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第177話 北近江の戦い(前編)



     /


 この時の安土城の留守居は蒲生賢秀。

 元六角家臣であり日野城を預かっていたが、信長が六角氏と争った際に柴田勝家らに攻められたものの、これを守り抜いた武将である。


 六角氏滅亡後には信長に臣従。

 人質として嫡男・鶴千代を差し出して、以降は勝家の与力として織田家臣となったのだった。


「湖上に軍船多数! 敵襲かと思われます!」

「なんと!」


 伝令の報告に、賢秀は泡を食った。

 しかし即座に状況を判断し、冷静に対処する。


「敵は……考えるまでも無く、朝倉か。数千はおる。こちらは搔き集めても数百……。とても話にならん」


 賢秀はすぐにも急使を遠征中の信長へと発し、一方で城内にいた信長の身内を集め、女子供らと共に日野城へと避難させた。


「氏郷に城を死守するように伝えよ。援軍不要」


 日野城にいる嫡男の鶴千代こと蒲生氏郷にも命を伝えた上で、賢秀は安土城に籠城の構えをみせる。


 それに対し、上陸を果たした武田元明率いる朝倉方は、乙葉を筆頭に城下を蹂躙しつつ安土城へと肉薄。

 徹底した猛攻に賢秀もまた奮戦したものの、多勢に無勢。


 ついに賢秀は敵陣深くに斬り込んだ乙葉に討ち取られ、天守は炎に包まれた。


「ふふ、あははは! よく燃えるじゃない。姉様、ちゃんと見てくれてたかな……?」


 船上にして指揮を執っている色葉を想い、乙葉は満足そうに微笑む。

 全身を返り血で染め、殺戮に殺戮を重ねた乙葉の言葉に、敵味方を問わずに戦慄したことは言うまでもなかった。


     /色葉


「ほう。早いな」


 安土城の天守に火の手が及んだのを見て、わたしは薄く笑む。

 城下一帯は黒煙に包まれ、見るも無残な有様に成り果てようとしていた。


「非道だと思うか? 直隆」


 地獄絵図を前に、わたしは後ろに控える直隆に聞いてみる。


「このようなことは、いつでもどこでも起こり得ることであれば」

「ふふ、そうだったな。お前や貞宗などはわたしに最初から仕えているだけあって、この程度では何とも思わないか」


 というより、亡者である直隆に聞くこと自体が間違いだったのかもしれない。

 今では人の面を被ってはいるものの、その実は悪霊の類なのだから。


「まあいい。それよりも狼煙だ。針路を変える」


 首尾よく安土城下を火の海に沈めることができたので、もはや長居は無用だ。

 上陸部隊は北上して佐和山城を攻めさせ、艦船の後詰も佐和山城へと向かわせる。


 信長が取って返す前にこれを落とし、さらに進んで長浜城の景建と挟撃する形で会戦に持ち込む。

 安土への退路を失った織田方は浮足立つこと間違いなく、決戦に至らなければ美濃方面に撤退する他ないだろう。

 まあそこまでうまくいくかは分からないが、な……。


 そう思っていた矢先だった。


「申し上げます! 長浜城より急使!」

「――なに?」


 長浜城は湖に面しており、城内から直接船を出せる作りになっている。

 どうやら足の速い小早を出し、何やら急報を告げに来たらしい。


「天野川にて磯野員昌殿お討死! 長浜城は織田信忠の援軍を含め、都合四万六千ほどの兵に激しく攻め立てられております!」


 詳しい戦況を問い質したわたしは舌打ちした。

 やはり全てが思うようには進まないらしい。


「磯野殿が討たれたとか」

「……ああ。突撃して信長に返り討ちにされたそうだ」


 予定外だったのは、信忠の増援である。

 こちらは兵を分けて奇襲を旨としたが、あちらは兵をまとめ、正面から押し潰しにかかってきたらしい。


「信長め。相変わらず一筋縄でいかない奴だ」


 このままでは例え佐和山城を落とせたとしても、その後決戦に至ったならば、兵力差で不利になる。


「真正面からの力勝負では分が悪い。第二陣の松永勢に伝令を」

「はっ!」

「さて……。後は信長がどう動くか、だな」


     /


 長浜城を攻めていた信長の元に急使が到着した時には、その陣営からも安土方面に大量の黒煙が立ち込めていることを確認できていた。


「おのれ! 船で奇襲したか!」


 さらに追い打ちをかけるかのように、佐和山城より報せがもたらされる。

 すなわち、朝倉方は佐和山へと矛先を変え、これを猛攻しているという。


「殿! 救援をお命じ下され!」


 申し出たのは堀秀政。

 信長の側近の一人であり、長浜までの湖北と湖西にあたる高島郡を朝倉家に割譲した後、最前線となった佐和山城の城主を命じられていた人物である。


「ここで撤退に至れば後背を長浜城の者どもに突かれるぞ」

「されど!」

「――よし。ならば全軍撤退とみせかけて、まずは朝倉景建を討つ。その際に秀政に一軍を任すゆえ、佐和山に急行せよ」

「承知致しました!」


 後方に変事が起こり、慌てふためいたかのように織田方の攻撃が止み、次々に撤収に至る様を城内の櫓から見ていた朝倉景道は、景建へと今が好機とばかりに追撃を進言した。


「いや、これは誘い水であろう」


 同じく様子を眺めていた景建は、信長の思惑に気づいて答える。


「では、今追えば――」

「手痛い逆撃を被ることになるぞ」


 一見慌てているように見えるが、動きが整然とし過ぎている。

 追撃といっても敵は大軍。

 背を見せている以上、初撃は功を奏すかもしれない。しかしそのまま反転され呑み込まれれば、いずれ壊滅するのは目に見えていた。


「潰走している、というわけではないからな。とはいえこのまま逃すわけにもいかん」


 長浜城からも、湖上を多数の軍船が行き来し、佐和山城へと肉薄しているのが確認できる。

 安土炎上は疑いようなく、色葉は思惑通り佐和山城攻略に取り掛かっているようだった。


 本来ならば、ここで色葉の本隊と景建の別動隊により、動揺した織田勢を挟撃し、これを壊滅に至らしめるなり、美濃方面に叩き返すなりする予定であった。

 しかし往々にして予定通りに事は運ばないものである。


 織田方は想定以上の大軍となっており、逆にこちらは磯野員昌が戦死し、すでに五千の兵も失っている。

 これでは理想的な挟撃は難しいだろう。


「安土城のように奇襲とはいかぬゆえ、佐和山城の攻略には時がかかるだろう。そこに信長の援軍が到着すれば、姫の本隊は危うくなる。何としてもあちらの態勢が整うまで、ここに引き付け時間を稼がねばならん」

「されど、如何にして……?」

「……やむを得んか」


 景建は事前にいくつか色葉に策を与えられていたが、その中にあってもっとも選びたくなかったものを選ばざるを得ないことに、苦く笑った。


「江口殿を呼べ」

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