しかった。


 わたしの後ろでぱたぱたと扇で煽ってくれているのは、雪葉。

 それだけでも涼しいのだが、明らかに冷気と化している。

 雪女の面目躍如、といったところだろう。

 まさに生きた冷房だ。


「はぁ~……。ここ、たまんない……」


 わたしの前でだらけているのは、乙葉である。

 他の部屋も暑いので、自然、ここで小太郎の子守りをしているのだった。

 まあ本人はくてっとなっていて、実際に子守り――というか、教育を行っているのは華渓である。


 小太郎が生まれたのは天正七年の十二月だから、もう少しで三歳だ。

 なのでずいぶん大きくなったし、あちこち歩きまわるようにもなった。

 まだ未発達とはいえ、言葉らしきものもしゃべり、意思の疎通もできるようになっている。


 こうなると、周囲の者が放っておかない。

 小さい内からと言って、早速教育を始めだしたのである。

 その点、武家の娘であった華渓は優秀だ。乙葉が一任するほどである。


 その乙葉も教養、という点においては、わたしはもちろん、雪葉などよりも遥かに優れている。伊達に長生きはしていないらしい。

 乙葉ももう少ししたら、妾の出番! とか言って、小太郎の成長を楽しみにしているようだった。


 わたしなどは、小太郎もまだまだ幼子だし、わたしに対する礼儀さえ弁えさせることができるのなら、後はもう少し遊ばせておいてもいいのでは、と思うのだけど……まあ任せてある手前、何も言わないが。


「乙葉、もう少ししゃきっとして下さい」

「いいじゃない。気持ち良すぎてそんなの無理だもの」


 わたしの目の前で乙葉とは対照的に背筋を伸ばしているのは、朱葉だった。

 こっちは小太郎の倍は成長しているし、言語もほぼ大人並みだ。


 異常の一言であるが、まあ中身はかつてのアカシアである。

 まあ、こんなものなのだろう。


 遠征より帰国して二ヶ月ほどたったわけだが、事後処理やら何やらで一ヶ月ほどは忙殺されたものの、それでもここ一ヶ月ほどはゆっくりと骨を休めることができている。

 基本的にはこの一乗谷に引っ込んで、後は晴景やその他の家臣任せだ。

 今の朝倉家は基本、それでも回る。


 わたしは相変わらず身体の調子が優れないため、とにかくしばらくはここで養生するようにと晴景に言い含められていた。

 ありがたいので、この一ヶ月は暑いこともあって、乙葉よろしくわたしもだらけていた、というわけである。


 あまり生活態度が悪いと雪葉に怒られそうなものなのだけど、その雪葉も何故か怒らないし、それ以外の周囲もひどくわたしに――というか、わたしの身体に気を遣ってくれていた。

 きっと、わたし自身が思っている以上によくない様に取られているのだろう。


 我が身体ながら、やれやれ、である。


「ああ、みんな集まっているし、ちょうどいい」


 わたしが声をかけると、みんなが一斉に注目した。

 乙葉も身体を起こし、ちゃんと耳を傾けてくる。


「昨日、北ノ庄からひとが来ていただろう? 例の件が正式に決まった」


 一乗谷に引きこもったわたしであったが、いつものごとく情報収集は怠っていないし、重要な政策決定には必ず携わっている。

 北ノ庄で決められた議案などを実行する際、わたしの承認を得るためにわざわざ使者が訪れているのだ。


 大したことのないものなら、勝手にやってくれという気分ではあったけれど、晴景はわたしを蔑ろにするつもりは無いらしく、律儀にひとを寄越しては政策に関わらせてくる。

 昨日、わたしの元を訪れたのは本多正信で、以前から晴景とわたしが考えていたことが北ノ庄の評定で正式に決まったと、報告に来たのだった。


「そういうわけだから、お前達にも手伝ってもらう。準備もあるから、来月の後半までには北ノ庄に移る。そのつもりでいてくれ」

「はーい」

「はい」

「かしこまりました」


 乙葉、雪葉、華渓が頭を下げる。


「……主様、私も手伝いたいです」


 案の定、朱葉がそんなことを言ってきたが、わたしは苦笑いしてみせた。


「まだ三歳にもなっていないお前が饗応してどうする。子供らしくしていろ」

「……はい」


 渋々ながらも頷く朱葉。

 朱葉は朱葉でわたしの身体を気遣い、あれやこれやと世話を焼いてくるが、さすがに未だ三歳未満の幼児に助けられるほど落ちぶれてはいないぞ。


「姉様、楽しみだよね! みんな姉様に跪きに来るんでしょ?」


 にこにこ笑顔に乙葉に、わたしは肩をすくめた。


「どうとるかは向こう次第、だがな」


 今回決まったというのは、周辺諸国に朝倉家から招待状を送る、というものである。

 同盟国の連中はもちろん、友好国やそれ以外の交易だけの関係の相手や、そういた関係すらないが、朝倉領国に近い大名にも使者を送り、この越前の北ノ庄城に招こう、という企画だ。


 要はお祭りするからみんな参加してね、と言い換えてもいい。

 招待状には大名自身が来てくれることを望むが、多忙であれば家臣を代理としてくれても構わない、としてある。

 あくまでごく普通の招待状だ。


 だがこれを受け取った相手がどう思うかといえば、恐らく対応に苦慮することになるだろう。

 一国の主が他国の主の元に赴き挨拶する行為は、一種の服従の証として捉えられかねない。


 もちろん絶対にそうなるわけでなく、わたしと景鏡が上洛して信長に挨拶した時などは、むしろ宣戦布告に近いものだった。

 またわたしは秀吉に招かれて大坂城に赴いてはいるが、そもそもわたしは朝倉家の当主ではない。

 だから例えば秀吉自身が北ノ庄城に赴き、晴景に挨拶するとなると、ややこしいことになってくるのである。


 今回送るのはただの招待状に過ぎないが、これを従属要求とみる者が大半だろう。

 素直に応じたとして、臣従を明らかにするかどうかで家中は紛糾することになるだろうし、無視したらしたで朝倉家の心証を害し、後々どのような災いになるかと怯えることになる。

 どちらにせよ、対応に困るのは目に見えていた。


「……姫様は、この機に周辺諸国を平らげるおつもりなのですか」


 扇で煽ってくれる雪葉が、小首を傾げて尋ねてくる。


「これで趨勢が決するとは思っていない。ただ今後の方針は定まるだろう」


 今の朝倉家は周辺諸国を圧倒している。

 全てがそうとは思っていないが、中には朝倉家に臣従する道を選ぶ大名家も出てくることだろう。


 安房の里見家などは先んじて臣従しており、わたしはこれを徹底して優遇するつもりでいた。

 朝倉に臣従する旨味をそれとなく諸大名に知らしめるためである。


 反対に、従わない大名も必ず出てくる。

 それが今回の招待とその態度からはっきりするわけで、実に今後の方針が決め易くなる、というものだ。


「今の朝倉家ならば、敵は無いと思いますが」

「単独の敵ならば、な」


 朝倉家は強くなり、他国にその追従を許していない。

 とはいえ周辺諸国で一致団結され、仮に包囲網でも敷かれようならその限りではなくなる。


 さすがにこれを全て相手にする力は無い。

 わたしとしては諸国が変に協調体制を敷く前に、先手を打っておきたかった、という狙いもあった。


「敵は無いが、それでも今年一年は出兵したくない。少し戦が続いたし、民を休ませておかないと不満も出てくる。とはいえそれは相手にも時間を与えることになるわけだから、打てる手は打っておこう、といった感じだな」

「雑兵どものことなどどうでも良いのですが、しかし姫様がお休みになられることにはとても賛成です。どうぞ、ご自愛下さい」


 相変わらず雪葉は、わたし以外の存在に対しては手厳しい。


「もう、雪葉ったら。ちゃんと一兵卒にも優しくしてあげないと駄目なんだよ? その方がちゃんと働いてくれるし」


 一方で乙葉は意外に雑兵に対しても面倒見がいい。

 これは普段、戦場で雑兵に混じって戦うのが好きだからだろう。

 存外乙葉は優しいのである。


 わたし以外のことにも目を向けている点が、雪葉と乙葉の大きな違いだろう。

 具体的に言えば、雪葉はわたしだけ。

 乙葉はわたしの有するもの全て、といったところか。


 まあ雪葉をもっと極端にしたのが朱葉であり、以前の朱葉は雪葉や乙葉ですら道具としてか見ていない節もあったからな……。


「――申し上げます」


 夏だというのに雪葉がいるので締め切ってある室内の外から、やや控えめな声がした。

 この声は治長か。

 乙葉が拾ってきた大野定長の嫡男で、わたしの小姓の一人である。


「何だ?」

「織田様がお見えになっていますが」

「またか」


 どうやら鈴鹿が来ているらしい。


「姉様、追い返す?」

「追い返しましょう」


 乙葉と雪葉が息ぴったりで、そんなことを進言してくる。


「そうしたいのはやまやまだが、あれも面倒な相手だ。機嫌を損ねられても困る。適当に会って適当にあしらっておくさ」


 どうせ暇であるし、これも仕事のようなものだろう。

 わたしはやれやれとため息をついて、その場に立ち上がったのだった。

 というわけで、最終章スタートです。

 舞台は久しぶりに、越前国。

 戦、戦もいいですが、まったりしたシーンはこれまであまり無かったので、書いていて楽しいですね。

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