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第162話 羽柴秀吉謀反


     /


 天正八年四月二十八日。


 その報せは驚愕をもって織田信長の元に届けられていた。

 すなわち、羽柴秀吉の謀反である。


「流言の類ではないのか」


 当初、信長はその報告を信じることができなかった。


「よく確かめよ」


 五月三日になり、新たな情報が届けられる。

 秀吉は摂津より紀伊へと兵を進め、紀州侵攻を開始したという。

 これは当然のことながら、信長の命ではない。

 五日には京より村井貞勝が安土に呼び寄せられ、事の次第を報告することとなった。


「……少なくとも摂津の荒木村重、但馬の山名堯熙、備前の宇喜多直家が同調して羽柴殿に協調し、これに播磨を加えて四ヶ国をもって、独自の行動を取っていることはまず間違いありませぬ」

「やはり、信じられぬな。あのサルめが謀反、とは」


 京にて情報収集にあたっていた貞勝の直接の言葉を聞いても、信長はまだ信じられなかった。


 佐久間盛信追放後、暫定的に秀吉が担ってた畿内の兵権を、明智光秀に引き継がせることを信長は先に命じていたが、まずこれがうまくいかなかったという。


 この時点で光秀より、不穏な内容の報せが届いてはいたのだ。

 何かの行き違いかとも思っていたが、事態は急転直下、秀吉は明確に命令とは異なる形で軍を動かしている。


 紀州侵攻がまさにそうであった。

 これは元々光秀に命じていたものである。


「今のところ明確な敵対行動は見せてはおりませぬ。しかし紀伊はもちろんのこと、大和方面にも兵を集めているようで、予断は許さないかと」

「……京には光秀がいるからな。迂闊には踏み込めまい。しかしどうなっている……?」


 秀吉が真っ先に紀州を攻めたのは、戦略上分からなくもない。

 まず秀吉は改修中の大坂城を本拠に定めたことは分かっている。

 これは元々石山本願寺であり、その難攻不落ぶりは信長自身が十年近くに及ぶ石山戦争において、今更確認するまでもないことだ。


 その改修作業は本願寺降伏の昨年より行っているため、恐らく目途がついているものと思われる。

 秀吉の基盤は播磨であろうが、しかし摂津大坂を本拠に選んだことは理に適っていた。

 堺に近いことも大きい。

 有岡城の荒木村重が加担したとなれば、尚更にだ。


 となると、摂津を本拠にするにあたっての不安要素となるのは、やはり紀州だろう。

 この紀伊はかなり厄介な国である。


 まずこの国は寺社勢力が強い。

 高野山、粉河寺、根来寺、熊野三山といった勢力が協調して台頭しており、これに惣国の類である雑賀衆が割拠しているため、中央集権思想に対してとにかく否定的、対立的な土地柄であるのだ。


 さらに始末の悪いことに、高い経済力と鉄砲を背景にした武力を備えており、信長もこれまで何度も攻めたが、完全屈服させることには至らなかったのである。

 石山本願寺に協力していたため、これを落とすことができなかった要因の一つでもあったといえるだろう。


「こうなると、石山本願寺の開城や荒木村重の謀反など、全てが今回の謀反の布石だったような気がしてなりませぬ」


 貞勝の言に、信長は唸った。

 信長自身、そう考えてしまったからである。


「しかも長浜が落ちたことで、サルの家族や一党は一旦播磨に向かったからな……。憂いも無かろう」


 人質になりえる存在が信長の手元に無いことも、秀吉謀反の信憑性を増してしまっている。


「加えて宇喜多や山名も同調したとはな。いったい事前にどれだけの準備をしていたことやら」

「こうなると毛利とも、密約があると考えた方がよろしいかと」


 信長は頷く。

 秀吉が真っ先に紀州に打って出たことからも、背後に憂いが無い証左といえるだろう。


「であろうな。となると、紀伊にも何かしらの切り崩しをかけている可能性は十分にあるか」


 信長の知り得ている事前情報では、石山本願寺開城後、雑賀衆の中で鈴木氏と土橋氏との間で対立が起こっているという。

 秀吉が煽ったのかどうかは不明であるものの、これを秀吉が利用しないはずもない。


「となれば、手早く平定してしまうかもしれん。こちらが手をこまねいていればいるほど、面倒なことになる」

「然様ですな。……しかし一番の問題は、朝倉の動きでしょう」

「そうなるか」


 今回の秀吉の謀反に、朝倉は関与しているのかしていないのか。

 していなかったとしても、あの野心家の朝倉色葉のことだ。この機を逃すとも思えない。


「とにかく使者を遣わせて奴の腹の内を探らせろ。その間に兵を集め、京に送る」

「では」

「このまま見過ごすわけにもいかん。まずは光秀に任せて牽制させつつ、機を見て大坂に侵攻する。俺も出張りたいところだが、安土を出れば朝倉の狐がまず間違いなく動く」


 南近江まで失えば、信長は京への道を断たれてしまう。

 となれば畿内は失ったも同然だ。


「ご明察の通りかと」

「武田の動きも気になるからな。それぞれが同時に動かれてはたまらん。一つずつ潰していくしかなかろう」

「はっ。……あと、もう一つ」


 やや言いにくそうにしながらも、貞勝は口を開いた。


「申せ」

「家中の動揺を鎮めることも、先決かと」

「回りくどいな」


 信長は苦く笑う。


「家中に秀吉に同調する者がいるかもしれない、と言いたいのだろう」

「恐れ入ります」


 秀吉の調略の手は、何も外ばかりとは限らない。

 織田家中にも及んでいる可能性は、当然考慮する必要がある。


「……引き締めをせねばならんな」


 憂鬱そうに、信長はつぶやくのだった。

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