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第240話 戦勝祝い


     /色葉


 四月二十六日。


 三河へと兵を進めていた晴景が新府城へと帰還した。

 果たして晴景は柴田勝家を説き伏せ、勝家は単身岐阜に向かい、信忠に改めて臣下の礼をとったという。


 信忠も罪を咎めず、勝家に三河一国を任せることにしたらしい。

 当然、この辺りには晴景の口利きがあったのだろうけど。


 五月二日。


 晴景は織田信忠と交渉すべく、諏訪大社にて会談に及んだ。

 晴景も忙しい。

 内政に関してはわたしに任せる一方で、外交に関しては積極的に行動し、精力的に働いてくれた。


 会談の主な内容は、木曾義昌の処遇と同盟締結の件について、である。

 結局、義昌は木曾から退去することで話がつき、これをもって同盟への障害が取り払われた。


 その場で越美同盟が締結。

 ただし信忠が望んでいた婚姻同盟の件は、ひとまず保留となった。

 わたし自身に雪葉と乙葉を手放す気が無かったというのもあるが、とはいえ完全に破談になったわけでなく、継続交渉という運びになったという。


 しかし信長の娘である鈴鹿は、すでに越前にいるとの知らせが、貞宗からもたらされている。

 何やら明智光秀と一緒に、らしい。

 しかも信長の首もあるとか。


 信長が死んですでに一ヶ月が経過しているから、もはや見れたものじゃないだろうけど。

 鈴鹿は一乗谷に入ることを望んだらしいが、乙葉が頑としてこれを受け入れず、とりあえずは貞宗の勝山城での預かりになっているとか。

 こちらの処理も面倒そうである。


 ちなみに光秀の処遇については会談の場でも話題に上がったらしいが、朝倉に一任するということで話はついたそうだ。

 この会談の日と同じくして、羽柴秀吉の使者がわたしの元に訪れていた。

 使者としてやってきたのは黒田孝高である。


「戦勝祝い、とはな。それでわざわざ甲斐までやって来たのか」

「朝倉様のお手並み、実にお見事であると我が主からの言付けにございます」

「別に見事でも何でもない。結果的にこうなっただけだ」


 武田家が滅んでしまったという一点で、すでに失策であったといえる。

 もちろん、武田の不手際によってこちらが後手に回ったのが原因の一つであるが、当初明確にどうすべきか方針を定められなかったのは、紛れもなくこのわたしである。

 武田に気を遣い過ぎたとも言えるかもしれないが、ともあれ武田が滅んだ事実は変わらない。



「まあそんなことはどうでもいい。それよりも孝高。本当は何をしに来た?」


 戦勝祝いなどとそれらしいことを言ってはいるが、十中八九、こちらの様子を探りにきたのだろうと踏んでいた。

 今回、秀吉とは具体的な共闘体制には至っていない。

 そこまでする前にどうにかなった、というわけだが、おかげで秀吉に借りを作らずにすんだし、秀吉にしてみれば貸しを作れなかったことになる。

 そして結果的に朝倉家は版図を拡大し、周辺の強豪であった織田家や北条家はその力を衰えさせたことで、相対的に朝倉家の力は増大したと言えるだろう。


「秀吉を見限ってわたしの元に来たというのなら、歓迎してやるぞ?」

「お戯れを」

「ふん。つまらんな」


 孝高の秀吉に対する忠誠というか、執着のようなものはわたしが当初思っていたよりもずっと強い。

 やはり引き抜きはこの先も難しいのだろう。


「で? わたしの腹の内でも探りに来たのか」

「……朝倉様の前では、取り繕ったところで意味は無さそうですな」

「まどろっこしいのは嫌いだ」

「では、単刀直入に。――今後、朝倉様は如何なさるおつもりなのです?」


 如何なさるのかって聞かれても。

 今は休みたいの一言である。


「北条にすでに力無く、織田家もああなっては家名存続が精一杯、といったところでしょう。今、この日ノ本を見回しましても、朝倉家と辛うじて戦えそうな勢力は中国の毛利家くらいしかおりませぬ」

「そうか? 畿内を抑えている秀吉もそれなりの勢力かと思うが」


 秀吉がもし毛利と組めば、今の朝倉に十分に対抗できる勢力になることは間違いない。

 もちろんその場合、朝倉家と領国を接している羽柴家が矢面に立つことになるのだろうが。


「……我が羽柴家と朝倉家は盟約を結んだ間柄なれば、そのようなことは決して」

「ふぅん。なら次は毛利を滅ぼすか?」


 毛利家とは今のところ、交易のみの関係である。

 可もなく不可もなく、といった感じだ。

 毛利を降せば後は四国の長宗我部に、後は九州の諸大名を残すのみ、といった具合になる。

 まあそう簡単な話ではないけれど、武をもって天下を制覇するのであれば、まずは毛利だろう。

 とはいえ、今はそんなことを考えたい気分でも無かった。


「孝高」

「……は」

「一度秀吉に来いと伝えろ」

「――!」


 わたしの一言に、孝高は明らかに警戒の色を強めた。


「そう構えるな。以前、大坂で馳走になっただろう? そのお返しと思え。面倒な話はその時だ。わたしはそろそろ越前に帰る。落ち着いたら使者でも送るから、家臣どもを引き連れてくればいい」

「我が主、自らでありますか」

「秀吉一人では不安か? なら他の連中も呼ぶとしよう」


 うん……何なら毛利あたりにも使者を送ってみるか。

 それで今後の方針を、ある程度決めることもできるかもしれない。


「戦勝祝いというのなら、盛大に祝って欲しいものだしな?」


 にやりと笑ってそう告げれば、孝高は実に難しい顔になっていたものの、やがて首肯してみせた。


「……承りました。主ににはそのように伝えます」

「うん、そうしろ」


 今まで戦続きだったこともあり、わたしが夢想したどんちゃん騒ぎは少しだけ気分を良くしてくれる。

 格式ばった儀礼は好みではないけれど、そっちは晴景に任せておけばいい。

 わたしが望むのは飲めや食えや、の方である。

 基本的に静かな方が好きではあるが、たまにはいい。


「孝高、少しは時間があるのか?」

「と、おっしゃいますと?」

「時間があるのならしばらく滞在していけ。個人的にもてなしてやる」

「はあ」

「お前がわたしの腹ばかりを探るのもつまらないからな? なに、いじめるつもりは無い。しばらく話し相手になれということだ。その会話の中で、適当に察しておくことにする」


 孝高はわたしの提案に、物凄く困った顔をしてみせたが、さりとて逃げられない、とも思ったのだろう。


「数日程度ならば、どうにか」

「それでいい。しばらく付き合え」


 晴景が戻ってくるまでの間、いい時間潰しになるだろう。

 そう思い、わたしは満足げに頷いてみせたのである。

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