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第138話 疋壇城の死闘②

 いったん軍勢を下げ、態勢を立て直した織田勢は三日後、大挙して再侵攻に至る。

 これに対し、朝倉方も迎撃態勢を整え直す。


 二日間の戦いでほぼ完勝したとはいえ、将兵の疲労は蓄積されている上に鉄砲の整備も必要だった。

 また弾薬等の補給も必要である。


 鉄砲の製造や弾薬の生産は主に奥越前にて行われており、新しく作られたものは次々に敦賀へと運びこまれていた。


「貞宗とて必要であろうに、よく融通してくれるものだ」


 色葉の命により、貞宗が美濃侵攻を命じられていることを知っている晴景にしてみれば、絶えず補給が行われていることに安心できる一方で、やや心苦しくもあった。


 また晴景は、後方待機していた景建の軍勢も全て呼び寄せ、万が一に備える。

 二度撃退したとはいえ、衰えない織田方の士気に警戒したためでもある。


「しかしよろしかったのですか? 兵力の集中は良きことかと思いますが、されど万が一ここを抜かれるようなことになれば、敦賀はがら空き。その際の抵抗は難しいかと」

「やむを得ん」


 腹心である朝倉景忠の言に、晴景は仕方なしとばかりに首を振る。


「ここを死守すれば良いだけのこと。が、そなたの言うように万が一、ということもある。若狭にいる正信に事の次第を伝えよ」

「はっ」


 色葉が大兵力をもって上洛戦を行ったこともあって、朝倉領国に残る兵は少ない。

 その少ない兵のうち、半数以上はこの敦賀に集中させており、残りは奥越前に集中している。

 疋壇城が落ちれば敦賀どころではなく、あっという間に北ノ庄まで進出されてしまうだろう。


 現在一番近くでまとまった兵力を有しているは、若狭にある一万余。

 若狭の国主には色葉の命により若狭武田家氏の出である武田元明がついたが、これは今のところお飾りに過ぎず、実際には本多正信が預かり、それを北条高広・景広父子が補佐している状態である。


 若狭は平定したばかりで安定しているとは言えず、また近江への備えもあってその兵は動かし難い。

 それでも敦賀が落ちればそんなことも言っていられなくなる。


 正信は色葉も認める知恵者であり、晴景はその正信の判断に任せることにしたのだった。

 朝倉方が徹底した防御態勢を整える中、柴田勝家は三度、疋壇城攻略を開始。


「敵は此度で勝負を決める気か」


 先陣の背後に控える大軍を目の当たりにして、晴景は覚悟を決める。

 天正七年九月二十九日早朝。

 織田方の第一陣の攻撃が開始された。


 先陣は山路正国。

 これを朝倉方は昼頃までに山路隊の撃退に成功するが、即座に毛受勝照率いる第二陣が殺到。


「なかなかやる」


 自身とさほど変わらぬ歳とみた毛受勝照の猛攻ぶりに、晴景は感心しながらもこれを徹底して迎撃。

 昼過ぎにはこれを撤退させたものの、将兵の疲労は否応なく蓄積されていった。


「敵の別動隊と思しき部隊が迂回している模様!」


 伝令に晴景は舌打ちする。

 毛受隊と戦っている隙を突くように、前田利家率いる前田隊が関を迂回するように山中に入っていたのである。

 目指すは岩籠山だろう。


「景建に命じて一部の兵を迎撃に向かわせよ!」


 敵が迂回してくることは先刻承知であり、周囲の山中にはいくつもの砦を築かせてこれを防ぐ手筈になっているため、即座に慌てる必要は無い。

 どうせ山中の進軍はままならず、地形からしても砦も包囲など不可能であるからだ。


 また砦にも大量の鉄砲を配備させてあるため、防御力は高い。

 しかしそれでも、後詰があるかどうかで砦を守る兵たちの士気に影響する。

 疋壇城を守る兵が減ることは痛いが、かといって砦を突破でもされようものなら戦局は大きく傾く。


 晴景の命を受けた景建は、ただちに嫡男である朝倉景道に一千の兵を率いさせ、岩籠山へと登らせた。


 この岩籠山での局地戦は、迎え撃つ朝倉方が地の利を得ていたこともあって有利であったものの、攻め手の前田利家は若い頃は槍の又左と呼ばれた血気盛んな武将であり、今もなおその勢いは衰えていない。加えて手勢の多さもあり、岩籠山での戦いは一進一退の泥沼となり、疋壇城の戦いの趨勢が決するまで続くことになる。


「次が来るか」


 後退した毛受隊と交代するかのように、織田方の第三陣が疋壇城へと攻めかかった。

 率いるは不破光治である。


「休む間もくれんか」


 晴景は攻め寄せてくる不破隊を見返しつつ、城内の惨状を思って兜の緒を締めた。


「一斉射撃後、討って出るぞ!」


 二度の迎撃を成功させたとはいえ、城内は荒れている。

 人的被害は今のところ少ないが、敵にも当然鉄砲の備えはあり、それにやられた者も少なくない。

 また連続使用した鉄砲の整備も必要だ。

 これらを立て直すためにも時間が必要で、晴景は城外に出て敵を蹴散らし、その時間を稼ぐ心積もりだったのである。


「では、お供致します」


 そう言うのは常に背後で控えていた雪葉だった。

 すでに戦装束に身を包んでいる。


「良いのか?」

「姫様のご命令ならば、晴景様のお命こそ最優先されるべきことかと存じます」

「色葉も心配性であるな」


 晴景は苦笑するが、拒みはしなかった。

 神通川の戦いで色葉や家臣に助けられ、九死に一生を得た晴景である。

 そうでなくてもあの色葉を妻に迎えた時点で、つまらぬ見栄など捨てていたのだ。


「晴景様。姫様はご懐妊されております。何としても安心していただかねばなりません」

「そうであったな」


 この一報を耳にした時には大いに驚いたものだ。

 夫婦である以上、当然こうなる展開は予想されたが、実際に子が授かることで本当の意味で自分を受け入れてくれていたのだと嬉しくもなったのである。


 晴景は三千の兵を率いて城外に出ると、鉄砲の一斉射撃により足並みが乱れた不破隊へと突撃を敢行した。


 雪葉は兵を率いず、あくまで晴景の傍にあってその護衛に徹し、敵の首を次々に落としていく。

 朝倉家の中では乙葉の武勇が一兵卒に至るまで有名であるが、それに劣らぬ雪葉の武芸に、敵味方を問わずにみな、息を呑んだという。


 夕刻になってどうにか敵を後退させるに至らしめた晴景であったが、間髪入れずに第四陣が動き出していた。


「あの紋所。敵の将は恐らく佐々成政かと」


 城内に撤収した晴景に報告するのは、磯野員昌である。


「鉄砲隊だな」

「恐らくは完全に暗くなる前に、少しでもこちらに損害を与える心づもりでしょうな」

「となれば、夜戦になるか」


 敵は日が暮れるのも構わずに、攻撃の手を緩めるつもりはないようだった。


「ならば受けて立つまで」


 こうして佐々隊との間に激しい銃撃戦が繰り広げられることになった。

 もちろんこれが、その後に続くであろう敵の突撃のための、予備射撃に違いない。

 こちらの鉄砲を無駄撃ちさせて、その消耗を狙っているのだろう。


 とはいえ反撃しなくては接近を許すことになる。

 迎撃は不可欠だった。


「今の内に腹ごしらえをして少しでも休め」


 敵の猛攻に備えるために、晴景は城壁の中にいる雑兵たちに食事をとらせ、僅かではあるものの身体を休ませた。

 この敵味方の銃声が鳴り響いているうちは、休むことができる。

 殺伐とした音にも関わらず、なんと皮肉なことかと晴景は苦笑した。


 員昌の采配により、敵の鉄砲隊の接近を許すことなく、やがて佐々隊は撤退。

 単に弾薬等の備えが尽きただけかもしれないが、それは迫り来る本番の予兆でもあった。


 すでに日は落ち、周囲は暗い。

 しかし大量のかがり火が戦場を照らしている。


 現れたのは佐久間盛政率いる第五陣。

 そして柴田勝家率いる本隊である。

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