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第144話 雪葉と忌み子


     /色葉


 生まれたのは男と女の双子だった。

 つまり二卵性双生児。

 もっと言えば異性双生児、といったところか。


 ようやく少し落ち着いて、体力も多少回復したわたしの目の前で、雪葉と乙葉がそれぞれ赤子を抱きかかえて座っている。

 雪葉が女児の方を、乙葉が男児だ。


「えへへ、可愛いね」


 そう言いながら乙葉は腕の中にある子をあやしている。

 わたしはというと、それをやや複雑な気分で眺めるのみだった。


「色葉様、抱っこする?」

「いや、いい。まだ腕に力が入らない。起き上がるので精一杯だからな」


 これは事実で、一度抱きかかえようとして落としそうになったくらいだったのだ。

 どうやらこの出産で色々力を使ってしまったようで、今のわたしは常人以下である。


「……少し、心配です」


 そう言うのは雪葉だ。

 嬉しそうに赤子をあやしている乙葉とは対照的に、その表情は決して明るくない。

 わたしの身を心配しているのだろう。


「そのうち治るだろう? これでも随分ましになった」

「ならば、よろしいのですが……」

「もう、雪葉ったらそんな暗い顔して。だからその子、ちっとも笑わないんだよ?」


 乙葉の抱く子は時折よく泣き、表情も見せているのだが、雪葉の抱く子は静かなものである。

 そういえばぐずっているのは見たことないな。


「しかし、尻尾やら何やらは生えていないんだな」


 わたしが最初に思ったことは、実はそれだった。

 ぱっと見た目、普通の容姿をしているような気がする。


「あ、そういえばそうだよね。何でだろう?」


 何でだろうって言われても、分からない。

 まあ、わたしのこの見てくれは乙葉とは違い、アカシアの趣味でつけられたようなものである。

 だから一代限りのもので、遺伝やら何やらはしなかったのかもしれない。


「まあ、どうでもいいがな」

「ん~、妾は少し残念、かな」


 尻尾をぱたぱたさせつつ、乙葉は素直に心境を吐露する。

 その尻尾で赤子をあやすのだが、なかなかうまいものだ。


「姫様、もうお休みを」

「ん? まだ日も高いじゃないか」

「ですが姫様はお疲れです。少しでもお身体の回復に努めていただければ、と」

「……そうだな」


 実をいえば、一乗谷の自分の館に戻りたい気分に少しなっていたのである。

 いい加減、越前に戻る必要があったのも確かであるが、それ以上にいろいろ疲れたから、というのもあったかもしれない。


 とはいえこの時期は積雪があっても不思議でない時季ではあるので、このまま戻ろうとしても敦賀あたりで足止めを食う可能性もある。


 またわたしの体力の問題もある。

 現状の身体の調子では、越前までそもそも体力がもちはしない。


 どうやら今年の正月も、一乗谷で餅、というわけにはいかないようだった。

 家臣どもは世継ぎが生まれたと喜んで回っているらしいが、わたしにしてみればやれやれ、な気分である。


 まあ、一応無事に生まれてほっとはしているし、嬉しくないといえば嘘になるけれど、しかしやはりどこか複雑であった。

 未だに実感が湧かないのも一つの原因だろう。


「まあ、織田との和睦もなったし、ちょうどいいと言えば、ちょうどいいのかもしれないな」


 そう思い、自分の子を二人に任せると、わたしは寝床に潜り込んだのであった。


     /


 数日後。


「乙葉様、少しよろしいですか」

「なに?」


 雪葉は色葉の子を華渓に預けると、乙葉を人気の無い所に誘っていた。

 どこか神妙な面持ちの雪葉に、乙葉としては首を傾げる気分である。


「どうかしたの?」

「……姫様のこと、お気づきになられていないわけでもないのでしょう」


 何のことかと思ったが、乙葉もすぐに察しはついた。

 雪葉が言いたいのは色葉の身体のことだろう。

 体力はもとより、その妖気が著しく低下しているのである。


「ご出産されたからじゃないの?」

「わたくしもそう思います」

「休んでいただければそのうち戻ると思うけど」


 実際、当初よりは良くなっている。

 が、それでも著しく妖気が減退したままなのも事実だった。

 今の状態の色葉は、乙葉や雪葉ならば造作もなく叩き潰せる程度の力しか無いことになる。


「ちょっと。何考えているわけ?」


 雪葉のどこか不穏な空気に、乙葉は警戒した。

 むしろ睨んでしまうほどだった。

 なぜなら雪葉がどこか醸し出しているのは、もはや殺気の類ではないかと思ってしまったからだ。


「色葉様に謀反でもするつもり?」


 だったら許さないわよ、と乙葉は尻尾の毛を逆立てる。

 出会ったばかりの頃の雪葉の妖気は、乙葉のそれよりも上回っていた。

 しかし今に至っては、そこまで差があるものでもない。

 これは色葉が功を認めてその魂の多くを乙葉に与えたからでもあった。


「そのつもりはありません。ですが」

「ですが、なに?」

「そう思われても仕方の無いことを……しようと考えています」

「ちょっと、何よそれ」


 訳が分からず、しかし乙葉は睨みつけることをやめなかった。

 とはいえ不可解でもある。

 雪葉は乙葉以上に色葉のことしか考えていない。

 そんな雪葉がどうして、とも思うのだ。


「……話しなさいよ? だからわざわざ妾を呼んだんでしょ?」

「…………」

「らしくないわね。あまりに鬱陶しいようならここで殺すわよ?」


 乙葉の脅しなどに雪葉が動じるはずもなかったが、しかしようやく意を決したように、口を開いたのである。


「色葉様のお身体のことです」

「力が落ちているってこと? でもそれはさっきも言ったように、ご出産されたからでしょ? そのうち治るんじゃないの?」


 雪葉はこくりと頷く。


「そう、わたくしも思います。もしご快復に無数の魂が必要であるというのならば、いくらでも刈り取ってくるつもりです」

「それは妾も一緒。何が問題なの?」


 二人にとって、色葉以外の民草など歯牙にもかけない存在である。

 色葉に禁じられているため無暗なことは決してしないが、必要とあれば迷わないであろうことも事実だった。


 実際二人は京で鈴鹿と相対した際、半ば色葉の意思に反する形で鈴鹿の要望を聞き入れ、朝倉勢を撤退に至らしめている。


 それは色葉の安全こそが全てに最優先するからに他ならない。

 そのためにこそ、主をも上回る力を与えられたのだと思っている以上、当然のことだった。


「今回のご出産で、姫様の妖気がかなり失われたのは間違いありません。問題は、どうして失われなければならなかったのか、という点です」

「それは……。え、でも。そういうものじゃない、の……?」


 改めて指摘されて、乙葉は戸惑う。

 出産は危険を伴い、半ば命がけであるというのは、別に誇張でも何でもなく、事実その通りである。

 この時代においても出産に母体が耐えられず、死去する例は少なくない。


「妾はそういうの、したことないから分からないけど……?」

「体力ならば、わかります。ですが妖力までとなると、明らかにおかしいのです。確証はありません。ですがわたくしは、姫様の妖気は奪われた、と見ているのです」

「奪われた……? なに、それ」

「姫様は我々に魂を下賜して下さいます。そのおかげでここまでの力をつけることができたのですから。そうではなく、無理矢理に……奪った者がいるのです」

「そんなことって……」


 乙葉はすぐにそれを信じることができなかった。

 そもそもそんなことが可能なのか、と思う。


 乙葉の見る色葉は、一見自分と同じ狐の妖である。

 が、どこか違うというのは前々から思っていたことだった。


 とはいえ些細なことであったし、さほど気にもしていなかったことである。


「第一、誰がそんなことを仕出かしたって言うのよ?」

「お分かりになるでしょう?」

「そんなのわかんない……え、うそ、まさか」


 それは少し考えれば分かることでもあった。

 色葉が妖気を減じたのが出産に起因するのであれば、自ずと対象は絞られてくるというものである。


「色葉様の、お子が……?」

「はい。しかし若君ではないでしょう。恐らくは……」


 そういえば、と乙葉は思い出していた。

 雪葉はずっと女児の方を抱いていたが、かといって積極的にあやす様子も無かったような気がする。

 むしろ色葉から遠ざけていたような印象さえ、今となってはあった。


「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなのあり得るの?」

「わかりません。ですが思うに……本来姫様より生まれるはずだったのは、若君だけではなかったのでしょうか」

「じゃあなに? 姫の方は何か得体の知れないものが色葉様の母胎に紛れ込んで、便乗してこの世に生まれてきたってこと……?」

「そのようにわたくしは考えています」


 荒唐無稽である、と一笑に付すことはできなかった。

 もし本当にあの赤子は色葉の妖気を奪って生まれ落ちた存在であるのなら、非常に由々しきことだからだ。


「巧妙に隠しているようですが、あの姫君の方からはとても赤子とは思えない妖気を感じるのです。あれは、危うい……。このまま放置しておけば、この先も姫様から力を奪うやもしれません。そうなっては姫様は……」

「お命が危ない、てことなのね」

「確証はありませんが」


 とんでもないことになった、と乙葉は思った。

 色葉はこのことに気づいていないだろうし、それを進言したところで納得するとも思えない。


 何せあれだけ苦しんで産んだ子なのである。

 むしろ下手な進言でもすれば、こちらが叱責されるどころか疎まれ、二度と傍に置いてくれなくなってしまうかもしれない。

 そんなのは嫌だった。


 どうしよう、と乙葉は途方に暮れる。

 雪葉の言葉を全て信じるにはあまりに物的証拠が無いのであるが、しかし色葉の衰弱は確かに普通ではない。

 杞憂ばかりとも思えなかったのだ。


 そこで乙葉は今更のように思い出していた。

 雪葉のどこか悲壮な覚悟に。


「雪葉、あなたまさか……」

「はい。わたくしは姫君の方をこの手で殺めるつもりです」

「ば、馬鹿! そんなことしたら――」

「ええ。確実に姫様に処刑されることでしょう。ですが甘んじて受け入れるつもりです。それに今の姫様では、わたくしを止めることはできません」


 その通りで、現在の色葉では雪葉にまるで敵いはしないのだ。

 そういった意味でも、今が最良の機会ともいえるのである。


「……妾がいるわよ」

「そうですね。だからこうしてお話しているのです。できれば関わって欲しくなかったので」


 つまり雪葉は乙葉に対し、後のことを頼むと言っているに等しかった。


「嫌よ! 妾一人じゃ足りないもの!」

「いつもの意気はどうしたのですか?」

「そうだけど、でも――とにかく駄目! 認めない! お子に何かあっても、雪葉がどうにかなっても、色葉様が困るに決まっているもの!」


 苛々したように声を荒げて乙葉は地団駄を踏む。

 せっかくのお目出度だというのに、どうしてこんなことになってしまうのか。


「いい! 妾が色葉様にお話しするわ! 雪葉は引っ込んでて!」


 激昂して、乙葉は踵を返すとどかどかと色葉の居室に向かって突き進む。


「乙葉様!」


 制止など聞く耳持たず、である。

 雪葉は慌ててその後を追うのだった。

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